10.異質
「ーー聞いたわよ、昨日大変だったみたいね。まぁ、有名税みたいなものだと思って気にしないことよ」
「はい、少し驚きましたけど、ご心配下さりありがとうございます、ミレーナ先生」
トコトコとその背中を追いながら、ソフィアはニコリと答える。
同性から見ても美しい身体のラインを誇示するようなその服を着こなして、肩口で揃えられた明るいブラウンの髪先を揺らす。
授業を知らせる鐘が鳴り、流れる人並みに逆らうようにその歩みを止めないミレーナに、ソフィアは黙ってついていく。
「ーーそれで、学園にはもう慣れた? 部隊の方はどう? 弟くんと一緒とは言え、ついていけそう? あなたには少し……荷が重いんじゃない?」
人気のなくなった校舎裏で、ミレーナはその赤い唇に笑みを浮かべ、ゆっくりと振り返った。
美しい顔は何とも言えない空気を纏い、心配と紡ぐその言葉にはどこか
「……何だったら、私がダリアくんに口添えをしてあげてもーー……」
「皆さんとてもいい人ばかりなので、とてもありがたく思っています」
「ーーそう……?」
フッとその顔に影を落としたミレーナは、それは良かったわねと呟いてその不穏な光を宿す瞳を細めた。
「まぁいいわ。もし何かあったらーー」
「ーー先生ですよね。彼女に暗示をかけたのは」
「ーー…………何のことかしら?」
その美しい顔をにこりと歪めると、ミレーナはグレーの瞳で真っ直ぐに見つめてくるソフィアをゆっくりと見返す。
「……ほんの少しですが、彼女から変な気を感じました。どさくさ紛れに中和しましたけど、それと同じ気配が先生から、微量にですけど感じられます」
「ーーへぇ?」
「……彼女の抱えた感情を利用して、それを増幅させるようなことをされたんじゃないですか?」
「………………」
「質問をして、相手が連想した感情を利用する。……私にも、かけようとしてましたよね……?」
じっと見つめるソフィアをしばし無言で眺めやると、ミレーナはフッとその唇を歪ませた。
「あらあら、ただ守られるだけの能天気なお嬢ちゃんだと思っていたのだけれど、思ったより賢かったのね」
「……優秀な弟が狙われ易いので、悪意には昔から少し敏感なんです。……靴箱の刃も、あなたですよね?」
ふふんと今だに悪びれもしないミレーナに、ソフィアはジリと距離を取る。
「……どうして関係のない人を巻き込んだんですか」
「関係ないかしら? 無から有を作り出すことはできない。あなたがよく思われていないのは事実だし、私は少しだけその背中を押してあげただけよ」
「だとしても、彼女を操っていい理由にはなりません。彼女の感情は彼女のもので、赤の他人がどうこうしていいものじゃない……っ!」
「ーーそんな顔もできるのね。いつも優しいお姉ちゃんが台無しよ?」
ふふっと眉尻を下げて笑うミレーナは、そのブラウンの瞳をスッと細めると、ヌッとその腕をソフィアへと伸ばした。
「…………っ!!」
「ーー多少頭は働くようだけど、あんたに力がないことには変わらない。……ほんと魔女みたいな女。このかわいい顔を見る影なく傷つけたら、皆んな目が冷めるかしら……」
「……っ……こ、こんなことして、あなたに何が残るって言うの……っ!?」
ガシリとその顔を常軌を逸する力でミレーナに掴まれて、ギリギリと血が滲むミレーナの爪先の痛みに顔を歪めて、ソフィアは声を押し出した。
「…………それこそ、あんたには関係ないわ! ……あんたなんかにはわからないわよ! 優秀でできた弟に守られて、誰もが羨むようなダリアたちに、オマケとしても目を止められるあんたなんかに……わかるもんですか……っっ!!!」
「………………っ」
泣きそうに顔を歪めるミレーナに、ソフィアは言葉に詰まる。
「ーーあんたみたいな顔も力も何もかも平凡な女が、ダリアと口をきくことすら
ソフィアはその底が見えないブラウンの瞳に至近距離で覗き込まれる。
赤く塗られた長く綺麗なその爪がソフィアの肌にめり込んでも、その力が緩められることはない。
「………………っっ!!」
「ーー残念ね、守ってくれる弟くんがいなくて。力もないくせに調子に乗るからこうなるのよ。もう手の内はバレちゃったし、多少手荒にしたって問題ないわよね?」
まるで深淵に心の内を覗き込まれるようなざわざわとした感覚に、ソフィアの背筋が総毛立った。
「やめ……っっ!!」
「ーー学園内での私怨による、関係者同士での魔法の使用は御法度ですよ。精神系の魔法なら尚更です」
ピシャリと響き渡るその静かで冷たい声音に、ミレーナがビクリとその瞳を揺らした。
コツコツと靴音を鳴らして近づいてくるその人影へゆっくりと視線を移動させると、ミレーナは青ざめた顔で唇を震わせる。
「もちろんご存知ですよね? ミレーナ先生」
ひどく冷静に、感情の読み取れない微笑をその唇に乗せたダリアが、不審そうな瞳で様子を伺うノアを従えて立っていた。
「ーーダ、ダリア……っ……あ、の、こ、これは、ち、違うのよ、ほら、なんて言うか……っ……す、少し指導を……ね……っ!?」
「………………っ」
あわあわと明かに取り乱して弁解をするミレーナの一方で、解放された後も痛みの残る肌にそっと触れながら、ソフィアはそっとその場を離れる。
「ーー残念ですよ、ミレーナ先生。……いや、ミレーナさん」
「ダ、ダリア違うの!! 違うのよ!! あなたのためなの!!! こんな弱い子、足手纏いになるだけでしょう!? 弟が欲しいのはわかるけど、部隊に入れるべき優秀な人は他にいくらだっているじゃない!!」
「……………………」
必死に追い縋るミレーナを、ダリアはこれ以上ないほどに冷たい瞳で眺める。
自身の言葉が全く届いていないことを悟ったミレーナは、しばし言葉を失ってその喉をごくりと鳴らした。
「…………何でこの子なの……っ!!? あなたの部隊に入りたくて、入りたくて、血の滲むような努力をして、それでも入れなかった人なんて掃いて捨てるほどいるのよ!? それでも、部隊の人たちを見て皆んな自分を納得させてたの……っ!! それなのに……っっ!!」
「…………それほどまでに買ってもらえるのはありがたいが、だからと言ってそれとこれとは君には関係のないことだ」
「関係ないわけないでしょうっっ!!?」
感情を露わにして涙を溢しながら叫ぶミレーナに、ノアがビクリと肩を震わせて、これ以上ないほどにドン引いた顔でダリアの背後へと隠れる。
「ーーずっとあなただけが憧れで、あなただけが好きだったのに……っっ!!!」
「………………気持ちはありがたいが、自身の私欲に
「……………………っっっ!!!!」
ボロボロと大粒の涙を溢して唇を血が滲むほどに噛み締めたミレーナが、言葉にならない感情を飲み込んでソフィアをギッと睨みつける。
「あんたなんか……っっ!!!!」
醜悪に歪んだその顔で、ミレーナはソフィアへと手を伸ばす。
「ーーぜんぶあんたのせいで……っっ!? き、きゃああああぁぁぁあぁぁっっ!!!??」
「ーーなっ!?」
「えっ!?」
突如としてミレーナの左腕が火に包まれて、耳をつんざくような悲鳴が響き渡る。
パニックに陥って半狂乱に火を消そうともがくミレーナに、ソフィアはハッとして周囲を見回した。
「フィン!!! 待って!!! フィン!!!?」
少し離れた建物のそばで、血の気が引いて口を押さえる赤髪の女子生徒と、その顔を怒りに歪めたフィンの姿がそこにあったーー。
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