第5話 会長



チン!という音がすると、エレベーターの扉が開いた。

明日香と、明日香の少し後ろを歩く枢機の二人はエレベーターから出ると、真っ直ぐ歩いていく。



エレベーターの前には直線の廊下がひたすら続き、向こうにはエレベーターが見える。

この廊下の左側は一面硝子張りとなっており、外の街並みが一望できる。

右側は絵画や照明で装飾された壁があり、向こうに見えるエレベーターと二人がいるエレベーターの中間には扉がある。



明日香は扉の前まで行くと扉を叩く。



明日香「南野明日香です。召集に応じました」



?「よろしい。入れ」



部屋の中から男性が返事をする。

明日香が扉を開けると、枢機も明日香に続いて中に入る。



部屋には幾つもの本棚が壁に並び、中央には高級そうなソファーが二つ向かい合って置かれており、その間に長い机が。

ソファーの奥には、これまた高級そうな机。その机では男性がパソコンの画面を眺めていた。

明日香が入ってきたことで、画面から目を離す。



明日香「貝山会長。お呼びで……っ!?」



貝山「なっ!?」



明日香が貝山宗春会長に用件を尋ねようとしたところ、明日香と貝山の二人は驚きの声を上げる。



明日香「ちょっ、ちょっと……」



枢機「何だ?呼んだのはこの小僧だ。礼のなってないガキに礼を尽くす気にはならん」



枢機が原因だ。

枢機は部屋に入ると、中央に置かれているソファーに座り、目の前にある机の上に足を置く。

失礼を極めたような行動だ。



華美ではあるが、同時に上品さを感じさせる服を纏い、見た目からは五十代ほどに見えるものの、その体は年齢不相応な筋肉質。

貝山は枢機の行動に驚愕する。

入ってくるなり、ソファーに何も言わずに座って足を机に乗せる。



貝山(今まで無礼な人間に会ったことは多くあるが、ここまでとは……)



あまりの無礼さに言葉も出ない。



ここまでの人間を貝山は枢機を観察する。



貝山(容姿は整っている。ここまでのは見たことが無い)



頭から首。



貝山(体は鍛えているな。ドーピングしまくったボディビルダーほどではないが、筋肉量はある)



上半身。



貝山(下もそうだな。上半身も下半身もバランスよく鍛えてある。入ってくるときの立ち居振る舞いも、隙を見せてはこなかった)



下半身。



貝山(だが……)



全身。



貝山(一級を超える核変者から感じる特有の謎の感覚を、こいつから感じてもおかしくは無いのだが……。治癒の魔法の使い手は全員一級天を超えている。だが何故……?)



核変者。

詳細は後にするが、一言でいえばホモサピエンスという種から変異した存在。

魔法を扱えるようになると、脳の構造や体の細胞、DNAそのものが変化し、人間とは到底言えなくなる。



貝山(……まあいい。この者が魔法を行使したことは事実。敵対するは下策か……)



と、色々考えているこの時間、なんと約二秒。



明日香「でも……!」



貝山「よいよい」



貝山はニッコリと笑いながら明日香をなだめる。



貝山「それで、明日香同志と枢機殿を呼んだ理由についてだが、迷宮のボス部屋での出来事に関してだ」



貝山は手元にあるパソコンを明日香たちに見せる。



貝山「明日香同志の配信の映像だ」



画面にはボス部屋で虎狼と戦う明日香の姿が映っていた。

虎狼を倒し、壁に寄りかかると照明が消える瞬間が流れる。

貝山はそこで映像を止める。



貝山「迷宮はレーツェルカステンと呼ばれるほど謎に包まれている。何故生まれ、誰が作り、いつ出来て、どのようにできたのか、それら全てがだ」



明日香「はい。異相学院で学びましたし、常識です」



貝山「その通りだ。だが、今回の君の配信でその常識が崩れた」



貝山はパソコンの画面を指さす。



貝山「ボス部屋含め、迷宮内は常に照明で照らされている。どこにあるのかはわからんが……。そして、それが消えることは無かった。モンスターとの戦いが激しくなり、地形が壊れようとも。だが、今回の明日香同志は照明が消えるという異例の事態が発生した」



貝山は映像の先を流す。枢機が現れた瞬間に。また、貝山は枢機を見る。



貝山「さらに、ボス部屋には居なかった人物が現れた。ボス部屋は、入った人間以外が入ることはできない。ボスを倒すか、中に入った人間が全滅するかのどちらかだけだ。これが常識だったが、これも破られた」



貝山(二つの常識が同時に裏返る……。中心格の常識が)



貝山「今までの研究や歴史から、といっても他と比べて酷く信憑性に乏しいが、迷宮には複数の法則、常識が見つけられている。今回の出来事を通し、他のも疑われるのは明白。いや、それでもまだ良い」



貝山は腕を組み、憂鬱な表情を浮かべる。

明日香は貝山の言いたいことを察して、同じ表情を浮かべる。



明日香「禁外きんがいじょう。それが破られれば……」



貝山「世界は地獄になる……」



室内には重苦しい雰囲気が漂う。



枢機「……あむっ」



が、そこに相応しくない音が響く。何かを噛んで口に入れる音と、咀嚼音の二つ。



明日香「っ!?まじ……!?」



貝山「……おいおい、勘弁してくれ……」



音の元は枢機。枢機は体勢を変えていないが、何故かある皿に、何故かあるメロンを食べている。



貝山(……何故皿とメロンがある……?持っていた様子も誰かが持ってきた記憶もないぞ……)



枢機「……うまいな」



明日香(何いい笑顔してんの……)



メロンを食べてご機嫌の枢機を、呆れ顔で見つめる二人。



貝山は明日香に視線を移す。



貝山「……とりあえず、明日香同志は四級空に昇格。君は力をつけろ。君の力は、そんなものではないはずだ」



明日香「……はい……」



枢機「……うむ」



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