15.零番隊

「ーー久しぶりだねぇ。ダリア団長に会えて嬉しいよ。相変わらずのいい男だね。君の話しを聞かない日はないほど、いつも忙しそうな君を心配しているんだよ?」


「ノワール団長こそお噂はかねがね。ご活躍目覚ましいとお伺いしております」


 真昼間の晴れた日に、大規模討伐と言うに恥じない大所帯で洞窟の前に集まる群衆。


 その最前列で、周囲を遠巻きにさせる2つの部隊が対面していた。


 長めの黒髪に、切れ長の銀の瞳。色白で端正な顔立ちは美しく、夜を思わせるような黒っぽい装束と余裕のある物腰は、その存在感を際立たせる。


 ダリア同様、人の視線を掴んで離さないその風貌と存在感は、けれどどことなく感じさせる不健康さのような不安定さをソフィアに感じさせた。


 そんなノワールにどこかピリッとした空気で対峙するダリアの背を見たままに、ソフィアはテレジアの言葉を思い出す。


ーー正統派の孤高がダリア団長なら、その真反対をいく孤高が、零番隊の団長ノワール・シャグラン25歳。チームを基本とするダリア団長に対して、ノワール団長は完璧に個の強さに特化した寄せ集め集団。それは同じ団員が目の前で死にかけても助けないほどで、弾かれ者やノワール団長に憧れを抱く者の集まりで成り立っている。当たり前だけど死傷者も多いし、良い噂も聞かないけど、零番隊ができてからずっとその不動の強さを誇っているのが、ノワール団長。


「ーーノアも元気そうだねぇ」


「えぇ、そちらも」


 ツイとダリアの隣に立つノアへと視線を移動させたノワールは、薄っすらとその血色の悪い唇に笑みを乗せる。


 対するノアはどことなくよそよそしく、そんな様が何となく珍しいなとソフィアとフィンは少し後ろから眺めていた。


「ところで、噂の特待生とやらを取ったんだろう? どの子だい?」


「ーー取ったとは人聞きが悪いですね。色々とはありましたが、うちに馴染んでくれて一安心しています」


「ーーへぇ」


 そう言って、少しだけ身体を傾けてノワールの視界を開けるダリアの先。ぼんやりとしていたフィンの姿をその銀の瞳が捕らえる。


「ふぅん。何となく、に合いそうかなと思っていたから残念だなぁ。まぁ、気が向いたらいつでも来るといいよ。えーと、フィン・レートくん?」


「ーー? ……はぁ、どーも……」


 ふふふとその銀の瞳を細めるノワールに、どことない薄寒うすらさむさを感じてフィンは顔を歪めた。


「ーーそれにしても珍しいね。君にしては少し物足りない子を連れているようだ。その子が例の女に襲われたとか言うお姉さんだろう?」


 その銀の瞳がツイとフィンの横にいたソフィアに向けられて、どきりとソフィアの胸が鳴る。


 見えない何かに締め付けられて、じっくりと舐め回されているような不快感だった。


 思わず飲み込んだソフィアの喉がごくりと鳴った次には、剣を含んだ顔つきのフィンと、涼しい顔をしたダリアがほぼ同時に、自らの身体を持ってしてその視線を塞ぐ。


「彼女はしっかりと役割を担ってくれていますよ。確かに他の団員に魔力量は劣るかも知れませんが、彼女の強みはその熟練度の高さです。彼女の勤勉さならすぐに他の団員に追いつくでしょう」


「…………………………へぇ、結構気に入ってるんだねぇ」


 しばし自身との間に割り込んだダリアを少し驚いたように見たノワールは、その銀の瞳に笑みを乗せてから踵を返す。


「面白いものが見れて楽しかったよ。ボクらは先に行くから、いつもの通り後から来て」


「ーーはい、よろしくお願いします」


 そんな会話を最後に、見るからに個性的な自身の部隊を引き連れて洞窟の穴へと向かうノワールの後ろ姿に、ダリアとノアがふぅと小さく息を吐き出した。


「ーーなんか気味悪いやつだったな」


「ど、独特な雰囲気の人だったね……」


 ははとさっきの銀の瞳を思い出し、ソフィアはゆっくりと自身の腕をさする。


「フィーンっ!」


「テレジア」


「あんた今日前衛の守備でしょ? 私は中衛の前衛だから近くにいると思うし、よろしくね!」


「……足引っ張んなよ」


「ちょっと! 水系モンスターで役に立たないから前衛でも守備になってるあんたに言われたくないんだけどっ!!」


「役に立たないなんて誰が決めたんだよ! 全部こんがり焼きにしてやるわ!!」


 がるるるると互いに目を釣り上げて睨み合う両者に、ソフィアは眉尻を下げてまぁまぁと宥める。


「ソフィアは?」


「今日は零番隊がいて特殊部隊の人員は半分だし、エリザさんもいないから、前衛の後衛でフィンと一緒かな」


「あぁ、回復のエキスパートの人よね」


「そうそう、全体回復が得意な人だけど、私は単体回復専門だから、前衛に近いところでその都度回復をって感じみたい」


「じゃぁ今日はラックスだけ後衛で置いてけぼりね」


「ラックスは補助系だからな。能力向上が切れたくらいに途中で上がって来るんじゃないか?」


 わちゃわちゃと喋る人山を、ノアと一区切りを終えたダリアが振り返る。


「進撃する!! 道は零番隊が切り開いてくれる手筈であるから、仕留め漏れた魔物を各自まとまって取り逃がさないように対処して欲しい! 目標は最奥の水魚だ。大規模討伐ではあるが、捜索範囲が広いことと数が多いだけで難易度としては高くない。大規模討伐が初めての者も多いだろうが緊張し過ぎず、普段の力を発揮して油断をしなければ問題はない。負傷をしたら無理をせずに後退して回復に回って問題ない!! ではいくぞ!!」


 ノアの風魔法を利用して余すことなく一人一人に届けられたその声掛けに、呼応するように上がった大勢の声を背後に聞きながら、ノワールはその唇に笑みを引いたーー。

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