6.勧誘

「ーーと言うわけで、フィンくんには特別部隊の見習いに入って欲しいなと思ってるんだけど、どうかな?」


「遠慮します」


「わかってたけど即答傷つくぅ……っ」


 例の演習事件から数日後のある日。魔物討伐特別部隊団長としてのダリアの自室に呼ばれたフィンは、物々しく説明されたその理由を大して理解しようともせぬ内に、ノアに告げられた事柄を即座に断った。


 執務机についているダリアはふっと笑い、その脇に立っていたノアは、フィンのあまりの反応に口端を引き攣らせる。


「……こ、これでもうちに入りたい人って多いんだよ? 給料もいいし、まぁ多少危険はあるけど、変な部隊に所属するよりはダリアがいる分危なくないし……っ」


「興味ないっすね」


「これだからブイブイしてる若い子って扱いにくくていや……っ」


 るるーと哀愁を漂わせるノアを他所に、ダリアがゆっくりと口を開く。


「そう言うとは思っていたよ。だけどよく考えてみて。フィンくんが今うちに入ってくれるなら、俺ならお姉さんも一緒に引っ張れる」


 にこやかに穏やかに口にされたその言葉に、フィンはピクリとその表情を動かした。


「ーー説得の次は脅しですか?」


 ハッと鼻で笑うフィンには表情を変えず、ダリアは再び続ける。


「君たち新入生は入学1カ月ほどでその能力や適正、その他諸々を加味されて各部隊に振り分けられる。振り分けられた後は各部隊の団長副団長の指示の元、任務に出たり授業に出たりはそれぞれの部隊の采配に任される所が大きい。これはひとえに魔物の出現に対する人員が追いついていないことによるものが大きいが、同時に団長と副団長格を育てることにも重きが置かれているためだ」


 淀みなく話すダリアを、フィンは不機嫌そうに睨みつける。


「つまり、魔物討伐の実践も伴うこの部隊分けは、この学園に入学した新入生の生存確率に大きく関わる重要事項と言う訳だ」


「ーーそうは言っても、人気のお高いあなたの所は、それだけ危険な任務をこなす必要があるんじゃないんですか?」


 にっこりと笑顔を向けるダリアに、にっこりと笑顔で返すフィンに、ダリアはふっと口元を緩める。


「その通りではあるが、人気があると言うことは良い人材も多いと言う意味で、人員不足に喘ぐ他の部隊よりは遥かに余裕もあるし、新入生を無理に駆り出すなんてこともしない。それにこのまま指を咥えて見ていれば、フィンくんとお姉さんは別の部隊になるだろう」


 指先を組んでにっこりと笑顔を浮かべるダリアに、フィンが剣のある視線を向けた。


「ーー理由は簡単。フィンくんとお姉さんの実力差があり過ぎる上に、フィンくんはすでに目立ち過ぎている。時期外れの特待生の上に、俺たちに目をつけられている存在なんて、各部隊からは引くて数多だろう。けれど僕なら、現状キミたちを優先的に確保できる権限を持っている」


 その紅い瞳を物騒な色に変えてダリアを睨みつけるフィンに、ノアがソワソワと落ちつきなく2人を見比べた。


「ーーと、言う訳でどうかな? そこまで悪い話ではないと思うんだけど」


 にこりと人の良い笑顔を向けるダリアを、胡散臭そうに見下ろしたフィンは、しばしの後にニヤリとその口端を歪めた。


「ーーあんた、それで勝ったつもりかよ?」


「ーーえ?」


 フィンの言葉に明らかに目を丸くするノアと、顔色を変えずに薄い笑みを浮かべたままのダリア。


「俺を好きにしたいみたいだけど、あんたのその交渉は大前提が間違ってるんだよ。俺は、学園を含めてどうだっていいんだ。未練もしがみつく理由もこれっぽっちもない。俺だったらソフィアと一緒に引き抜いてやれる? だから何だよ。ソフィアが選ばれた所、もしくは入りたい所に俺が入るだけだ。引く手数多なんだろう? 俺を断るやつがいるのかよ?」


 ギラリとその紅い瞳を光らせて、ニヤリと笑うフィンに、うわぁ……とノアが顔を引き攣らせて後退る。


「……それを周りの団長たちが黙って見ていると思うのかい? んだ」


 表情を変えずにその蒼い眼光鋭く口を開くダリアに、フィンはハッと息を吐く。


ならそれでしょうがない。各団長から喉から手が出るほどに欲しがられているらしい俺と言う人材は、ソフィアと一緒にここを辞めるだけだ」


「えっ!!?」


 ギョッとするノアに対して、ダリアはその表情を崩さない。


「ソフィアが泣こうが喚こうが関係ない。俺はソフィアの側を離れない。そのためなら、この学園も、ソフィアの好意だって捨てる覚悟で、俺はソフィアの安全をとるだけだ」


 いっそのこと狂気すらも感じさせるその口ぶりと表情に、言葉を挟めないノアは一触触発の2人をあわあわと見比べた。


「ーーこれはこれは、とんでもないヤツが入って来たものだな」


 しばしの後に詰めていた息を吐き出したダリアは、やれやれと言うように苦笑する。


「で、どうするつもりだよーー」


 あいも変わらず不機嫌そうな顔でダリアを見下ろすフィンの言葉を遮る、控えめなノックの音に、3人は部屋の入口を見る。


「失礼いたします。この度はお声かけ下さりありがとうございました。先日のお話しの件で、若輩者ではありますがソフィア・レート。入団のお話をお受けしたくーー……って、フィン……?」


 どうぞと声を掛けたダリアの声に応じてその姿を見せたソフィアは、緊張の面持ちでそこまで口にすると、こちらを穴が開くほどに見つめているフィンに目を丸くした。


「ーー…………」


 何とも言えない顔で無言に佇むフィンに小首を傾げたソフィアは、そのグレーの瞳を瞬かせる。


「この間は怖い思いをさせて申し訳なかったね。話を受けてくれて嬉しいよ。どうぞこれからよろしくね」


 ニコニコと人の良い笑みを浮かべてソフィアの近くに歩き近づくダリアに、恐縮しきりであわあわとするソフィアの様を、フィンは眉間にシワを寄せて。ノアはそろりと伺うように横目で見る。


「ーーで、フィンくんはどうする? ……言っただろう? ってーー」


 何の話しですか? と「?」を飛ばすソフィアと、冷や汗を流しながら明後日を見遣るノア。


 明らかに怒り心頭、イラッとしている様を隠しもしないフィンを、ダリアはにっこりとした笑みで悠然と見下ろしたーー。

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