第25話 ヴェアヴォルフ
音琴(距離はまだ全然ある。もっと引き付けてから……)
後ろには塹壕や機関銃がある要塞。前方には平原。その遠くには三十体の狼人間が歩いてくるのが見える。
音琴(本隊はあの集団の奥。となれば……)
前方に大きく跳躍する音琴。高さ三十メートルまで飛び上がり、距離百メートルを立ち幅跳びのように移動する。
そうしてヴェアヴォルフの集団の前に現れた音琴は、首に巻き付けてある道具を取る。
四角く切り取られた太い金属の棒が二つ、それを縄で繋ぎとめてある。いわゆる拍子木に近しい代物だ。
音琴「さて……」
突然目の前に現れた獲物に驚いたヴェアヴォルフの集団は一寸立ち竦んでいたが、気を取り直して音琴に襲い掛かる。
音琴は左手で縄の真ん中を持って交戦を開始する。
「ヴァウ!」
駆け出して殴り掛かってきた一体のヴェアヴォルフをサッと横に避け、そのまま右の拳を腹に食らわせる。
「ガッ!」
ドガン!という轟音と衝撃波が辺りに響き渡ると同時に、音琴の打撃を受けたヴェアヴォルフはそのまま大きく吹っ飛んでいく。
「ガウ!」
「キャウン!」
その際、進路にいた二体のヴェアヴォルフも巻き込んでいく。そのまま、ボールのように地面と幾度かバウンドしながら五十メートル以上飛んで行ったところで、やっと止まる。
殴り飛ばされたヴェアヴォルフは体がくの字に曲がり、目玉は両方とも飛び出て、口からは臓器のようなものが溢れ、衝撃のあまり殴られた箇所にクレーターのような陥没をつくって絶命している。
音琴「……」
音琴(さて、とりあえずは時間稼ぎかな)
その死に様を見ても怯むことなく襲い掛かってくるヴェアヴォルフに対して、避けては殴って、避けては蹴って、時には左手に持つ拍子木の金属の部分で打撃を与え、縄を相手の首に巻き付けて投げ飛ばす。
後ろから切り裂こうとしてくるヴェアヴォルフを背負い投げの要領で投げ、二体が左右から迫れば当たる寸前で避けて同士討ちをさせる。
ヴェアヴォルフは四方から音琴に襲い掛かろうとするものの、それをものともせずに戦い続ける音琴から反撃を受け、一体、また一体と数を減らしていく。
「ブラウ!」
「アオーン!」
そうして十分以上交戦していると、狼の叫び声が立て続けに聞こえてきた。
平原に響き渡る狼の鳴き声は、さながら合唱のよう。
そして、地響きが聞こえてきたと思うと、おびただしい数のヴェアヴォルフが姿を現した。
音琴(偵察部隊の本隊……。そろそろ頃合いね……)
「ヴァウ!」
音琴「はいはい」
先遣隊の最後の一体の首目掛けて足を繰り出し、それをただの肉の塊へと変えて吹き飛ばすと、本隊へと向き直る。
音琴(多いな~……。ここでまともに相手するのは危険だな)
ドドド!という地響きを鳴らし、五百体のヴェアヴォルフが同族を殺した獲物を食らわんと襲い掛かる。
口から涎を垂らし、目を光らせ、殺意を隠すことなく。
走ってくるヴェアヴォルフの群れを確認した音琴は手に持った拍子木の金属棒を両方とも持ち、構える。
けたたましい音と激しい揺れを感じながら、ジッとその群れを見つめ続ける。五百メートル、三百メートル、百メートルと凄まじい速さで接近してくるヴェアヴォルフの波に怯えることなく、ひたすら待ち続ける。そうして最前列のヴェアヴォルフが音琴との距離十メートルの地点まで到達した瞬間。
音琴「響け」
音琴はそう言うと、二つの金属棒を思いきり衝突させる。
カーン!という甲高い音が周辺に鳴り響くと同時に、
「ヴァー!」
「ヴァル!」
凄まじい衝撃波と音がヴェアヴォルフたちを襲う。
火薬庫の爆発では比にならないほどの、凄まじい轟音と激しい衝撃。
地面の表面は衝撃で剥げ、草は大きく揺らぎ、遠くに生える木すらも一部は倒れてしまう。
だが、最も悲惨なのはヴェアヴォルフたちだ。
衝撃と轟音を正面からまともに受けた、前方のヴェアヴォルフたちは体が完全に崩壊。もはや原型すら留めておらず、ぐちゃぐちゃの肉塊に成り果てている。
比較的後方にいたヴェアヴォルフも、衝撃で後ろに吹っ飛ばされて地面を転がる。衝撃波が口から内部まで入って、体の内側は見た目よりも惨いことになっているだろう。
さらに、もはや音ではなく一つの凶器と表現できるほど猛烈なる轟音が耳から入り、鼓膜を貫通し、脳にまで到達。耳からは血が流れ、脳も大打撃を負っているだろう。
たった一回、拍子木を打ち付けただけで五百体のヴェアヴォルフが、一部は肉塊となり、一部は体の内部を衝撃波でぐちゃぐちゃに掻き混ぜられて命を落とした。
音琴正面の地面は扇形を描いて茶色い土を見せ、そこにヴェアヴォルフの血や肉、死体で溢れている。
音琴「……ちょっとやりすぎたかな?」
この惨状を前に音琴は、フッと息を吐いて拍子木を再び首に巻き付ける。
彼女にとって、これは日常光景の一部に過ぎない。なんの感慨もなく、いつものように慣れた手つきで戦利品がないかを見渡す。
大半は肉塊と成り果てたが、一部のヴェアヴォルフは表面だけは無事であるため、それらを要塞の方向へ思いっきり投げる。
それらは弧を描いて空を飛び、塹壕の中やトーチカの壁に当たって地面に落ちた。
「うおっ!」
「びっくりした!」
空から、ドサッ!ドサッ!と次から次へと急に死体が降ってきて驚いた兵士たちだが、ピストン輸送で次々と死体を運んでいく。
石原「……これで二級か。何とも末恐ろしいものだな。月浪同志もそう思うだろう?」
本部から戦闘の様子を映像で見ていた石原は、率直な感想を平坦な声で言うと、入り口で今も佇む男へと尋ねる。
月浪「……」
月浪と言われた男性は壁に寄りかかり、俯いたまま黙ったままだ。
我が儘 夜空の星 @GERMAN444
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