16.洞穴

「うう~ん! 野宿したにしては、気持ちのいい目覚めだな!」


 翌朝、朝露の滴る森の中で私達は目覚めた。トゥタカルタがそんなことを言いながら伸びをする。


「だな。疲れが全部取れたみてぇだ」


 兄さんも立ち上がって身体をほぐす。


「ふふ。それはよかったですね。皆さんが寝ている間に朝食を用意しました。どうぞ召し上がってください」


「なんといつの間に! 感謝するぞソフィー嬢!」


 最後の見張り番であるソフィーは、私達を起こさないようにこっそりとスープを作っていたようだ。スープを器に盛り、鞄からパンも取り出す。兄さんとトゥタカルタの二人は嬉々としてそれらを食べ始めた。


「うん! 美味い! 料理上手で気が利く仲間がいるというのは心強いな!」


「気が利く仲間じゃなくて悪かったな」


「そうは言っていないだろう、リーアム。……君の気が利かないのは事実だが」


「言ってんじゃねぇか」


「あらまぁ、駄目ですよ喧嘩は。仲良くしないなら残りは全部私がいただきます」


「いやいや違うぞソフィー嬢! 仲良く喧嘩しているのだ私達は!」


「なんだそりゃ」


 わいわいと騒ぎながら食事をする三人を眺めていたら、不意にソフィーが隣に来た。


「昨夜は休めましたか、キーヴァちゃん」


〝あ、はい! 何て言うか、その……ありがとうございます。疲れが取れるような、魔法の歌を歌っていましたよね〟


 ふと目覚めた時に聞こえた歌声。あれは確かにソフィーの声だった。ソフィーは「ええ」と言って頷き、懐かしむような顔を見せた。


「あれは本当はね、疲労感や恐怖心を麻痺させてずっと戦えるようにさせるための歌なの。戦士達の前で踊り子達が歌って踊って、怖いもの無しになった戦士達を戦場に送り込むためのもの。そこまでして大勢の人を殺して大陸全土を自分のものにしたいなんて、愚かよね、魔王も」


〝え? ま、魔王……?〟


 まさか本当は魔王軍の一員だ、なんて言わないよね……?


「ああ、魔王と言っても三代くらい前の話ね。この魔王、結局は身内に殺されちゃったから。本当、呆気なかった……」


 そう言ったソフィーの顔は、いつもの笑顔から一転して、酷く詰まらなさそうなものに見えた。


〝何だか、実際に見てきたような言い方ですね?〟


「殺したの私だもん」


〝…………え?〟


 何だか今、物凄いことをさらっと言われた気が……。


「ふふ。冗談よ」


 こちらに顔を向けたソフィーは、唇に人差し指を当てて悪戯っぽい笑みを浮かべていた。全く冗談には聞こえないんですが……。ソフィーのこの仕草は何も無ければ可愛らしくも見えるのだが、とんでもないことを聞いてしまった今、口外したら殺すぞという圧を感じる。


〝は、はいぃ……!〟


 身体があれば、大量の冷や汗をかきながらぶんぶんと首を縦に振っていたことだろう。


「話が逸れちゃったね。それで、その後色々あって疲労感を軽減させる魔法に変化させたのがあの歌なの」


〝そうなんですね……って、物凄く端折りましたね。私としては色々あった部分が気になるんですが……〟


「それは内緒」


〝デスヨネー〟


 ふふ、とまた笑うソフィー。笑顔を見せる彼女の瞳は、今まで何を映してきたのか。それをいつか知りたいと私は願うのだった。




 朝食を終えて歩き始めてから暫く経った。


 道中何度か魔物との戦闘を交え、疲労が溜まり始めた頃。ひと際大きな魔物の気配を感じた。


〝兄さん、この奥に強そうな魔物がいる〟


 森の中に突如として現れた大きな洞穴。奥が見えない程にその中は暗く、いかにも〝何かいそう〟な雰囲気だ。実際に今までこの森で出会った魔物の比ではない強い魔力を感じる。


「ほう。ついに大物のお出ましか。腕が鳴るな!」


 嬉々として言ったのはトゥタカルタだった。好戦的な笑みを浮かべている。それに対して兄さんは冷静に返す。


「大物のお出ましっつーか、向こうから現れない限り俺達が〝お出まし〟しなきゃ意味ねぇだろ」


「そういう細かいツッコミはいらん。だが私達が入らねば戦闘にならないのは確かだろう。皆、この奥にいるものと対決することに異論は無いな?」


 洞穴の前に立ち、トゥタカルタが私達をゆっくりと眺めまわす。


「ああ。どっちみち大型の魔物を倒さねぇといけねぇからな」


 兄さんは面倒臭そうな態度を見せつつも、どこか楽しげにしている。何だかんだ言いつつも、兄さんは強い相手と戦うのも好きなのだ。


〝うん。依頼もこなさなきゃいけないし、それに腕試しもしてみたいし……。頑張ろうね、兄さん!〟


「ああ」


 兄さんが力強く頷いた。


「私も異論はありません。とは言えあまり自信もありませんので、皆さんの足を引っ張らないように気をつけますね」


 ソフィーは困ったように眉をひそめたが……正直なところ、私達の方こそソフィーの足を引っ張るのではなかろうか。そんな予感もあるが、恐ろしくて口に出せない。トゥタカルタも同様だったようで、口を引き攣らせながら「が、頑張ってくれ……」と声を絞り出し、私達は洞穴の奥へ進んだ。


 洞穴の中は暗く、じめじめしていた。太陽の光が届かないのでソフィーが魔法で光の玉を出すと、頭上にいた何かがバタバタと音を立てて飛んでいった。


「うわあ⁉ ビックリした! ……今のはただのコウモリか?」


 一番驚いた様子のトゥタカルタはその場にしゃがみ込んでいた。恐る恐るといった様子で辺りを見回してから立ち上がる。


「襲ってこねぇから、普通のコウモリなんじゃねぇか? 天井にうじゃうじゃいるぞ」


 ひぃ、と小さな悲鳴が聞こえた。たぶんトゥタカルタのだ。


「ということは、奥には巨大なコウモリがいたりして……。ふふ。わくわくしますね」


「何で君は嬉しそうなんだ……」


「だって、大きいほうが食べ甲斐があるじゃないですか」


「やだこの人コウモリ食べる気だぁ……」


「……う」


 ソフィーのこのビックリ発言には、流石の兄さんも拒否反応を起こした。私も身体があってもコウモリは食べたくない。美味しくなさそうだし……。


 だが幸い、私達がコウモリを食べさせられるかもしれない、というのは勘違いだったようだ。


「安心してください。皆さんに巨大コウモリを振舞うことはしませんよ。友人と再会した時、もしかしたらお腹を空かせているかもしれません。その時何か振舞えるように、取っておけるものは取っておきたいんです」


「そ、そうか……。君のご友人にね……」


 謎多きソフィーの友人は、コウモリ料理を振舞われて喜ぶのだろうか……。そんな疑問が私達の頭に浮かんだ。


 その後も頭上で羽ばたくコウモリ達を適当に躱しながら奥へと進んでいった。コウモリばかりで他に魔物がいる様子が無いので、弱い魔物が近づくことを躊躇うくらいの強敵がいるのだと察せられる。


 そして遂に。

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