24.行方不明の金勇者

「金勇者が……行方不明に……!」


 叫び声を上げた神父が、頭を抱えながらずるずると床に崩れ落ちる。


「な、何かあったのか……?」


 目の前でこんなことが起きるものだから、面倒臭がりな兄さんも流石に心配して神父の前にしゃがみ込む。


「竜巻が起きたあの日、とある金勇者がこの教会を訪ねてきました。その勇者も、あなたと同じように大型の魔物を探していました。この辺りで大型の魔物が出るという話は聞いたことがありませんでしたが、皆さんはご存知でしょうか、魔物の住むストフォーレという街の噂を。この先に平原があるのですが、もしかしたらそこがストフォーレかもしれないと言われているのです。私がその話を勇者にすると、彼は礼を言って教会を出ていきました。……その数時間後です。平原の近くで竜巻が起きたのは」


 神父はそこで言葉を切り、後悔と共に深い溜息を吐いた。


「あれから毎日、暇さえあれば彼がまたここを通らないかと窓の外を眺めています。でも一向に見かけない。もしかしたら竜巻が起きる前には、探すのを諦めてどこか別の街へ行っていたのかもしれない。そう思えたらいいのですが、人に尋ねても誰も彼の姿を見ていないと言うのです。ああ、もしかしたら、私のせいで、彼は……!」


「お、落ち着いてくれ、神父様」


 滂沱の涙を流す神父を、慌てて兄さんが慰める。


「まだそいつが死んだとは——」


「私が殺したんだああああああああああああああああああああ‼ 私のせいで‼ 彼はああああああああああああああああああああ‼」


「……禁句だったみたいだな」


 トゥタカルタがぼそりと呟いた。兄さんは「うるせぇな」と返し、言葉を慎重に選びながら神父に話しかける。


「なあ、神父様。俺達に竜巻が起きた平原まで行かせちゃくれねぇか。倒木がそのままになってて通行できねぇ状態なら、誰かが元に戻さなくちゃ皆困るだろ。困ってる人を助けるために、勇者がいる。違うか?」


「その通りだが……しかし……」


「それに俺達にも、探してる奴がいるんだ。そいつも、もしかしたらストフォーレにいるかもしれねぇ。だからそいつを探すのと一緒に、神父様が探してる金勇者も探してやるさ。もしかしたら知らない街で迷子になってるのかもしれねぇだろ?」


「……それは、ありがたいが……。だが、誰にも見つけられていない街なんだぞ。そんなすぐに見つかるわけが……」


「いいえ、見つかりますよ」


「……!」


 神父が顔を上げた。その視線の先にいるのは、慈愛に満ちた顔のソフィーだ。


「見つかるわけがない。そんな考えがある人には、いつまで経っても見つけられないでしょう。ですがストフォーレは魔物の街なのでしょう? ならば魔物にとっては、見つけるまでもなく、当たり前のようにそこに存在する街のはずです。なので……」


 ソフィーは神父の前にしゃがみ込み、片手を神父の頬に添え、瞳を覗き込む。


「大型の魔物に道案内をお願いしたいのです。魔物の居場所を知っていたら教えてくださいませんか?」


「あ……」


〝……!〟


 一瞬。


 ほんの一瞬だが、巨大な魔力同士がぶつかり合う気配がした。ソフィーのものと、神父の……いや、この教会自体のものだろうか。ソフィーは神父の意識を無理矢理操ろうとし、そんな神父を守るために教会がソフィーの魔力を追い払おうとした。教会には魔物を追い払うための防衛魔法が施されている、という話を聞いたことがある。


 だが……勝ったのは、ソフィーの魔力だ。


「倒木の、辺りで……強大、な魔物が、出るという話、を、聞いた……。騎士団で、も倒せな、いと……」


「あらまあ、それは大変ですね。でも安心してください。私達が倒してさしあげます」


「ああ……頼んだ、ぞ」


「ええ、頼まれました。ああ、それと、失踪した勇者の名前も教えてくださいますか?」


「勇者の名前、は、ディアミド……だ」


 もう満足したのか、ソフィーは神父の頬からするりと手を離し立ち上がる。


「さあ、皆さん行きましょうか。ぐずぐずしていたら朝になってしまいます」


「お、おう……」


 ソフィーがさっさと扉へ向かっていくので、兄さんとトゥタカルタも慌てて後を追う。神父はまだ心ここにあらずといった様子だが、時間が経てば元に戻るだろう。


 教会の外に出ると、耐えかねたようにトゥタカルタが大声で不平を述べた。


「騎士団でも倒せない魔物を私達三人で倒すとか本気で言っているのか⁉」


「ああ、あれは彼を安心させるための発言にすぎません。倒したら道案内してもらえませんから」


「いや、倒せない程強い魔物が道案内するわけないだろう⁉」


「ですからそれは、こちらが格上だと示せばいいんです。それに私、言うことを聞かせるのは得意なんですよ」


 ふふ、と笑みを漏らすソフィー。確かにそれに関しては今のでよく理解した。兄さんとトゥタカルタも理解しているかは不明だが。


 そんな言い合いをしつつ、私達は足早に平原へと向かった。暗くなれば魔法で灯りをともせばいいが、それは魔物に私達の位置を教えることにもなる。どんな魔物が待ち構えているのか分からない以上、不用意な行動は避けたい。

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