23.教会
少し多めに食糧や薬を調達し、街の外へ出た。段々と日が傾いてきている。件の街は太陽の落ちる所にあると言っていたので、眩しい思いをしながら西日に向かって歩を進めた。
アンバラスに入ってきた時とは別の門から出たのだが、こちらの門を使う人はあまりいないのか、それとも交通量の少ない時間帯なのか、人の姿はまばらである。何人かすれ違いざまに「ごきげんよう」だとか、兄さんの背負う剣を見て「神のご加護があらんことを」なんて言って街に向かって歩き去っていった。きっと教会に行った帰りなのだろう。
「ソフィー嬢。君はやけに自信たっぷりにストフォーレを見つけられるようなことを言っていたが、何か算段はあるのか?」
「ええ。あの場でも言いましたが、魔物の気持ちになればいいんですよ」
兄さんの前を歩くトゥタカルタとソフィーが、吹いている風と同じくらいのんびりとした様子で会話をし始めた。
「それがイマイチ分からんから聞いているのだ。君は魔人だから魔物の気持ちも分かるのだろうが、私とリーアムは違うぞ」
そんなことを言うトゥタカルタの本来の姿は、どちらかと言えば魔物寄りな気もするが……誰もソフィーにそのことを話してはいないので、トゥタカルタは見た目通りの人間の女性〝カルカル〟であるものとして話は進む。
「魔人と魔物は別の生き物ですので、魔人だから魔物の気持ちが分かる、というものではありませんよ。人間だからと言って牛や鶏の気持ちが分かる訳ではないのと同じです」
「はぁ……。では、どうして自信満々に魔物の気持ちがどうのこうのと言ったのだ?」
すっ、とソフィーが立ち止まる。風に靡いた髪が、夕陽を受けて燃え上がるように赤く輝いた。
「魔物は、基本的に己よりも強い存在を恐れます。そして、ある程度頭の良い魔物であれば、その強い存在に従います。恐らくは従わないと殺される、という意識が働くのでしょう。その習性を利用すれば簡単に見つかります」
こちらを振り向いたソフィーの表情は、逆光でよく見えなかった。だがいつも通りの微笑をたたえている気はする。気はするのだが、それがどこか空恐ろしく感じられた。
「あー、つまり、中型くらいの魔物を捕まえて、こちらの方がお前よりもずっと強いぞと脅しつけてストフォーレまで案内してもらう、ということか?」
「ええ、その通りです。ですが、大型の方が物分かりがいいので、どうにかして見つけたいものですねぇ」
「どうにかって、君ねぇ……」
のんびりとした口調でとんでもないことを言うソフィーに対し、トゥタカルタが呆れたように溜息を吐いた。
「昨日の巨大コウモリだって、一発で仕留められたわけではないんだぞ。そんな奴を探して、こちらが格上だと主張し、道案内を頼むだなんて、君は正気か?」
「ええ、もちろん正気ですよ」
「神に誓ってか?」
「神には誓いません。神なんて、碌な連中ではありませんから」
そう言って、ソフィーはまた歩き出す。
「ですが……その信徒を少し利用させていただきましょう」
その行き先が分かった途端、会話に入るのが面倒だったのかずっと黙っていた兄さんが「うげっ」と呻き声を出した。
アンバラスの北西にある小高い丘の上に、小さな教会が建っていた。屋根のてっぺんに飾られた像を見るに、大陸創世記に登場する十二神の内の一柱、戦いの神ウルキヌスを祀っているようだ。ウルキヌスは魔物の大群相手に一人で戦って勝ったと言われているため、魔物から街を守るにはうってつけの神様だ。
「なぁ……本当に俺が先に入らなきゃ駄目か?」
教会の扉の前で、兄さんが物凄く嫌そうにしながら背後の二人を振り返る。すると当然のようにトゥタカルタは呆れ顔を返してきた。
「この辺りで大型の魔物は出ていないか、と聞くのに勇者以外の適役がいると思うか? 勇者は君だけだし、対外的には私とソフィー嬢はそのお供だ。今まではこういう時キーヴァを頼っていたのかもしれんが、バッカス達の前では一切喋っていなかったことから察するに、魔法石の中にいることがバレない限りは他者の前で発言する気は一切無いぞ。何か適当な理由をでっち上げて喋ってもいいだろうに」
〝だ、だって、ビックリさせちゃうかと思って……。それに、勇者が怪しい喋る剣を持っていると思われたら、兄さんの評判がガタ落ちしちゃうかもだし……〟
「……それは困る」
面倒臭がりな兄さんだけど、勇者にとっては評判も大事なものだから意外と気にしているのだ。評判が悪いと依頼が受けられない可能性も出てくるのである。
「そういう訳だ。君が何故そんなに嫌がるのかはどうでもいい。今回ばかりは君に先陣を切ってもらうぞ」
トゥタカルタの鋭い視線を浴びた兄さんは、助けを求めるようにソフィーに顔を向ける。
「大丈夫です。リーアムさんならいけますよ」
励ましの言葉を欲していると思われた。
もうこれ以上反論しても色んな意味で無駄だと悟り、兄さんは意を決して扉に手をかけた。ギィイ、と音を立てながら、ゆっくりと扉を押す。開いた扉の隙間から、夕陽に照らされたステンドグラスの光が零れる。久しく見ていなかったこの神秘的な光景に、私は心が洗われる思いがした。
「おや、ごきげんよう。本日の修練は終わりましたが、何かご用でしょうか」
中に入ると、法衣姿の男性が一人、窓辺で黄昏れていた。こちらに気がつくと目尻に皺を寄せて微笑む。見るからに優しそうな神父様だ。教会中を響かせる朗々とした声と相まって、多くの人から慕われているであろうことが想像できる。
(修練ってなんだろ)
少し引っかかりを覚えたが、私が質問するわけにもいかない。誰か聞いてくれないかな、と思いつつ成り行きを見守る。
「この辺りで大型の魔物が出現していないか知りたい」
兄さんが神父に向けて簡潔に問う。すると神父は目を丸くさせた。
「大型の魔物、ですか。失礼ですが、あなたは勇者ですか? 勇者証をお見せ願えますか」
兄さんが小さく呻いた。いつもすぐ取り出せるところに入れてある勇者証を、もったいぶったようにゆっくりと取り出す。後ろでトゥタカルタがじれったそうな息を漏らした。
勇者証を取り出した兄さんは、それを神父に見えるように掲げた。
「ああ。俺は……勇者のリーアムだ」
「勇者リーアム。そしてお供の皆さん。ようこそおいでなさいました。戦神ウルキヌスのご加護があなた方に力と勇気を与えん」
腹の底から響かせたような声で祈りの言葉を捧げる神父。小さな教会で大きな声を出すものだから圧倒される。兄さんはもちろん、トゥタカルタとソフィーも同様だ。後ろで感嘆の声を上げている。
「しかし、です。あなたのそれは銅の勇者証ですね。この教会より先に行くのはおすすめしません。引き返しなさい」
その声には、有無を言わさぬ迫力があった。
だからこそ、この先には何かあるのだと直感するには十分すぎた。
「悪いが、引き返すわけには行かねぇんだ。俺には探さなくちゃいけねぇ奴がいる」
「ならば、アンバラスに常駐している騎士団に捜索隊を出すよう嘆願書を提出するのが得策でしょう。たった三人ばかりの銅勇者一行よりは、その方が安全です」
「お言葉だが、神父殿」
トゥタカルタが神父に負けじと鋭い一声を放った。
「私達はこの三人で、一度だけではあるが大型の魔物を倒している。リーアムの勇者証が銅なのは経験値の低さ故ではない。見た目通りのひねくれ者だから、逐次成果を報告していないだけだ」
「おや、そうでございましたか。いけませんよ、勇者リーアム。魔物の討伐をしたら教会に報告しなければ、正当な評価を受けられません。勇者証の色は、信頼の証でもあります。何故三段階に分かれているかと言うと——」
「わ、分かった! これが終わったら、ちゃんと……報告、する……」
長々としたお説教が始まる雰囲気を察し、兄さんがすかさず口を挟んだ。とは言えその内容は自分の首を絞めるようなものだった。
(報告しに行ったら行ったで、何で今まで報告しに来なかったのかってお説教されそうだなぁ……)
今ここでお説教を聞かされるのと、後で聞かされるのとではどちらがマシなのか。それこそ神のみぞ知ることである。
「よい心がけです、勇者リーアム。ですが、それとこれとは話が別です。あなたが例え金の勇者証を与えられる程の実力者だとしても、この先へ通す訳には参りません」
ゆっくりと首を左右に振る神父。その顔には憂いが帯びていた。
「何か理由でもあんのか?」
「ええ。実は一ヶ月程前に竜巻が起きまして、その時に倒れた木々が道を塞いでしまい、未だに通行できない状態なのです。騎士団でも手をこまねく程危険ですので、どうかお引き返しください」
(本当にそんな理由なのかな……?)
よしんば本当に木々が道を塞いでいるとしても、勇者を引き返させるだろうか。倒木の撤去を勇者に依頼するのはままあることだ。ならばこれより先に通させまいとするのは、この話は単なる建前で、本当の理由が別にあるから……?
(気になるなぁ)
神父の口振りからして、この先に何か——それが何なのかは不明だが——あることは確かだ。その正体がとても気になる。
その時ふと、背後からくすりと笑う声が聴こえた。
「ならば、私達がその道を通れるようにいたしましょう」
そう提言したのはソフィーだった。
「ずっと道が塞がれていては不便でしょうから、私達で倒木を撤去してさしあげます」
「いや、ですから、騎士団でも手こずるような状態でして……」
「ええ。ですが、騎士団の皆さんはどうか知りませんが、私達には戦神ウルキヌスのご加護のお陰で力と勇気がたっぷりありますから、その程度へっちゃらです」
「だ、だが……」
「うむ。確かにそうだな。先程神父殿もそう言ってくださったからなぁ! それとも神父殿は、神のご加護を信じていらっしゃらないのか?」
ソフィーの言葉にトゥタカルタが乗ってきた。意地悪そうに唇の端を吊り上げている。さしもの神父もこう言われては反論のしようがない。先程までの威勢はどこへやら。弱々しく「そんな、滅相も無い」と言うばかり。
「では決定だな! 我々で倒木の撤去を行うとしよう。いいよな、リーアム」
「ああ」
「よし。では早速行くぞ! ぼんやりしていたらすぐ暗くなって——」
「行方不明者が出ているんだッ‼」
悲痛な叫び声が上がり、一瞬にして辺りは静寂に包まれた。
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