第3章 森の奥へ

14.道なき道を往く

 翌朝、依頼料から宿代やご飯代を抜いた分のお金を店主から受け取った私達は、必要なものを揃えるために村中の商店を巡った。携帯食料、衣類、寝具、防具、小型ナイフ、薬、調理器具、それらを入れる鞄、等々。


「調理器具は必要なのか?」


 トゥタカルタが不思議そうに問うと、兄さんは短く「ああ」と答えた。


「へぇ。君は料理などしないと思っていたが、意外とするものなのだな」


「いや、俺は食材を切るだけで、料理するのはキーヴァ……あ」


〝あ〟


 私と兄さんが同時に声を上げた。そう。今までは兄さんが食べられそうな動物や魔物を捕まえ、それを捌き、捌いた肉を私が料理する……なんてこともしていたのだが。


「私も手伝うから、君も自分で料理してみるといい。ソフィー嬢も手伝ってくれるさ」


「……ああ、助かる」


 宿に戻って手分けして荷造りをしていると、そこへソフィーが訪れた。


「皆さんこんにちは。ご主人からここにいるとお聞きしたので、来ちゃいました。皆さん準備はお済みですか?」


「……いや、そういう君こそできているのか?」


 見るとソフィーは随分と身軽な格好をしていた。ゆったりとしたワンピース姿でローブを羽織り、小ぶりな鞄を斜めに掛けている。ちょっとそこまでお出掛け、といった風体だ。しかしその鞄には何やら魔法がかけられている。ただの小ぶりな鞄ではないようだ。


「ご心配なく、トゥタカルタさん。ちゃんとこの鞄の中に、必要なものから必要でなさそうなものまで、あらゆるものが入っています。旅の準備はバッチリですよ。この村でお世話になった方々にもご挨拶はしてきました」


 にっこりとした笑顔をソフィーがトゥタカルタに向ける。どうもこの笑顔を向けられるとトゥタカルタは何も反論できなくなるのか、「わ、分かった……」と言って黙ってしまった。


(でも、ソフィーさんの笑顔ってちょっと圧が強いから、そうなるのも頷けるんだよね)


 何が起きてもずっと笑顔でいそうで、何となく怖い。


 それから少しして兄さんとトゥタカルタの荷造りも終わった。酒場に降りて皆で昼食を取り、店主やその場にいた村人達に別れを惜しまれつつ私達は村を後にした。




 うららかな日差しを浴びながら、私達は名も無き道を歩き続けた。今までに何人もの人や馬車が通ったのであろう道の両脇には、木々が青々とした葉を茂らせ太陽の光を浴びている。旅の始まりには丁度いい日だ。


 人の通る道には魔物はあまり出てこない。かと言って特段人に出会うこともなく、私達はトゥタカルタの長々とした自慢話を聞き流しながら歩き続けた。私は時折探知魔法を使ってみたが、使ったところで私の身体も杖も見つからなかった。


「飽きてきたな」


 突然トゥタカルタが立ち止まり、ぽつりと呟いた。やっと話が終わったかと、兄さんがうんざりしたように言う。


「お前が飽きる前からとっくに聞き飽きてんだよ」


「はあ⁉ 何だと⁉ 君、私の大型魔物討伐伝がつまらないとでも言うのか⁉」


 これにキレたトゥタカルタは兄さんに掴みかかり、ぶんぶん揺さぶった。ああ、視界が。視界が揺れる。兄さんが歩いている時の振動には対応できるようになったけど、それ以外の振動にはまだ対処できないの。


「自慢話ばっか聞かされたら飽きるわ馬鹿。信憑性にも欠けるしよ」


「信憑性だと⁉ 当時の状況や戦い方まで事細かに説明しているのに信憑性に欠けると⁉ だったらどうすれば君は信じてくれると言うんだ⁉」


「自慢話するのを辞めたら考えてやるよ……」


 トゥタカルタの熱が増せば増す程、兄さんの態度が冷めていく。


「仲良いんですね、お二人」


〝悪くはなさそうですよね。……って、ソフィーさん。眺めてないで止めてくれませんか。視界の揺れ方が気持ち悪くて……〟


「あら、それは大変。ほら、お二人とも、その辺りで子供未満の言い争いはやめましょうか。カルカルさん、あなたのお話がつまらないのは事実なので諦めてください。リーアムさん、キーヴァちゃんが困っているので揺さぶられるときはなるべく身体を動かさないでください」


「君までそう言うのか⁉」


「揺さぶられてんのに身体動かすなってのは無理だろ……」


 何だかおかしな止め方だが、ソフィーのお陰で二人は矛を収めた。


 がっくりと項垂れるトゥタカルタに、ソフィーが問う。


「カルカルさん、先程飽きてきたと仰っていましたが、それはご自分のつまらない自慢話のことではなく、別のことでしょうか?」


「なあ、いちいちつまらないって言う必要あるか? ……まぁ、飽きてきたというのは、この何の変哲もない道を歩くことに、だ」


「なるほど。そうでしたか。では……この道を歩かずに、どの道を歩くおつもりで?」


「それはもちろん……」


 くくく、とトゥタカルタはもったいぶったように笑い、高らかに宣言した。


「道なき道を往くのだ‼」


「ソフィー、この道をずっと歩くとどんな場所に繋がるのか知ってるか?」


「ええ。この先にはコトリ村という果実酒の製造が盛んな村が」


「聞けえええええええええええええええええええええ‼」


 盛大に無視されたトゥタカルタが地団駄を踏み始めた。


「君達なあ⁉ 今この三人プラス一本で旅してるって知ってるか⁉ なあ⁉ 旅の仲間の一人が別の道を提案しているんだぞ⁉ 聞け⁉ 聞いてこのままこの道を進むか別の道を進むか話し合おうぞ⁉」


 だんだん、と足を踏み鳴らし腕を上げ猛反発するトゥタカルタ。流石にちょっと可哀想なので、私は望み通り話し合いになるような話題を提供した。


〝道なき道って、つまりこの森の中を進むってことですか? 出会うのは魔物ばかりで、私やソフィーさんの友人を見たという人に出会うことは無いと思いますが……〟


「うむ。気を遣ってくれてありがとうキーヴァ。確かに、人を探すのに森の中は適切でないだろう。だが! それは探しているのが普通の人間の場合だ。私達が探しているのは誰だ? そう。村を焼き君の身体を奪った恐るべき敵と、魔物の生肉を食らうというソフィー嬢のご友人だ。普通に人里でのんべんだらりと過ごしているとは到底思えない!」


〝……確かに〟


「それもそうだな」


「ですねぇ」


「そこで!」


 ビシィッとトゥタカルタが森を指差す。


「普通に探しても見つからなさそうな奴が相手なら、こちらも奇をてらうような方法で探そうというわけだ!」


「いや、お前ただ普通の道を普通に歩くのに飽きたから魔物を倒したいとかそういう理由だろ」


「…………」


 兄さんの鋭いツッコミに、トゥタカルタはへなへなと指を下げる。


「せっかくいい感じの理由をでっちあげたというのに……君という奴は……」


「でもまぁ、森の中なら食糧になりそうなものもあるだろうし、入ってもいいぜ」


「そうですね。私の友人も、人よりは魔物と戯れる方が好きですし、探すなら森の中の方がいいでしょう」


〝私も魔物と戦って魔法の使い方にもっと慣れていきたいですし、行きましょう、森の中に〟


「き、君達……!」


 萎れた花のようになっていたトゥタカルタが、水を与えられてみるみるうちに元気を取り戻していった。そして再度森を指差し、宣言する。


「ではいざ行くぞ! 森の中へ!」


 元気いっぱいのトゥタカルタを先頭に、私達は道なき道を進むのであった。




 逃げていく魔物は見逃し、攻撃してくるようであれば倒す。いちいち魔物に構っていては無駄に時間を取られてしまうので、そういう取り決めをして私達は森の中を歩いた。とは言え街道が近いからか襲いかかってくる魔物は少なく、戦闘の機会が訪れるのは十匹に一度程度だった。


 そのため、またしてもトゥタカルタが不満を漏らした。


「クソッ。森の中であれば多少は楽しめると思ったんだがな……」


「人里が近ぇんだから、そうそう強ぇ魔物なんて出ねぇだろ」


 しっしと小さな魔物を追い払いながら兄さんが言う。


「頻繁に強い魔物が出るようであれば、騎士団なり勇者なりが常駐しているはずですからねぇ。そうでないということは、強い魔物は出ないということです」


 あら綺麗な蝶々、とソフィーが目の前を通り過ぎる蝶を目で追う。


〝ざっと周囲を探知した感じだと、小型の魔物しかいません〟


 探知できる範囲内で一番強い魔力を放っているのは、隣にいるソフィーだ。もう少し奥へ行けば中型の魔物もいるが、強さはそれほどでもない。


「先程の盛り上がりは一体何だったんだ? 君達は入る前からこうなることを予測していたとでも言うのか?」


「むしろ何でお前は森の中なら強い魔物がいるって勘違いしてんだよ。そういうのはもっと人が足を踏み込まないような場所にしかいねぇだろ。ここじゃ人里が近すぎる」


「チクショオオオオオオオオオオ!」


 叫び声に驚いた鳥達が一斉に何処かへと飛んでいった。


〝あのぅ、カルカルさん。そうやって文句を言っていても何も解決しませんよ。強い魔物に出会いたいなら、歩いて歩いて歩き続けて、もっと森の奥へと進まないと無理ですよ〟


「くそぅ。キーヴァの指摘がもっともすぎて何も言い返せない……しくしく……」


「泣いてる暇があんなら、さっさと先に進むぞ」


「そうですね。ここでごたごたしていては、それこそ時間の無駄です」


〝もう少し先に進めば中型の魔物が出現するようになりますから、まずはそれを目指して行きましょう!〟


「うう……君達のその優しいのか冷たいのか分からない態度が染みる……。何にかは分からないが染みる……」


 こうして私達は奥へ、奥へと進んでいく。探さなくてはいけない人がいるのは分かっているが、そもそもその人達がどこにいるのかも分からない。そのためあてどなく歩く他なかった。

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