第12話 試練


弥園「……あ、来た。先生!」



明日香「準備はいいですか?」



火曜日の放課後、練習場で待っていた弥園と源の元に、訓練用の服に着替えた明日香がやってきた。

彼女の手には木刀が握られている。



源「その前に……」



明日香「どうしました?」



源がチラッと視線を横に動かす。

そこには、胡坐をかいて地面に座っている枢機がいた。



明日香「……彼が、どうかしましたか?」



弥園「……もしかして、聞いていないんですか?」



明日香「何をです?」



何も知らないと、明日香は首を傾げる。



枢機「さて、揃ったようだな」



ゆっくりと立ち上がった枢機は、三人を見る。



枢機「貴様らを見てわかったことだが、魔法について何一つわかっていない。だが、一番の問題は……」



右手の人差し指を立てると、そこに小さな炎が生まれた。



弥園(ネット上で話題になっていたけど、確かにこれは……)



源(あたいとは違って、今のは普通の魔法。それを詠唱もなく発動させるか……。まじで前代未聞だな)



枢機「この炎、どのようにして生まれたか分かるか?」



弥園「いえ……急に生まれたとしか……」



他の二人も同様の反応をする。



枢機「やはりな。魔法発動時、無駄が多いと思ったが、『魔素』が見えていないようだな」



弥園「魔素?」



枢機は炎を消すと、目の前に半透明な紫色の壁を生み出す。



明日香「展壁……!」



枢機は壁を叩きながら言う。



枢機「これはそこの小娘の『展壁』を発動した際に生まれる壁だが……。この紫色の物質が『魔素』だ」



明日香「これが……」



枢機「そして、これは世界のどこにでも存在する。魔法が使えるなら、その存在を感じ取れるはずだ」



壁が音を立てて崩れる。そのまま、魔素の塊は砂のように風に舞って消えた。



弥園「……?」



源「あ……?」



明日香「……もしかして……?」



三人は自分の周囲を見渡す。



枢機「……存外、素質があるようだな」



枢機がフィンガースナップをすると、三人の周りを飛ぶ、ボーリングの球より二回り小さい半透明な紫色の球体が出現した。



枢機「先ほどの展壁で使用した魔素を再利用して構築した『飛球』という魔法だ」



『飛球』は彼女たちの周りをグルグルと周って、枢機の頭の上に移動する。



弥園「再利用?」



枢機「魔素を操れば、展壁で使用した魔素をそのまま飛球へと変えることができる。何かを止めるために使った釘を引き抜いて、釘バットに使うようなものだ」



枢機の頭の上にある飛球は、彼の頭の上でグルグルと回っている。



枢機「そして、この魔素というものは非常に特殊なものでな」



彼がそう言うと、頭の上にあった飛球が二つに分裂した。



源「分裂した!?」



枢機「分裂とは少し違う」



彼の頭上には、最初にあった飛球と同じ大きさの飛球が二つある。



枢機「魔素は、言ってしまえば『原子のような素粒子』みたいなものだ」



明日香「……?」



理解ができていないのか、ポカンとしている三人を他所に枢機は説明を続ける。



枢機「この例えも正しくは無いが……。魔素はあらゆる原子に姿を変えられる。例えば、Fe」



枢機の頭上にある二つの飛球の内、一つの飛球が鉄の球体に変わる。



源「まじか!?」



明日香「変わった……!」



枢機は鉄球をポイっとどこかに飛ばすと共に、紫色の球体となって消えた。

もう一つの飛球から新たな飛球が生まれて、彼の頭上で浮遊する。



枢機「さらにはH₂O」



新たに生まれた飛球は、水の球体に変わる。



弥園「水球……」



枢機「原子を結合させて分子にすることもできる」



水の球は鉄球と同様に消える。



枢機「その他の原子にも変えることが出来るわけだが……。魔素の操作は、今の貴様らでは厳しいだろうな」



源「……どうしてだ?」



枢機「単純な話。固まった魔素を視認できるなど、そこらの者でも可能だ。魔素を操るうえで、世界に自然と存在する魔素をそのまま見ることができることが前提条件だ」



枢機は地面に足で、半径10センチほどの円を描く。自分を囲うように。



枢機「というわけで、試練を与える」



明日香「試練?」



彼は地面をつま先でトントンと叩く。



枢機「俺の体に一撃与えろ。俺はこの範囲から一歩も出ないし、俺から攻撃することもない。ただし、魔素を直接操り、防御や移動妨害はする」



源「……なるほど」



弥園「それで、その試練を乗り越える過程を通して能力を伸ばす。そういうことですね?」



枢機「この試練は、魔素を視認することができなければ乗り越えることはできない。だが、魔素を視認できる者とそうでない者の実力には隔絶した差がある」



源、弥園、明日香の三人は攻撃態勢をとる。

源は千変万化で翼を生やし、明日香は木刀を構え、弥園は両手を枢機に向けてかざす。



枢機「全力で来い」



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