8.魔力の調整
騒ぎを起こしたばかりだからすぐに魔物が戻ってくることはないだろうと推測し、兄さんとトゥタカルタの二人は適当な場所に腰を下ろした。兄さんが私を地面に置くと、春の日差しを浴びてはキラキラと輝き、そよ風を受けてはさわさわと音を鳴らす森の木々が視界いっぱいに広がった。さっきまで叫びっぱなしだったのが嘘のように心地が良い。
二人は宿の店主に作ってもらったパンや干し肉を食べ始めた。兄さんはしばらく干し肉を齧ることに専念していたが、硬すぎたのか不満を漏らし始めた。
「噛み千切れねぇぞこれ……。キーヴァ、これ魔法でどうにかできねぇか?」
〝どうにかって……柔らかくすればいいの?〟
「ああ」
眼前に掲げられた干し肉を仰ぎ見る。何度も噛んだ跡がついているが、それでも噛み千切られなかったようだ。それならトゥタカルタも同様なのだろうかとふと疑問に思ったが、視界に入っていないので判断不能。でもあの人なら自分でなんとかしそうだし、大丈夫かな。
(柔らかくするなら、炎系の魔法を弱めに出せばできるかな。よし、やって……)
……どうやって?
今までの私は、杖を使用して魔法を繰り出していた。杖がないと魔法が使えないわけではない。だが杖を使用することにより指向性が生まれ、対象となるものに魔法が当たりやすくなるのだ。探知魔法はその効果が広範囲に渡るため、探しものが見つかるまでは対象の場所をあまり意識しない。だが同様の考えで炎を出そうとすれば辺り一面に燃え広がる。どこに、どの程度の炎を出すのかイメージして杖を向けなければならない。
とは言え兄さんの攻撃に私の魔法を上乗せする時は、互いの魔法石を一つのものと意識していた。感覚的なものだから上手く説明はできないが、兄さんの剣を自分の杖だと誤認識することでそれを可能とさせていた。
(その感覚でやればできるかな……?)
大切なのは想像することだ。これは剣ではなく杖。杖から炎を出す——。
〝
「うおっ⁉」
視界が赤く、深紅に染まる。
あの時の光景が脳裏を過った。突然襲ってきた炎。燃え盛る街。焼け落ちる建物。悲鳴を上げる人々——。
「おいおいおいおいどうしたどうした⁉ 何故急に剣が燃えた⁉」
トゥタカルタが悲鳴を上げた。しかし私には、壁を一枚隔てた向こう側にいる誰かの喚き声がぼんやりと聴こえる程度にしか感じられなかった。
遠い。何もかもが、遠い場所にある。
身動きのできない私を、炎が取り囲む。
〝あ……いや……〟
「おい! キーヴァ! 出し過ぎだ! 肉が焦げる!」
「いや君今それどころじゃないだろう⁉ キーヴァ、大丈夫か⁉ すぐにその魔法をやめるんだ! ゆっくり、落ち着いて!」
「すぐかゆっくりかどっちだよ!」
「おいやめろ君が噛んだ干し肉で叩くな汚いなあ⁉」
〝ぅ……あ……〟
あ、なんか、変な会話が聞こえる……。
そこで私の意識は段々と冷静になっていった。そうだ。今目の前にあるのは私が出した炎。あの時の恐ろしい炎とは違う。自分で制御できる、魔法の炎。
私は落ち着いて自分の魔力に意識を向けた。現在私の魂の器となっているものが人間の身体ではなく魔法石だから、そのせいで通常よりも高い威力が出てしまうのだろう。魔力が垂れ流しの状態になりやすいのかもしれない。魔力の調整は今まで以上に慎重にしすぎるくらいが丁度いいだろう。
針の穴に糸を通すくらい、慎重に……。
〝ふ、ぅ……〟
「……お? 弱まってきたな」
「……だな」
気持ちと炎を鎮めてみれば、兄さんとトゥタカルタが取っ組み合いの喧嘩をしている姿が目に入った。
〝……何、やってるの。二人とも〟
「それは今一番君から言われたくない言葉だな……。だが落ち着いてくれたようでよかった」
兄さんから手を離したトゥタカルタが、乱れた髪や衣服を整えながら私の前にしゃがむ。
「君は何故いきなり刀身を燃え上がらせるなんて危険な真似をしたんだ。リーアムから干し肉を柔らかくするよう頼んだと聞いたが、何もそこまでしなくてもいいだろう」
〝えっと、それは……〟
私はトゥタカルタに事情を説明した。弱い炎を出そうと思ったこと。この状態で指向性のある魔法はまだ出したことがないため、とりあえず今まで通りのイメージで出そうとしたこと。そうしたら予想以上に強い炎が出てパニックになってしまったこと。
「なるほどなぁ……」
ふむぅ、とトゥタカルタは考え込むように俯いた。神だとか言ってたくらいだし、何か思い当たることでもあるのだろうか。あってくれたら助かるんだけどなぁ。
「使用する魔力の調整ができるように訓練することだな。上手くいけば魔物の討伐にも役立つだろう」
(無いのかぁ……)
それくらい自分でも分かってるよ、とツッコミを入れたくなるアドバイスだけ貰った。
一方の兄さんは乱れた髪も服も特に整えるようなことはしなかった。くしゃくしゃと頭をかくと、悲しそうな、それでいて恨めしそうな声を出した。
「肉……」
「君はそればかりだな」
どうやら兄さんが食べようとしていた干し肉は、取っ組み合いをしている最中に落としてしまい、そのまま私が出した炎で灰になってしまったそう。
「ほら。俺の分を一つやるから機嫌を直せ。そして肉よりも自分の妹の心配をしろ」
「お前の分はいらねぇよ。お前が食え」
「本ッ当になんなんだよ君は⁉ 神の善意くらい素直に受け取れ⁉」
ぎゃーすかぎゃーすか。
ぜえ、はあ。ぜえ、はあ。
〝えーっと、喧嘩はもう終わった……?〟
「ああ。そもそも始まってすらいねぇから心配すんな」
「それは無理がありすぎるだろう……」
何故かまた取っ組み合いの喧嘩が始まって終わった。仲が良いのか悪いのか。
「リーアム。灰になった肉は元には戻らない。諦めろ。それよりもキーヴァだ」
おもむろにトゥタカルタが手を伸ばし、私を——剣を持ち上げる。兄さんに掴まれるのとは違う感覚がする。手の大きさ、温もり、掴む力、感じる魔力。何もかもが違う。
(ううん……やっぱりトゥタカルタさんの魔力、何か変なんだよなぁ……)
そう感じる理由が不明なだけに、不安にもなる。
トゥタカルタが私を探るような目付きを向ける。こうして間近で見ると、なかなかに迫力のある美人だ。
「言いたいことは色々あるが……。君、さっき自分がどの程度の魔力で炎を出したのか、覚えているか? 今まで……つまり、君の身体があって、杖で魔法を出していた時と同じか、弱いか、それとも強いか」
〝ふ、普段と同じです……〟
「ふむ。なるほど。リーアム。君の目から見てどうだった? 彼女の出した炎はいつも通りか、弱いか、それとも強いか」
「あ? んなもん見りゃ分かるだろ」
「俺は、分からないから、聞いているんだ」
ああもう。また喧嘩が始まりそうな空気……。
〝兄さん、これくらい素直に答えてあげて。面倒事が起きる前に〟
「ああ、すまん。キーヴァの魔法で剣に炎を纏わせたこともあったが、その時より強かった」
私が注意すると、兄さんはばつの悪い顔で答えた。
「うむ。初めからそう言ってくれ。あと俺にも謝罪しろ。……しかし、なるほどなぁ」
〝……?〟
一瞬だけ妖しく目を光らせると、トゥタカルタは一人で納得したようにうんうん頷いた。
「何一人で納得してんだよ」
「いやはや、魔法石とは便利なものだなと感心したまでだ。さあ、休憩は終わりだ。魔物退治を再開するぞ!」
トゥタカルタは明言を避けるように話題を切り替え明るく言った。
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