28.禁忌の呪文

 ディアミドの周りに布が増えた。地上からトゥタカルタも同じ魔法を使っている。


「フンッ。小賢しい。二人がかりだろうと、最強たる俺に敵う訳がない!」


 翼を振り回し、布を引き裂くディアミド。しかし次から次へとまた布が絡みつく。


「何だよおい! さっきはあいつすぐへばってたクセに!」


〝だってそれ、私が出してますから〟


「はあ⁉ 何を——もごっ⁉」


 トゥタカルタが再度出してくれたお陰で、この魔法の使い方をより鮮明に理解した。捕らえたものを死へと誘う、死神の力を借り受ける魔法。禁忌に該当するような魔法だろうが、そんなこと今はどうでもいい。相手も神なら死にはしない!


 幾条もの布が、ディアミドの足を、翼を、口を縛る。飛べなくなった怪鳥が地に落ちる。


 落ちたのは、魔法陣の上!


「魔法の習得が早ぇな、キーヴァ! オレ様感心したぜ!」


〝どういたしまして。魔法陣もありがとうございます! カルカルさん……いえ、ディアミドさんでしたね。私はこの魔法石の中にいることに加えて、あなたの熱心な指導のお陰で、少ない魔力で強い魔法が出せるようになったんですよ。ありがとうございます〟


 もがもがと何か喚きながら、布でぐるぐる巻きになったディアミドがじたばたと跳ねる。何とも滑稽な光景だ。


〝そのことには感謝していますし、短い間でしたが一緒にいられた時間は楽しいものでした。それなのに……あの姿は全部嘘だったんですね。残念です。加えて兄さんのことを馬鹿にするような発言……。もっと残念です〟


「見つけましたよー! ディアミドさんの身体! だいぶボロボロになってますが、これくらいなら魔法で治せますよね」


 いつの間にかこの場を離れていたらしいソフィーが、何かを担ぎながらやってきた。それがディアミドの、本来の身体なのだろう。


「おお、ありがとうソフィー! あー、こりゃだいぶ魔物にやられてるな……。ま、多少欠けてるくらいがこいつには丁度いいだろ。オレ様の身体を奪ったんだから、それくらいの罰は受けてもらわなきゃな~。神罰神罰」


 あひゃひゃ、と笑うトゥタカルタ。その横でディアミドの身体を見たらしい兄さんが顔を背けている。


(絶対大丈夫じゃない……)


〝あ、あの~、ちゃんと治してあげてくださいね……?〟


「治す治す! 百年後くらいに!」


〝百年経つ前に死んじゃいます!〟


「ああ、人間って短命なんだったな。分かった分かった。お前の魔力がなけりゃ捕まえられなかったからな。礼を兼ねてここはオレ様が特別に治してやるよ。ほれ」


 トゥタカルタがディアミドの身体に杖を向け、呪文を唱える。ここからではよく見えないが、ソフィーや兄さんの反応からして元の状態に戻ったのだろう。


「よし、こんなもんだろ。ソフィー、それを魔法陣の中に置け。リーアム、お前は一切近づくなよ。邪魔だ」


 トゥタカルタの指示に従い、ソフィーがディアミドの身体を魔法陣の中に横たえらせ、兄さんは魔法陣から距離を取る。ソフィーが魔法陣から出たのを確認し、今度はトゥタカルタが中に入る。


「出番だぞキーヴァ。ようやく元の身体に戻る時が来た」


 トゥタカルタがわたしを拾い上げ、魔法陣の中心に突き立てる。そのついでになおも藻掻いているディアミドを足で押さえ付けた。


「さあ、こいつに最強ではないことを教えてやれ。本当に最強なら……こんなことにはならねぇからなぁ!」


〝はい!〟


 私は周囲に漂うありったけの魔力を集めんと意識を集中させた。三人分の魂を移動させるのだ。呪文を唱える間に途切れない程の魔力を——。


(いや、待って——)


 何で私が〝ここ〟に閉じ込められた時は一瞬だったんだ?


 ディアミドがトゥタカルタの身体を奪うには、魔法陣を描いたり長い呪文を唱えたりする必要があったけど、魔法石に入っていればその限りではない?


 その時、私の思考を遮るようにドタンと大きな音がした。


「どうしたキーヴァ⁉ 早くやってくれないと、こいつを押さえつけておけるのも時間の問題だぞ!」


 見ればトゥタカルタが必死の形相でディアミドを押さえていた。片や神の器に入った勇者。片や少女の器に入った神。どうも魔力量は器に左右されるところがあるようだし、純粋な力でも魔力でも、金勇者に昇り詰めた人物や神が相手では私の身体では敵わないということか。一刻を争う事態だ。早く方をつけるにはやはりトゥタカルタが私にやってのけた方法が最善策ではなかろうか。


〝あ、あの、トゥタカルタさん! トゥタカルタさんが私を魔法石に入れた時ってどうやったんですか⁉ あの時一瞬でやってましたよね⁉〟


「その場の勢いだ! 時間をかけていられなかったからな! それにオレ様神様だし!」


〝そんなあ⁉〟


「だが今のお前は当時のオレ様と同様魔法石に入った状態だ! オレ様ほどではないにせよ、やれると思えばできない道理は無い‼」


〝そんな無茶な!〟


「無茶をやるから楽しいんだろう! 何ならオレ様と共に詠唱するか? 効果ありそうだろ?」


〝……はい! それでいきましょう!〟


 やれる。やれる! 私はやれる‼


「では行くぞ!」


〝はい!〟


 トゥタカルタの魔力が強さを増す。それを合図に私達は禁忌の呪文を唱えた。




 この世に迷いし魂よ

 我が汝を導かん

 解き放て 器から

 解き放て 魂を

 汝に新たなる器が与えられん

 来たれ我が元に

 来たれ魂よ




 魔法陣を囲むように風が渦巻く。光景が目まぐるしく変化する。風と魔法。二つの圧を感じる。自分がどこにいるのか分からない。詠唱を終えたが、まだ私は魔法石に閉じ込められたままなのか、それとも元に戻ることができたのか、何も分からない。どこかで私を呼ぶ声が聴こえた。それが兄さんの声だと認識すると同時に、私の意識は途切れた。

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