30.過去の記憶
目の前に男の子がいる。茶髪の、特にこれといった特徴のない、どこにでもいそうな男の子。
その男の子が、他の男の子達にいじめられて、泣いている。
私が手を伸ばし何か声をかけようとしたところで、その光景が変わった。
先程よりも少し背の伸びた茶髪の少年が現れた。
その少年は木の棒を一生懸命に振り回している。剣術の真似事でもしているのだろう。
するとそこへ別の少年達がやってきた。いじめていた子達の成長した姿だろうか。彼らが少年に対し何か言うと、少年は怒って木の棒で彼らを叩きだした。いじめっ子達は逃げていく。
また景色が変わった。更に成長した茶髪の少年が、本物の剣を持って魔物と対峙している。
剣と魔法を駆使し、少年は魔物を倒した。すると離れた場所に控えていた法衣姿の男性が彼に近寄り、笑顔で少年を褒め称え、何かを少年に差し出した。少年は自信に満ちた……と言うよりも、少々男性を侮るような顔つきでそれを受け取る。少年の手の中にあるのは、銅の勇者証だ。
それからも何度も景色が変化する。村に戻り、勇者証を受け取ったことを自慢する少年。それを嘲笑ういじめっ子達。村にいる可愛らしい少女に何か話しかけるが、首を横に振られる少年。一人で村を出ていく少年。何度も魔物と戦い、訪れた村々で何度も感謝されるが、基本的には一人でいる少年。青年へと成長した彼は久し振りに故郷を訪れる。そこで彼が目にしたのは、村を出ていく時に声をかけた少女(今はもうすっかり大人だ)が、自分をいじめていた集団のリーダーと仲睦まじく微笑み合っている姿。彼女の腕の中には、小さな赤ん坊。
青年は、彼らを剣で真っ二つにした。
青年は、故郷の村を滅ぼした。
何の感慨も無さそうな顔で惨状を眺める青年の前に、何者かが現れた。真っ黒なローブで頭から足の先まですっぽりと覆い隠しているため、どんな人物なのか分からない。ローブの人物は青年に話しかけ、手を差し出す。青年はその手を握った。
それからの青年は、以前にも増して必死に魔物と戦うようになった。勇者証はいつの間にか金へと変わり、ローブの人物は何度か青年に接触した。
そしてある日、大きな翼を持つ鳥のような人——トゥタカルタに出会った。
「満足か。俺の過去なんか見て」
疲れ果てた様子で座り込む茶髪の青年が聞いた。
「ずっと馬鹿にされて、いじめられて、それを見返してやりたくて、努力して勇者になったってのに……あいつは! あんなクズと!」
青年は取り乱したように頭を掻きむしる。少しして、落ち着いたのか呼吸を整えた。
「でも……そう。ただ勇者になるだけじゃ駄目だったんだ。あいつらを見返すだけじゃ。最強になって、全人類を、見返してやらなくちゃ……!」
「それは、あのローブの人に言われたんですか?」
「ああ、その通りだ。あいつに言われたんだよ。その辺にいる魔物を倒しただけで、強くなった気になっているのか。もっと強い存在……魔王を倒さないと、誰もお前のことなんか見向きもしない……ってな。あいつが言うには、この地に潜伏している魔王が何人もいるらいしんだ。そいつらを倒せば、俺は、誰からも羨まれる、最強の勇者になれる! そう思ってたのに……」
「倒されちゃいましたね」
「ああ。君にな」
深い溜息をつき、青年——ディアミドは顔を上げた。酷く絶望した様子で、私を見つめる瞳には様々な負の感情が籠っている。
「試験官を焼き焦がすほどだから、それなりの強さがあるのだろうと思ってはいたが……まさかここまで強いとはな」
「いえ、ですからそれはだいぶ誤解が……。それにあなたを元に戻せたのは、私が魔法石の中にいて、トゥタカルタさんも手伝ってくれたからです。私が特別強いわけではありません」
「だが、事実君は俺を倒した。過程がどうあれ、結果は覆らない。俺は……最強ではない」
また溜息を吐きながら俯いていくディアミド。うう~ん、扱いが面倒臭い。
「ディアミドさんは、誰からも羨まれる最強の勇者になったら……その後どうするつもりだったんですか?」
「……その後? その後は……今思えば、何も考えていなかったな。あいつも、その後のことは特に何も言ってこなかったし」
「はあ……。じゃあつまり、その人と出会ってからは、その人の言う通りに動いていたってことですか?」
「ああ」
「何か怪しくないですか、その人。この地に潜伏している魔王をディアミドさんに倒すよう唆して……。でもトゥタカルタさんは魔王ではなく古くからいる神だと言ってますし……。もしかしたら、そのローブの人こそ魔王……もしくはその配下、なんて可能性もあるんじゃないですか? ほら、こっちの大陸にいる目障りな存在を誰かに代わりに倒してもらえれば、後は残ったその人を倒すだけで済みますし」
「何⁉ もしそれが本当なら、俺は魔王の言いなりになっていたのか……⁉」
「そうなりますね。あくまで今思いついた仮説ですけど」
「クソッ! 俺は何てことを……! 一番倒すべき存在に気がつかずに最強になろうとしていたなんて……!」
あ、まだそこ拘るんだ。
「でも……そうだ! キーヴァ! 俺に協力してくれ! 俺と君、二人の強さが合わされば、本物の魔王討伐も夢じゃない! あんなボンクラ兄貴は置いといて俺と一緒に」
「え? 私、兄さんと一緒じゃないと嫌ですし兄さんのことをそんな風に言う奴と旅するなんてもっと嫌です」
「——ッ‼」
ディアミドがショックを受けた顔をすると共に、空間に——ここがどんな空間なのかイマイチよく分かっていないが——亀裂が入った。亀裂はどんどん増え、空間が崩れていく。
「え⁉ 何これ⁉ 何でこんなことが⁉」
〝おいキーヴァ! お前何やったんだ⁉ 急にこいつが苦しみだしたぞ!〟
私の目の前に小さな光が現れ、そこからトゥタカルタの声が発せられた。
「わ、分かんないです! 何故だか急に壊れ始めて……!」
「君が! 俺を! 拒否するからだろう!」
「だってあんなこと言われたら普通拒否するじゃないですか!」
〝気を抜くなっつったろ! もういい! たぶんどっちも悪い! とにかく早急にお前を引き戻すぞ!〟
「うひゃあっ⁉」
首根っこを勢いよく掴まれる感触がし、私の視界は再度暗転。気がつけば教会の天井と、兄さんの心配顔。ついでにトゥタカルタの呆れ顔が目に入った。
「お前はこいつに何をしたんだ?」
詰問するようにトゥタカルタが呆れ顔を近づける。
「え、えーっと……二人で魔王討伐しようとか言われて……断りました……」
「それだけか?」
「そ、それだけですぅ……」
「じゃあ何故目を逸らす」
「う……。だ、だってぇ……トゥタカルタさんの顔が、怖いから……?」
ちらり、とトゥタカルタを見やると、彼女は罰の悪そうな顔をした。
「……それは悪かったな。まぁいい。面倒だからこれ以上は聞かん。リーアムとソフィーはキーヴァを隣のベッドにでも移動させろ。恐らくだが……もうそろそろこいつが起きる」
ふん、と鼻を鳴らしてトゥタカルタはディアミドを顎で示す。傍で見守っていた神父が彼の手を取り、祈りの言葉を呟いた。自分のせいで死なせてしまったと思っていた勇者が、意識を失っているとは言え生きて目の前に現れたのだ。ずっと心配していただけに、彼の回復を願う想いは人一倍強いのだろう。
私は兄さんとソフィーに支えられながら隣のベッドに移り、その時を待った。どのくらい経っただろう。僅かな時間がとても永く感じられた。
ステンドグラス越しに、太陽の光がディアミドの顔を照らした。
瞼が僅かに動き、そして……彼の瞳が光を帯びた。
「お、おお……! おお、神よ!」
神父がわっと泣き出し、ディアミドの身体に縋りついた。
「う……ぁ……」
ディアミドは何か言おうとしたが、長いことその身体が使われていなかったせいか、言葉にならない音が漏れるだけだった。
「よく戻ってきたな、ディアミド。お前には言いたいことだらけだが、全部言い連ねるのは正直クソめんどくせぇ。だからこれだけ言っておこう。……くたばれ」
「折角のいい雰囲気が台無しでしょう、トゥタカルタ。……お帰りなさい、カルカルさん。……いえ、ディアミドさん、でしたね」
トゥタカルタとソフィーがそれぞれディアミドに声をかける。彼は嬉しさ半分、困惑半分の表情でそれに応える。……いや、困惑の方が大きいかもしれない。そして彼は頭を巡らせ……私と兄さんの姿を発見した。その表情は悲しそうに見えた。
「……俺も何か言った方がいいのか?」
困った声で兄さんが耳打ちしてきた。兄さんのことだからテキトーに「よかったな」の一言しか言わなさそうで、素直にうんとも言い難い。
「な、何か言いたいことがあるなら……今のうち、じゃないかな」
「そうか。……よかったな」
ほら。やっぱり。一瞬考える素振りも見せたが、言いたいことも特にこれといって無かったのか、あるにはあるけど纏めるのが面倒だったのか、一言だけで終わった。
(兄さんらしいや)
そうして兄さんが言い終わったものだから、自然と皆の顔が私に向いた。いつの間にか私も何か言う流れになってしまった。
(……どうしよう)
言いたいことはあの空間の中で言っちゃったようなものだし、さて何を言おう。意識が戻ってよかったね? これからはどうするの? その性格どうにかした方がいいよ?
(ううん……違うよなぁ……)
くう、と小さく私のお腹が鳴った。ああ、そうか。これでもいいか。
「お腹……空いてませんか? 美味しいスープがありますよ」
「ああ、そうですね。ディアミドさんの分のスープも用意します」
ソフィーがスープを用意するために席を立ち、ディアミドはほっとした表情を浮かべた。
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