8.嫌がらせ

「うわぁおぉ……」


「何だこれ……っ!?」


 授業を終えて、靴箱のフタを開けて自らの外靴を抜き出したソフィアと、その手元を覗き込んだフィンはそれぞれに声をあげた。


「……だんだんとエスカレートしてるねぇ……」


「おいおい、ついにナイフの刃まで入ってるじゃねぇかよ……っ!!」


 自身の靴の中から注意深く鈍い光を見せる刃を取り出して、ソフィアはそれをしげしげと眺めやる。


 ダリアが事前に言っていた通り、入団の手続きを終えた後もソフィアとフィンの日常生活は大きく変わることは何もなかった。


 入団した部隊に早々に駆り出されて欠席をした挙句に怪我をしたり、場合によってはそのまま退学する者を見れば、現状任務に駆り出されるなどの特別なことが何もないことが恵まれていることがわかる。


 変わったことと言えば、学園内どこを歩いても【かの特別部隊に入団したらしい特待生とその姉】という好奇の目で見られることと、ソフィアへの嫌がらせ行為があるくらいだった。


「そろそろ燃やすか?」


 口端をピクピクとさせて半目になるフィンに苦笑して、ソフィアはふるふるとその頭を振った。


「気にしないで。大したことされてないし、私は大丈夫だから」


「い、いやいや何で持ち帰るんだよ……っ!?」


 にこりと笑って刃をハンカチに包んで持ち帰ろうとするソフィアに、フィンが思わず突っ込めば、ソフィアはそのグレーの瞳を丸くしてキョトンと小首を傾げる。


「え? だってそこら辺のゴミ箱にそのまま捨てたら危ないでしょう? 割れ物とかの危険物は『危険』って書いて包んで捨てないといけないのよ?」


「…………………………」


 ん? と微笑むソフィアの顔を、眉間にシワを寄せて半ば呆れたように見たフィンは、はぁとため息を吐いて項垂れた。


「あーー……、うん、まぁ、いいや。そういやソフィアってそう言うやつだったわ。うん、わかった、もういいや……」


「え? 私何か変なこと言った?」


「いや、もういい。大丈夫……」


 あれ? と少し焦りながらフィンのことを見るソフィアを盗み見て、唇を少しだけ尖らせたフィンはそっとソフィアの手を取る。


「ーーでも約束して。なんかあったり、辛くなったら絶対すぐに相談して。……ソフィアが言うなら、言いたいことは山ほどあっても勝手はしないし……。……この状況は、多分俺のせいでもある……と思うから……っ」


「フィン…………っ」


 入学早々悪目立ちし過ぎていることを気にして、シュンとその犬耳を垂らす幻覚が見えそうな勢いで意気消沈するフィンに、ソフィアは思わずとそのグレーの瞳を潤ませた。


「ホントにいい子なんだからぁっ!!!」


「………………っ……っ!」


 思わずガバリと靴箱前でフィンに抱きつくソフィアに、満更でもなさそうな顔でされるがままになるフィン。そんな2人を行きすがら、ああ、例の。と言う顔で眺め行く人々。


「何あれ、見せつけてるわけ?」


「まじうざいんだけど」


「天然いい子アピールおつー」


「いいですね、強くて可愛い弟くんに守ってもらえる上に、ダリア団長にまでおまけで拾ってもらえて」


「弟くんが慰めてくれるんだし、これくらいの嫌がらせどうってことないっしょ」


「つか姉弟のくせに気持ち悪いんですけど」


「…………………………………………」


「…………………………………………」


 その場にいた全員の時が止まったかと錯覚するほどの悪口の連発に、言葉の出所に視線が一斉に集中した。


 ふふんとなぜか得意げな面持ちでくすくすと嫌な雰囲気を纏う女子生徒が3人と男子生徒が2人。廊下の先で勝ち誇ったようにソフィアとフィンを眺め下ろしていた。


 突然の修羅場……っ!!!?? と思わず足を止めて固唾を飲んで立ち尽くす生徒たちは、その場の成り行きを気配を殺してひっそりと伺う。


 互いにしばし見つめ合う両者を息を殺して見守る周囲。そんな沈黙を打ち破ったのはーー。


「えーっと……」


「テメェらの性格がバチくそ悪い上に実力もねぇからモテないし選ばれない癖に人に嫉妬して嫌がらせするほど暇だから向上すらしねぇんだよこのクソバカどもがっっっ!!!!」


 ソフィアが言いかけた何かを見事にぶった斬るフィンの怒声に、その場にいた全員が目を丸くした。


 一切の息継ぎすらせずに目を吊り上げて、早口で大声に捲し立てたフィンに、その場にいた一同の目が点になる。


「んな……っ!?」


 リーダー格と思しきウェーブのかかった赤髪に赤い瞳の女子生徒は、予想外の角度からの反撃にたじろぐと、その白い肌を真っ赤に染め上げてワナワナと震え出す。


「ち、ま、待って、フィン!!?」


「まだ足りねぇかよ!? 1人で何にもできねぇ癖に徒党組んだ途端に強気になりやがって、だからモテねーんだよクソおんーーっっ!!!!」


「ストップストップストップっっ!!!!!!」


 今までに受けていた嫌がらせを、性格上無理に我慢していたフィンの止まらぬマシンガントークに、わあぁぁぁっ!! とこれ以上ないほどに慌てふためいて口を塞ぐソフィア。


 しかして時既に遅し。うーうーと未だ興奮冷めやらずに、ソフィアに口を塞がれたまま唸るフィン以外が無音の世界で、しばしの沈黙が再び降りる。


「……………………………………ぅっ……っ!!」


「……あぁ……っ!!!」


 その赤い瞳に見る見るうちに溜まる涙に、フィンを押し留めたままのソフィアは、ビクリと身体を震わせて顔色を変えた。


「うわあぁぁぁぁぁぁんっっ!!!」


「あぁっ!! ま、待って!! ちょっと待って!!!?」


 一目散に走り去る赤い軌跡を、呆気に取られて眺めている仲間集団とギャラリーを捨て置いて、慌てふためいたソフィアが咄嗟に走り出す。


「ちょ、あんなヤツほっとけよ!!!」


「い、いいから!! とりあえず大丈夫だから!!! フィンはちょっと待ってて!!!」


「ちょ、ソフィーー……っ」


 見事に置いて行かれたフィンは、その場で行き場を失った手を残して固まる。


 リーダー格を予想外の成り行きで失った仲間集団は顔を見合わせてひっそりと退散し、一部始終を見るに至ったギャラリーは時が経る毎に少しずつその人数を減らした。


 後に残されたフィンは、通り過ぎる人々に不思議そうな顔をされながら、1人ポツンとソフィアの幻影を見送ったーー。





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