5.掘り出しもの
「キャァっ!!?」
飛び出した犬型の魔物に接近された女生徒が頭を抱えて固まる中、ソフィアをはじめとした新入生たちはパニックになりながらも微動だにできない。
「ーー……っ…………ぇ……っ?」
動かない身体のままに、襲い掛かられる女生徒に危ない!! と目を見開いたソフィアの背後から流れ込んでくる、冷ややかな冷気がそのグレーの髪先を揺らした。
思わずと振り返ったソフィアの背後で、白い手袋を嵌めたダリアの横に広げた右腕が、ソフィアの肩越しに伸ばされる。
ソフィアの瞳に映らぬ何かは、ソフィアのすぐ横をすり抜けて真っ直ぐに走ると、犬型の魔物の悲鳴と共にその体を内から貫く氷の棘へと変化した。
「…………っ……ひっ!!」
はぁはぁと乱れた息を吐き出して、襲い掛かられた女生徒はどさりと地に落ちた魔物の傍に座り込む。
「ケガはないかーー?」
言ってソフィアの横を通って座り込む女生徒の元に向かうダリアの横顔を、ついついと眺めて見上げるソフィアたち新入生は、草葉の影から迫る気配に気づかない。
「うわっ!?」
次いで飛び出て来た犬型の魔物に慄いたモブ男子生徒は、自らの頭を抱えてガバリとしゃがみ込む。
「……ぁ……っ!?」
モブ男子生徒に狙いを定めていた犬型の魔物が、空中でその標的をソフィアへと移す。
「………………っっ!!」
目前まで迫ってくる魔物に微動だにできず、ソフィアはとっさに腕で頭を庇って縮こまった。
「………………っ……?」
しかして予想していた衝撃や痛みは訪れず、そっとその瞳を開いたソフィアは、目前に立ちはだかる見慣れた黒髪に目を見開く。
「フィン……っ!?」
見れば氷の棘を生やした魔物の口に自らの左腕を噛ませたフィンが、ソフィアと魔物の間に立ち塞がっていた。
「…………おいっ!」
思わずと顔をこわばらせたダリアが駆け寄ってくる。
「だ、大丈夫かい!?」
バタバタと新入生を引き連れて駆けてくるノアは、じわりと滲むフィンの左腕を見るなりとハッとしてその顔色を変えた。
「ちょっ、大丈ーーっ」
「…………半径3メートル以内…………」
「フィン……っ!?」
「………………?」
「え、は? ちょ、大丈夫!?」
半泣きであわあわとし出すソフィアと、険しい顔付きでその場を見守るダリアに、ひとまず焦りを浮かべるノアは、ボソリと呟かれたフィンの言葉にその顔を見た。
「ソフィアの半径3メートル以内に俺の無許可で入るってことは、燃やされる覚悟があるってことだよな……?」
俯き加減だったその紅い瞳を燃えるようにギラつかせて、フィンはいっそ笑顔さえも浮かべるとその顔を凶悪に歪める。
独り言のように呟くと、その黒い髪をぶわりと何かに煽られるように巻き上げて、フィンの左腕から巻き上がった炎はすでに絶命していた犬型の魔物を一瞬で消し炭と化した。
「フィン、腕見せてっ!」
呆然としてフィンを見守る周囲は、ソフィアの泣きそうな声でハッとして我に返る。
「……大したことないよ。……団長さんの魔法で、俺が割って入った時にはすでに死んでたから」
「でも血が……っ!!」
半泣きで、少し血が滲むフィンの腕のを確認するソフィアを見下ろして、フィンは満更でもない様子でその頬を染めた。
「治すから少しじっとしてて……っ!」
ソフィアが服を捲り上げたフィンの左腕に手を翳すと、そのグレーの髪が揺れてソフィアの手元が白い光に包まれる。
深くない傷とは言え、見る見るうちにその傷跡を癒すソフィアのその現象に、ノアは眼鏡の奥でそのブラウンの瞳を丸くして声を上げた。
「これは……治癒速度が速いな……っ!!」
感心したように呟くノアと、その様子を注意深く観察するダリアに気づいたフィンは、その眉間にシワを寄せてダリアをじろりと見やる。
「……どうかな、痛くない……?」
「ーーうん、全然だよ。ありがとう、ソフィア姉さん」
不安そうにフィンを見上げるソフィアを見下ろして、フィンはにこりと笑む。
「ーーあの、そ、それで、そろそろ、足をどけて欲しいなぁ……なんて……っ」
地面近くから聞こえてくる弱々しい声に、その場にいた一同の視線が引き寄せられる。
「あ、すみません。まさか女の子を守りもせずにそんな所にしゃがんでると思わなくて」
ソフィアと魔物の間にフィンが割り込んだ時から足蹴にされていたと思しきモブ男子生徒が、半泣きで自らを踏み下ろしているフィンをおずおずと見上げる。
にっこりと天使と見まごうようないい笑顔を浮かべて事もなげに口を開くフィンに、その場の空気がピシリと音を立てて固まった。
「フィ、フィン、早く退いてあげーー……っ」
「さっきの俺の話し、聞いてましたよね?」
口を開こうとしたソフィアを押し留めて、フィンがにこりと笑う。
「ーー次は燃やしますから」
「ちょちょちょ!! ほらっ! 彼は後衛だし!! 悪いのは守り損なった僕たちだから喧嘩しないで!!」
魔王が降臨したの如き笑顔の奥から、その紅い瞳を光らせるフィンに顔を近づけて凄まれて、ヒエエェェェと顔を引き攣らせるモブ男子生徒との間に分け入るノア。
そんな最中に慌てて分け入るソフィアと、戦々恐々とする新入生たちに、気まずそうに視線を逸らして息を吐くダリアの姿だけがあった。
さくりと草地を踏み締めて、ダリアが1人視線だけを左右に動かして周囲を眺めやる。
「ーーなるほど。……これなら、驚いた魔物が不測の動きをしてもおかしくはないか……」
ふむと自身の顎を右手の指先で撫でながら、ダリアはそのチャコールブラウンの癖っ毛を風に遊ばせて1人呟く。
予想外の負傷者が出たとあって演習はひとまず延期の運びとなり、ノアからの報告を聞いた上で、新入生たちをノアに任せたダリアは1人で前衛が訪れたはずの演習場所に足を踏み入れていた。
草地の先にある森の入り口。ーーだった場所。
魔力がやたら強い変な子どもが試験を受けたいと門の前で騒いでいるのを、口聞いてやったのはたまたまそこを通りがかったダリアとノアだった。
「これはとんでもない拾いものだったなーー……」
ボソリと薄い笑みを浮かべて呟いたダリアの目の前には、円状に燃え尽くされて炭と化した、森だった場所だけが広がっていたーー。
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