21.ピルキー邸

「やあ、おかえりなさいリリア、それに皆さんも。……おや、そちらの方々は?」


 先を行くリリアを追って辿り着いたのは食堂であった。今まさにクライド・ピルキー氏その人であろう人物が食事を終えたところだった。ふわふわした印象の娘と同様に、ほんわかした雰囲気が漂っている。


「ただいま~、お父さん! 剣を背負ってるお兄さんがリーアムくんで、金髪の格好いいお姉さんがカルカルちゃんで、赤髪の綺麗なお姉さんがソフィーちゃんだよ~。この人達はね、お父さんがバッカスくんに討伐を依頼した魔物を先に倒しちゃったんだ~」


「おやおや、そんなことがあったのかい。詳しい話を聞きたいが……その前に、君達はもうお昼を食べたかい?」


「まだだよ~」


「それじゃあ食事を用意させるから、食べながら話を聞かせてくれ。さあ皆、席に座って」


 のんびりとした父娘の会話が終わり、各々席に着くと、タイミングを見計らったように使用人達が料理を運んできた。恐らく兄さんが驚いた表情を見せたのだろう。隣に座ったウォーレンが「あの小屋の扉を開けると、誰が通ったのか分かる仕組みになっているそうなんだ。娘が仲間と一緒に帰ってきたから、きっと腹を空かせているだろうと思って用意していたんだろうさ」と耳打ちしてきた。


 料理が机に並び、ピルキー氏の「どうぞ召し上がれ」という言葉を合図に食事が始まった。貴族の家で豪勢な料理を食べる、なんて経験をしたことのない兄さんは始めこそ緊張していたようだが、余程美味しかったのか、それとも単にお腹を空かせていたのか、食べる速度が徐々に上がっていった。


 料理が半分程無くなったところで、ピルキー氏がことの成り行きを訊ねてきた。まずはバッカス側から依頼を受けてすぐ森に向かったが、目的の魔物が倒された後だった話を聞き、それから兄さん達に何故あの魔物を倒したのかを聞いた。もう言うまでもないだろうが、こちら側で主に説明をしていたのは案の定トゥタカルタだった。


 話し合いの結果、バッカス側に提示されていた報酬の三分の二をこちらが受け取ることとなった。バッカスは気に食わなさそうな顔をしていたが、本来であれば依頼を達成できなかった場合は報酬を得られないため、この采配はピルキー氏の恩情であろう。もしくは娘に甘いのかもしれない。


「いやしかし、リーアムくんは銅勇者だそうだが、巨大コウモリを倒してしまうとは凄い腕前だ。もしかして、教会に報告していないのかい? 報告して銀の勇者証を発行してもらえれば、受けられる依頼の幅が広がって、報酬額も上がるからいいことづくめなのに?」


「そ、それは、面倒で……」


 急に話を振られた兄さんが、気まずそうに答える。


「それよりも、その……俺達は、人を……俺の妹を探してるんだ。悠長に教会なんか行ってる暇は無ぇ。おい、バッカス。妹はあの森とは反対方向の森に行くって言ってたんだよな」


「あ? ああ。でもよく考えたら反対方向に森なんて……」


「君達が訪れたのと反対方向にある森? それってもしかして、ストフォーレのことかい?」


 兄さんに失礼な態度を取られたというのに、全く気にする様子もなくピルキー氏が口を挟んだ。


「スト……? 何だそれ」


「ストフォーレ。街の名前だよ」


「街? 森じゃねぇのか?」


「いや、森だよ。森の中に街があるんだ」


「森の中に街……? そんな話、聞いたことがありません。本当に存在するんですか?」


 話の内容が気になったのか、ウォーレンが訊ねる。


「いや、実は私も本当に存在するのかどうかは知らないんだけどね。でも、この街にはこんな話が伝わっているんだ。太陽の落ちる場所に、強力な魔法で隠された森がある。その森の中には魔物達が住むストフォーレという街がある。だからその魔物達が襲ってこないようにするために、丘の教会を建てた……ってね。丘の教会というのは、街の北西にある小高い丘に建っている教会のことさ。私はこの話を、住民達に信仰心を忘れないようにするためだとか、悪いことをした子供にストフォーレに連れていくぞ、なんて脅しつけたりするためのものだと思っていたが……。もしかしたら、本当にあるのかもしれないね。リーアムくん。君の妹はもしかして魔法使いなのかい?」


「ああ」


「ふむ。だったら、森に入る方法でも知っているのかもしれないね。何せ魔法で隠されているわけだから、普通の人間よりは、魔法使いの方が探しやすいだろう。そんなところへ行って何をする気なのか、という疑問は残るが……何か心当たりはあるかい? 少し話を聞いただけの私よりも、君の方が分かることは多いだろう」


「……」


 兄さんは俯いて思考を巡らせた。私の身体を奪った人が、魔物の住む街へ行く理由……。


(もしかして、魔物を解放させる気?)


 ストフォーレという街が実在するとしても、どれ程の魔物がいるのかは分からない。だが魔物を解き放ちその周辺の村々を襲わせれば、遅かれ早かれ人類は混乱に陥る。


(もしかしてもしかして、あの人は魔王の手先だったりするの……?)


 だいぶヤバい人に身体を奪われちゃった? どうしよう。最悪の場合〝私〟が魔王の手先だと勘違いされてしまう。一体何の目的があってこんなことを……。


 そうして私が悪い方向に考えていると、兄さんがこんなことを言った。


「……おびき寄せるため?」


「おびき寄せる? どういう意味だい?」


 兄さんが顔を上げる。


「〝あいつ〟には、倒したい奴がいるんだ。そいつをそのストフォーレって所におびき寄せて、そこで戦いたいんだろう。強力な魔法で隠されてるってことは、そこでならどれだけ強ぇ魔法で戦っても、周囲に影響を与えることは無ぇだろうからな」


「君の妹は、随分物騒なんだね……?」


「いや、〝あいつ〟は……色々あんだよ」


 説明するのが面倒なのか、兄さんは〝色々〟で諸々を済まさせた。


「ふむ。真相は本人に聞いてみなければ分からないが、君はその妹を探して、どうするつもりだい?」


「俺は……」


 覚悟を決めるように、深呼吸を一つ。


「〝あいつ〟と戦って、妹を連れ戻す」


「ほう……? つまり、君の仮説で言うと、君の妹が倒したがっているのは、君自身だと? でも、君はストフォーレを見つけられるのかい?」


「それなら問題ありません」


 それまで黙っていたソフィーが、凛とした声を上げた。


「リーアムさんお一人では無理でしょうが、リーアムさんは一人ではありません。私やカルカルさんがついています。それに実は私、魔物の住む街があるという話は聞いたことがあるんですよ。ストフォーレという名前までは存じませんでしたが、私も魔法使いの端くれ。リーアムさんの妹さんがその街を探し出せるなら、私にだって見つけられない道理はありません」


「そうかい? だが、そもそも今までだって、魔物の街がある、という話だけが存在して、街そのものの存在は確認できていないんだ。そう簡単にはいかないよ」


「ええ。それはそうでしょうとも。だって、今まで探したことのある皆さんは、魔物の気持ちになって探してはいないでしょうから」

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