第23話 音琴


「……」



異相学院の制服を身に着け、指定の鞄を手に持った明日香は、朝日を浴びる異相学院の校舎に着くと昇降口から校舎に入り、幾つもの列を形成してズラリと並ぶ靴箱の傍を歩いて自分の靴箱へと向かう。

箱を開け、外靴を脱いで箱に入れると、箱から取り出した中靴へと履き替える。



そして、左側には二階へと続く階段と別の棟へと繋がる通路、右側にも別の棟へ接続している通路が、真正面には広く真っすぐな廊下が校舎の奥まであり、廊下左側の壁沿いに教室が設けられている。



靴を履き替えた後、正面の廊下を歩いていく。



廊下の右側にある窓から差し込む日の光が廊下を明るく照らし、一日の始まりを告げるチャイムが異相学院の校舎全体に響き渡る。

南野明日香は、校舎一階の廊下を一人歩いている。



「あ、先輩!おはようございます!」



「しゃっす!」



廊下の壁に寄りかかって会話していた一組の男女が明日香を見つけると、女子は小さく手を振って、男子は軽く頭を下げて挨拶する。

明日香は少し手を挙げて「おはよう」と挨拶し、男女はそのまま会話へと戻る。



その後も、どこかへ向かう男子のグループや女子のグループ、廊下の壁沿いに屯して雑談に夢中になっている集団や、教室の窓付近にいる生徒たちが明日香を見かけると、軽く挨拶をしていく。

中には握手を求めてくる生徒もいる。



彼らに対応しながら歩いていって廊下の半分ほどの地点に着くと、左側には二階へと続く階段が現れる。



明日香はその階段をゆっくり、ゆっくりと歩いて登って二階へと向かう。




「それでさ~……ん」



明日香が階段を登りきると、同じ制服を着用した女子生徒が二人、明日香から向かって左側にあるトイレからハンカチで手を拭きながら出てきた。

彼女たちによって窓から差し込む光が遮られ、明日香は全体が暗くなったように感じた。



「……」



明日香を見た女子生徒二人は会話を止め、彼女をジッと見ている。

どこか睨みつけるような鋭い眼光で明日香を刺している。



「おはよう」



「……」



二人に挨拶をかけるも、彼女らは知らぬ顔で無言を貫く。その目はどこか、睨んでいるようにも見える。

その様子を見て明日香は、少し表情を曇らせながら歩く。



「……」



俯き加減に、廊下をトボトボと歩いていく明日香の後ろを、その二人の生徒はついていく。

二年五組と書かれた札がある教室の扉の前まで着くと、二人は明日香を一倍睨みつけて中に入っていく。



「だからよ~、もう少し体を鍛えて……ん?」



「ちっ。あいつか……」



廊下の壁に寄りかかって話していた二人の男子生徒が明日香を見つけた途端、一人は顔を顰め、もう一人は舌打ちをして明日香を睨む。

明日香は二人を気にしていないかのように、彼らの前をそのまま通っていく。



「行こうぜ」



「おう」



男子二人は自分の前を明日香が通ると、少し足早に廊下を歩いて二年四組の教室へと入っていく。



明日香は二年三組の教室へ着くと、その扉を開ける。教室の中には二十名ほどの生徒がおり、複数のグループを形成して話し合っているのが見えた。

ガラガラと音を立てて扉が開くと、教室中が一瞬シーン……と静寂に包まれる。

そして、教室へ入ってきた生徒が明日香だとわかると、彼らは何事もなかったかのように会話を再開しだす。



明日香は気にすることなく、自分の席へと向かう。

扉近くにある縦一列目。一人の生徒が座っている一番目の席を通り過ぎ、誰もいない二番目の席も通過して、前から三番目の席へ座り、鞄を机横のフックへ掛けるとポケットから端末を取り出して操作する。

今の特級潜索者の動向、潜る予定の迷宮にここ一か月の間に入った潜索者の数、罠の仕掛け方などを次から次へと手当たり次第に見ていく。



画面をスライドして行く川の流れの如くサイトや動画を見ていると、教室の扉がガタン!と大きな音を立てて開く。



「おっはー!」



茶色の短髪で、かなり小柄な一人の少女が溌溂な声で挨拶しながら教室の中へ入ってくる。

扉の音と彼女の声に生徒たちはビクッと驚いたが、声の正体が彼女だと気づくと鳥のように少女へと群がる。



「音琴さん久し振り~」



「迷宮に行ってから二か月だっけ?」



「転移型のところでしょ?軍との合同作戦って凄いよね!」



「二級『空』は伊達じゃないな!」



周囲に群がる生徒たちを次々に相手していく。



「久し振り~」



笑みを浮かべ、手をひらひらと振りながら。



「そうそう!やっぱ転移型は大変だよ~」



今までのことを思い出し、疲れたジェスチャーをしながら。



「大半は第二特別軍の人たちが処理したから、私は一番槍を務めたぐらいかな」



冗談めかした様子で。



「特級の月浪さんに比べたら全然だよ」



謙遜しながら。



彼らの追求をのらりくらりとかわし、次第に周囲から人がいなくなると、スタスタと明日香のもとへ向かう。



「んしょ」



明日香の前にある誰も座っていない席に着くと、椅子をまたいで背もたれを抱えて座る。

明日香は媒体から目をあげて自分を見ている音琴を視界に入れると、ふっと笑って言う。



「お久、みーちゃん」



音琴は左の手のひらをパッと開き、ニコッと笑って返す。



「お久、あーちゃん」





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