7.一枚上手

「こないだのダリア団長かっこよかったねぇ……っ!!」


「ほんと王子様みたいだったぁ……っ!!」


「氷の騎士、ダリア団長の特殊部隊に入れたらなぁ……」


「いやいや、あそこは流石に無理でしょぉ……っ」


「ーーなぁーにが王子様だよ、あの腹黒クソ陰険野郎が……っ!! ぜったいにあいつ碌なヤツじゃねぇぞ……っ!!!」


「フィン……っ!?」


 キャァキャァと未だに熱の収まらないクラスメイトの渦中の相手の名前に、フィンはギリギリと歯噛みする。


 フィンは教室の端でこれ以上ないほどの凶悪さにその整った顔を歪めると、先日の攻防を思い出していた。


「ーーそれで、フィンくんはどうするんだい? ソフィアさんは俺の部隊に入団と言う話しなのは、今聞いていた通りだけど」


「ーー……っ!!」


「あ、あわわわわ……っ」


 悠然とした余裕を見せるダリアが、この期に及んでフィンを更に煽ることにノアが狼狽える。


 ギリと歯を噛み締めてイラついたフィンが、今にもダリアに噛みつこうとしたその直後、ソフィアがキラキラと顔を輝かせてその間に割って入った。


「あれ、フィンも一緒なんだよね? ノアさんからそう伺ったから喜んでたんだけど……」


「…………っ!!」


「………………で、どうする?」


 キキキーっと急ブレーキをかけるかのような勢いで踏み止まるフィンに、ダリアがニヤリとして追い討ちをかけた。


「…………フィン?」


「………………………………入る……っ!!」


 様子のおかしいフィンをキョトンとして見遣るソフィアに、ギリギリと今にも暴れ出しそうな様子のフィンが、押し殺すように口にした。


「……………入る?」


 ギリギリギリギリと歯軋りをしそうな勢いのフィンを悠然と見下ろして、ダリアはニヤリと黒い笑みを浮かべると、その蒼い瞳をスッと細めた。


「俺は団長。キミはその団長の集団に入ろうとしている見習い候補生。ーーさて、入団の可否権が俺にあることをお忘れかな? フィンくん」


「んなっ!?」


 にっこりとした笑顔で圧をかけるダリアに、フィンがその言わんとしている意味を理解してその顔色を変えた。


「ち、ちょっと、ダリア……っ!! せっかくその気になってくれたんだし、もうそこら辺でよろしくないかい……っ!?」


 あわあわと狼狽するノアを無視して、ダリアは一歩も引く気配を見せずにぐぬぬと小刻みに震える生意気な少年を見下ろした。


「別にいいんだよ? ソフィアさんが入ってくれたし、指示に従わない部下を連れ歩くほど危険なことはないからね」


「この……っ……ペテン師が……っ!!!」


「ちょっ! フィンっ!? 団長さんになんて口きくの!?」


「……………………」


 ギリギリギリと睨みをきかせるフィンを歯牙にもかけず、はっはっはっと笑うダリアに、慌てるソフィア。


 そんな様をそれまでソワソワと見守っていたノアは、その関係性の終着点が見えて来たことで普段の冷静さを取り戻してきていた。


「フィン、礼儀は大事よ? これから2人でお世話になるんだし……っ」


「…………………っ…………っ…………っ!!」


 ね? と心配そうな顔でフィンを宥めるソフィアに、小刻みに震えたままのフィンは、その紅い瞳を閉じて大きく息を吐き出した。


「ーー入団許可を頂けますか? …………ダリア団長……っ……!!」


「ーー歓迎しよう、フィン・レートくん」


 ふっと勝ち誇ったように笑うダリアを、言葉とは裏腹な表情でギリっと睨み上げるフィン。そんなフィンを頑張ったねと抱きしめるソフィアと、頑張ったねぇとほろりとしながら頷くノアーー。


「ーーあの氷野郎、いつか絶っっっ対に燃やす……っっっ!!!」


「えっ!? 急にどうしたの、フィンっ!?」


 はらわたが煮え繰り返るような出来事を思い出して、教室の椅子で突如として目を吊り上げるフィンに驚くソフィア。


 皆が憧れるダリア団長に一目置かれてヘッドハンティングをされるほどのエリート特待生。


 その一方で問題児な癖にとことんと姉に弱く、どことないポンコツ感を漂わせるフィンの様子に慣れて来たクラスメイトは、その様を遠巻きにホワッと密かに見守る。


「ーーあ、あの、ソフィアさん……っ」


 そんな2人の傍に近寄る影に振り返るソフィアと、頬杖をついたままにむむっとその眉間に再び深いシワを刻むフィン。


 そんなフィンにびくりと震えながら、いつぞやの演習時にソフィアへと話しかけていたモブ男子生徒がヒエッと後退った。


「あ、あの時のーー」


 顔をパッと明るくさせるソフィアの一方で、まだ懲りねぇのかと凶悪に顔を歪ませるフィンに戸惑いながらも、モブ男子生徒は半ばヤケクソでその頭をソフィアへと下げた。


「こっ、この間はごめんっ!!! 俺が避けたから、怖い思いさせちゃって……っ!!」


 下げられた頭にしばしぽかんとその頭を見ていたソフィアとフィンは、次いで顔を見合わせる。


「そ、そんなっ!! あれはしょうがないことだった訳だし、魔物に襲い掛かられたら逃げるべきだよっ!! むしろ私がぼんやり突っ立ってて鈍臭かっただけだし……っ!!」


 わたわたと両手を振るソフィアの一方で、モブ男子生徒は未だ申し訳なさそうにその眉尻を下げた。


「ーーでも、弟くんにも怪我をさせてしまってーー……っ」


 頬杖をついたままの体勢から微動だにせず、人事のように2人の様子を見上げていたフィンは、チラリと視線を向けてくるモブ男子生徒にうん? とその顔を見遣る。


「ーーあの怪我は俺が無理矢理割り込んだから負っただけで、お前のせいなんかじゃねぇよ。あの魔物が届く前に団長サンはちゃんとやっつけてた」


 怪我だって大したことないし、ソフィアにすぐ治してもらったから問題もない。そんなことを気のない素振りで付け加えて、フィンはふすんと机に突っ伏した。


「ーー足蹴にして悪かったな」


 小さくボソリと溢されたその呟きに、ソフィアとモブ男子生徒はしばしその黒い頭を見守ると、顔を見合わせて笑い合う。


「ーー俺、ラックス・フィールド、17歳……っ」


「私はソフィア・レート、同い年です。弟はフィン・レート、15歳。この通りちょっと生意気ですけど素直ないい子なので、姉弟共々仲良くしてもらえると嬉しいです」


 にっこり笑うソフィアに、ラックスは少し照れたようにその赤みがかかったオレンジの短髪をかくと、少し垂れたブラウンの瞳とセクシーな黒子ほくろのある口元を緩ませた。


「こちらこそ、ソフィアちゃん、フィンくん」


「待て、ちゃん付けは許してない」


「「えっ!?」」


 ラックスの腕をガシリと掴んでその紅い瞳を半目にするフィンに、2人はギョッとして固まる。


「もう、フィンったらダメよ、めっ!!」


 なんて困り顔のソフィアに優しく諭される光景を皆が微笑ましく見守るクラスメイトの一方でーー。


「何あれ、ウッザ」


 どこからか聞こえた声に、フィンは眉をひそめて人山を振り返ったーー。

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