13.剣の手入れ
最近できていなかったから、と兄さんが剣の手入れを始めた。
この〝手入れをされる感覚〟というものが妙に心地の良いものだった。まるで全身をマッサージしてもらっているような、心身ともにリラックスしていく気分を味わえた。
〝ふふ〟
「……何笑ってんだ?」
〝んー? 別に?〟
「……?」
私は手入れをされながら、昔のことを思い出していた。
まだ小さな子供だったころの話だ。村で唯一魔法を使える私は、その当時お気に入りだった水を操る魔法を得意気に披露していた。だがある日調子に乗り過ぎたせいで誤って水の塊を自分自身にぶつけてしまい、地面に打ち付けられ大怪我を負った。痛くて寒くて震えている私を、兄さんはおろおろとしながらも傷の手当てをし、身体を冷やさないようにと毛布を何枚も持ってきて私に掛けてくれた。夜になってもまだ寒いと言ったら一緒に寝てくれた。それが私にはとても嬉しかった。手当ての仕方は雑だったし、寝る時は私にだけ毛布を巻いて兄さんはその外側にいたから翌日何故か兄さんだけ風邪を引いていたが、そんな兄さんの不器用な優しさが昔から大好きだった。
それが今は、こんなにも丁寧に剣の手入れをするようになっている。私が言うのも変だけど、兄さんも成長しているのだと思うと何だか嬉しかった。
〝うふふ〟
「何なんだよ、さっきから」
〝何でもな~い〟
「気になるだろ……。ほら、終わったぞ」
〝ありがとう、兄さん〟
手入れを終えた兄さんが私を鞘に納め、カチンと短い音が室内に響いた。剣にはめ込まれた魔法石に魂が閉じ込められて早三日。いつの間にか私はこの状態にも慣れていた。鞘の中も意外と居心地が良い。
それから兄さんは明日の準備に取り掛かるかと思ったのだが、私を見つめたままじっとしている。
(どうかしたのかな?)
いつになく真剣な顔をしているから、声をかけるべきかどうか迷った。すると不意に兄さんがぽつりと呟いた。
「……俺のせいだ」
〝え?〟
「俺が弱いせいで、お前がこんな目に……」
兄さんは項垂れるようにして剣の柄に額をぶつけた。深い溜息が聴こえる。
「俺なんて、ただ周りに馴染めなかったから、追い出されるようにお情けで勇者証を貰っただけの凡人だ。生きるためだけに、お前に食べさせるためだけに、簡単な依頼を受けてるだけの、勇者と呼ぶのもおこがましい存在だ。だがそんな俺でも頼ってくれる奴がいると嬉しかった。こんな俺でも誰かの役に立てるんだと思うと嬉しかった。それでも相変わらず人付き合いは苦手で、お前にばかり任せてた。剣も魔法も上達させようとしないで、楽な依頼ばかり受けて、お前みたいに強くなろうとはしなかった。その結果がこれだ。俺は……本当は、お前の身体を取り戻せる自信が無い。……ありがとうなんて、言わないでくれ」
ぽたり、と雫の落ちる音がした。
〝兄さん……〟
嗚呼、なんて私は馬鹿なんだろう。
何がこの状態にも慣れていた、だ。
何が鞘の中も意外と居心地が良い、だ。
身体が無ければ、泣いている兄さんを抱き締めることもできないのに。
ならばせめて、言葉だけでも。
〝あのね、兄さん。私ね、兄さんと一緒に村を出られて本当に良かったって思ってるよ。兄さんと一緒に色んな所へ行って、色んなものを食べて、色んな人に出会って……。どこか一つの場所にずっといたら経験できないことを、沢山してきた。それってすっごく素敵なことだと思うの。私を連れ出してくれてありがとう、兄さん〟
「……やめろ」
兄さんの弱々しい制止は無視して私は続けた。
〝兄さんは簡単な依頼だなんて言うけど、私達二人が満足に食べられるだけの稼ぎを得るのも凄いことなんだよ。貯金だってしてるしね。それにね、それだけ依頼をこなした分、ちゃんと兄さんは強くなってるよ。兄さんは弱くなんかない。たまたま、私の身体を奪った人が強すぎただけだよ〟
「いや、俺は弱い」
〝ううん、弱くないよ。自分の弱さに気づける人はね、強いんだよ〟
「……? いきなり意味分かんねぇこと言うな」
〝兄さんは強いって意味だよ〟
「……はあ。もういい。喋んな」
〝やだ~喋る~。喋る以外することないもん喋る~。喋っちゃ駄目ならあの壁壊してトゥタカルタさんの部屋と繋げてやるんだから~〟
「妙な嫌がらせしようとすんな。ああ、もう……」
再度大きな溜息を吐き、兄さんは顔を上げる。もう涙は流れていなかった。
「お前には敵わねぇよ」
〝うん! だって私、兄さんより強いもん!〟
こうして、この村での最後の夜が過ぎていった。
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