第4章 アンバラス

20.アンバラスへ

 着替え終えた兄さんはすぐにでも走り出して私の身体を探しに行く気概でいたが、それは叶わなかった。ウォーレンから「俺達が討伐する予定だった魔物をそっちが先に倒してしまったんだから、そのことを依頼主に共に説明してほしい」と言われたからだ。兄さんは嫌そうな顔をしたが、こちらが報酬を得られる可能性があるぞとトゥタカルタに言われて渋々従った。ついでに言うと、リリアが「こっちだよ~」と案内した方向と、兄さんが向かおうとした方向は真逆だった。結局のところ彼らと共にアンバラスまで行くのが正解だったようだ。


 リリアとカリーナを先頭に、一行は森を歩く。七人ともなると勇者一行としては多めの人数になる。そのためか魔物もあまり近寄ってこず、街までの旅路は割とスムーズなものだった。途中で野宿し、翌朝また歩き出すと、昼前にはアンバラスに到着した。


「と~ちゃ~く! ここがアンバラスで~す! 皆お腹空いてるだろうけど、先に報告しに行くよ~」


 のんびりとした声で、リリアがあと少しの距離を案内する。


 アンバラスという街は、随分栄えていた。街のぐるりは防壁で囲まれ、門には見張りが立っている。貿易が盛んなのか、門の前で行商人が列をなしている。旅人であってもこの列に並ばなければならないのだろうが、勇者は別である。行列を無視して進み、バッカスが己の勇者証を門番に見せるとすぐに通してもらえた。時々思うのだが、勇者証を見せるだけで通行させるというのは〝勇者証を所持している者〟に対する警戒が甘すぎるのではないだろうか。悪人が勇者から勇者証を奪い使用している、なんて場合はどうするのだろう。


 私がそんな心配をしている間に、一行は門をくぐった。防壁の中は活気に溢れていて、賑やかな声がそこかしこから聴こえてくる。露店がずらりと並び、食べ物やアクセサリーなんかが売られている様子。私には分からないが、美味しそうな匂いに釣られたのだろう。


「「腹減ったな。……ああ?」」


 兄さんとバッカスの声が揃い、二人同時に取っ組み合った。


「こんなところで喧嘩をするのはいけませんよ、リーアムさん」


「やめろバッカス。無駄な騒ぎを起こすな」


 ソフィーとウォーレンが二人を諫めると、お互い手を離した。兄さんはソフィーに、バッカスはウォーレンに逆らえない質なのだろう。とは言え相手を睨み続けてはいるようだ。


「お互い、馬鹿がいると苦労するわね」


「ああ。本当にな」


 カリーナとトゥタカルタが揃って嘆息する。


「お腹空いてるとイライラしちゃうのも分かるけど~、街中で、しかも勇者同士で争うのはご法度だからね~? というわけで、はいと~ちゃ~く! 今回の依頼主、クライド・ピルキーのお家で~す!」


「「「……家?」」」


 道案内をしていたリリアが示したのは、家……と言うよりも、小さな物置小屋と呼んだ方がいいような代物だった。その為、兄さん、トゥタカルタ、ソフィーの三人が首を傾げた。私も首が無いながらも疑問符を浮かべている。


「本当にここに人が住んでんのか?」


「ああ。それについては俺も疑問に思った。だが、入れば分かるぞ」


 兄さんの疑問にバッカスが答え、彼はそのまま小屋の扉を開けた。その先にあるのは……下へと延びていく階段だった。


「ピルキー氏は少々風変わりな貴族でな。人混みを避けて家と街を行き来するために、こうやって街の各所に屋敷へと続く地下通路を作っているんだ」


 ウォーレンの解説が入った。なるほど。確かにこの人混みを進むのは大変だ。馬車だって行き交っているし、行きたい場所までたどり着く前に何度も足止めを食らいそうだ。そんな無駄を省くために地下に通路を作ってしまうというのは、大胆ではあるが理に適っているとも言える。


 扉をくぐり、階段を下り、長い長い通路を歩き、再度兄さんとバッカスが揃って「腹減った」と言って喧嘩になりそうになった後、上りの階段が見えてきた。それを上るとまた扉があり、その扉を開くと目の前に豪邸が現れた。


「ここがピルキー氏とやらの屋敷か?」


「は~い! カルカルちゃん正解で~す! この時間なら家にいるはずだから、さっそく中に入るよ~!」


 そう言ってリリアは元気よく屋敷に入ろうとしたが、それを慌ててトゥタカルタが止める。


「待て待てリリア嬢。ここは貴族の屋敷で、しかも依頼主なのだろう⁉ 勝手に入ってはまずいだろう。使用人を通すとかしないといけないのでは」


「あ、大丈夫だよ~。ここ私の家だから」


「……つまり、依頼主のピルキー氏というのは」


「私のお父さん!」


「……そうか」


 元気よく、とびきりの笑顔で答えるリリア。流石にトゥタカルタもそれ以上は何も言えず、屋敷に入っていくリリアを黙って見送った。


「なんつーか、色々とびっくりだよな」


 遠い目をして言うバッカスに、兄さんが黙って頷いた。

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