22.過去

 姉弟と言う名のその呪いは、まだ幼い2人を強く強く結びつけた。


 そこは魔法に関する非合法な研究施設で、身寄りのない子どもに魔法を植え付け、これまた後ろ暗い所に売り飛ばす。そんな類の非人道的な事を行っていた。


 炎の素養を持っていたフィンには属性の近い電気の素養を埋め込み、ソフィアには需要の高い回復の素養を埋め込んだ。


 新たな属性を無理矢理埋め込まれたからなのか、魔法が身体に馴染むまでは死んだ方がマシではないかと思うほどの地獄だった。


 そんなフィンを、まだ幼いソフィアが過労でふらふらになりながら回復をし続ける。そんな日々の繰り返し。


 研究員をお父さんと呼んで笑顔を向けていたソフィアは、きっと物心つく前に連れて来られたのだろうとはわかったが、現状に疑問すら抱かないその能天気さには吐き気がした。


 全員死ねばいいと、赤く染まる視界で研究員に笑うソフィアを見ながら思ったけれど、心根の優しいソフィアは利用できるとも同時に思った。


 可能な限り庇護すべきか弱い【弟】を演じて、ソフィアに揺さぶりをかけ続けた。


 結果として、ソフィアはフィンを取った。


「助けてくれてありがとう、お姉ちゃん」


 人里離れた山深い森の中。燃え盛る研究所を震えながら呆然と見つめるソフィアをそっと抱きしめた。


 万全とは言えない身体に回復の力は必要と言えたし、互いに幼い中で何かと世話を焼いて良く働き、尽くしてくれるソフィアはフィンにとっては都合がよかった。


 まともでない生活を送らざるを得ない日々で、魔物に襲われて撃退もできないソフィアにとっては、フィンは生命線と言うに等しい。


 ソフィアもまた、自身のためにフィンにとっての都合のよい存在になったのだとわかっていた。


 要らなくなれば捨てればいいと軽く始めたその関係は、寄せられる信頼の温もりと、甲斐甲斐しく世話を焼いてくる優しい声と笑顔によって、知らず知らずその形を変えていく。


 幼さ故に近づかない身体の距離だけは置き去りにして、砂上の楼閣のように不確かで歪な関係は、姉弟の言葉だけを頼りに存在を許された。


 絶対的優位だったはずの関係は、人里に降りて人間らしい生活をし出した頃から様相を変えていく。


 いつの間にか、その気になればどこへでも逃げられるソフィアが、この手の内からいなくなることばかりを気にするようになっていたーー。






 繋いだ手の感触は、今更説明するべくもなく手に馴染んでいた。


 無言で薄暗くなりかけた、雑踏に溢れた街中を歩き、2人の家に踏み入れた所でフィンはその足をぴたりと止める。


「フィン……?」


 玄関先で小さく掛けた声に、少し大人びたその紅い瞳がゆっくりとソフィアを見る。その顔は、久しぶりに見たと感じるほどに、どこかスッキリと見えるいつものフィンだった。


 入学当初にソフィアよりも小さかったその身長は、いつの間にか追い抜かされて、柔らかく小さかった手は、いつの間にか少し骨ばって大きく硬い。

 

「ーー俺、ソフィアが好きだよ」


「…………私もーー」


「男として言ってるよ」


「……………………っ」


 熱を籠らせた燃えるような紅い瞳に、一瞬も逸らされることなく見つめられることが落ち着かない。


「ーーあの日から、姉と弟を利用したのは俺だけじゃなかったとは思うけど、でも、俺は1度だって姉として見たことはなかった」


「………………たまたま……一緒にいたからでしょう……?」


「…………一緒にいてくれたのがソフィアだから、好きになったんだよ」


 繋いだ手に唇の感触が触れて、どんな顔をすればいいのかわからなかった。


「俺はもう弟には戻れないし戻るつもりもない。でも、ソフィアをそっとしておくこともできないけど、……泣かせたいわけでもないらしい」


「……………………フィン?」


 眉根を寄せたソフィアは繋いだ手を引き寄せられて、抱きしめられる。


「ーーだから、答えて。それでも俺と一緒にいてくれるなら、扉を開けて」


「フィン……?」


 耳元で囁かれた声を最後に、ぐいと肩を押されて部屋の奥に押しやられる。


「ーー急に困らせてごめん。でも、もし受け入れてくれるなら、弟としてではないって…………覚悟して」


「フィン……っ!?」


 言うなり一歩後退してバタンと扉を閉めたフィンに追い縋るも、残されたのは物言わぬ扉だけだった。


「………………フィン……?」


 ドクドクと鳴る鼓動は無意識に告げていた。この扉を開けても開けなくても、もう2度と【弟】と会うことはできないとーー。

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