第5章 ストフォーレ

25.“キーヴァ”

『この先通行禁止』と書かれた看板を無視して歩き続け、太陽の半分程が地面に隠れた頃。ようやく件の倒木が見えてきた。辺りに威圧感のある強大な魔力が漂い、魂だけなのに身の竦む思いがする。


(……あれ? この魔力、どこかで……?)


 ふと周囲に漂っている魔力に既視感を覚えたが、一体どこで感じた魔力なのか思い出せない。そのことがより一層不安を増大させる。


「明らかにヤバい何かがいる気配だな……」


「ああ。これ以上進む気が起きねぇな」


 トゥタカルタと兄さんが足を止めた。しかしソフィーだけは立ち止まらず、その代わりゆっくりとした歩調で倒木に近づいていく。


「ソフィー嬢。あまり近づかない方がいいのではないか?」


「大丈夫です。問題ありません。近づかないとあちらも現れないので」


「なるほど……って、それは問題大ありだろう⁉ おい、リーアム、キーヴァ! いつでも攻撃できるよう構えておけ!」


「お、おう!」


〝はは、はいィッ!〟


 何の心構えもする暇なく、兄さんは慌てて剣を構えた。私はいつでも魔法を放てるよう意識を研ぎ澄まさせる。横でトゥタカルタも臨戦態勢に入っている。ソフィーだけが、何も気負わずに倒木に近づき、それに手を伸ばす。


 ソフィーが倒木に触れた。その瞬間。


「うおっ⁉」


〝きゃっ⁉〟


「うぐっ⁉」


 ごごごご、と音が鳴る程物凄い勢いで風が吹き荒れた。


 咄嗟に結界魔法を展開したが、それでも吹き飛ばされてしまいそうだ。兄さんも足を踏ん張っているようだが、少しずつ後ろに下がっている。


「姿を現したらどうですか!」


 風の音に混じり、ソフィーの声が聴こえた。すると風は段々と弱まっていく。


(凄い……。こんな強い魔力の持ち主に言うことを聞かせるなんて……)


「皆さん、ご安心ください! ここにいるのは騎士団が倒せなかった魔物ではなく、私が探していた友人です!」


 今度はこちらに向けて声を張り上げるソフィー。こんな突風を浴びさせられて安心できるわけがないのだが、その犯人が彼女の友人なのであれば言うことを聞いたのも納得はする。


(ソフィーさんの友人って、確か大型の魔物を食べるんだっけ? だったらここにいたっていう魔物も食べた……のかな……?)


 それなら倒木の撤去もできそうだ。なんて呑気に考えていると、風が止み、その人の姿が見えた。


〝えっ……〟


「お、おい……お前……」


 その人は——その少女は、腰まで伸ばした銀髪を風に靡かせ、紺色のマントを羽織り、手には魔法石のついた杖を持っている。そして目を青く光らせたその姿は、見間違いようがない。


「キーヴァ……?」




〝私〟だ。




「やぁっと来たかお前ら。ったく、待ちくたびれたぜ。暇すぎてここにいた魔物喰らっちまったぜ?」


 杖を肩に担ぎ、不敵な笑みを浮かべる〝私〟。……私ってこんな顔するんだ。


「テメェ……今すぐその身体を返せ! それは俺の妹のだ!」


 兄さんが〝私〟に向けて剣を構える。だがその手も声も震えている。無理もない。風は収まったが、依然として魔力の圧は消えていないし、剣の先にあるのは私の身体。深い傷を負わせれば、後々私が苦しむことになる。


「ああ、お前の妹……キーヴァ、だったか? まだちゃんと〝そこ〟にいるよな?」


〝私〟が杖をこちらに向けた。兄さんの剣にはめ込まれた、魔法石に。


〝ええ。あなたのお陰でずっとここに閉じ込められています。……どうして、こんなことをしたんですか? 村を焼いて、私の身体を奪って、私の魂をここに閉じ込めて……!〟


「おいおいおいおい。全部オレ様のせいだって思ってるのか? むしろ感謝してほしいんだけどな。オレ様はお前を守ったようなもんだし」


〝守る⁉ このどこが⁉〟


 軽薄に笑う〝私〟に腹が立ち、私は爆発魔法を放とうとした。でも……できなかった。


「キーヴァちゃん。そんなことしたら、キーヴァちゃんの魂を戻せなくなっちゃう」


 私の魔法を止めたのは、ソフィーだった。私が使おうとした魔力の倍以上の魔力で私の魔法を無効化させた。強い魔法を放つ気だったのに、それを世間話でもするような顔で止められた。


〝ソフィーさん。どうして……どうして、言ってくれなかったんですか……! ソフィーさんの友人が、私の身体を奪った人だって……!〟


「だって、聞かれなかったもの。それに、言うなって言われてたし」


 いつもの笑みを浮かべながら、あっけからんと言うソフィー。普段通りだからこそ、空恐ろしく感じられる。


「ソフィー、お前……ずっと俺達を騙してたのか。そいつを探すために俺達と旅をしてたのは、俺達をそいつに殺させるためか⁉」


「だーかーらー違ぇっての!」


 ソフィーに吠える兄さんに対し、〝私〟が反論する。


「そもそもあの火事を起こしたのはオレ様じゃねぇし、オレ様にお前達兄妹を殺す気はこれっぽっちも無ぇ! 勝手に身体を奪ったことに関しては謝罪するが、そうでもしないとオレ様はあの危機的状況から脱することはできなかったし……お前の妹の命も危うかったぞ」


 最後の言葉だけ声を低くさせた〝私〟。その前がおちゃらけた態度だっただけに、私はゾッとした。まさか……〝本気〟でそう言っている……?


「どういう意味だ、テメェ……」


「どうも何も、騙されていたのはお前達兄妹だってことだ。……あの宿屋の店主に伝言を預けたが、まさか聞いてねぇのか? 鳥に気をつけろ、って」


「ク……ハハ……」


 笑い声が聴こえた。


 酷く耳障りな笑い声だ。


「アッハハハハハハハハハハハハハ‼」


 隣で、トゥタカルタが腹を抱えながら笑っている。


「何だよお前……魔王のクセに、そんなお優しいことするのかよ。……アハハ」


「……? どういう意味だ、カルカル」


「カルカルぅ⁉ お前そんな変な名前で呼ばせてるのかよ! オレ様の威厳が廃れるだろ!」


〝え、な、何……?〟


 少しの会話で色々な情報が交錯した気がする。何も分かってないのって、私と兄さんだけ?


「ああもう面倒くせぇ‼ お前がそいつらに教えてやれよ〝カルカル〟。どうせお前、そういうの自慢したいタチだろ?」


〝私〟が杖をトゥタカルタに向け、怒鳴ったように言う。するとトゥタカルタは笑うのを止め、顔を上げた。


「ああ、教えてやるよ。俺は……謎の失踪を遂げた金勇者ディアミドにして……」


 バサッ、と音を立てて彼の姿が変化した。私達が最初に見た、大翼を持つ、鳥のような人の姿に。


「この地に隠れていた魔王トゥタカルタを倒し、その身体を奪った、最強の存在だァ‼」


 その直後、先程とは比べ物にならない暴風が起き、私達はなす術も無く吹き飛ばされた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る