16.変化
洞窟と言っても、その壁が薄ぼんやりと発光しているために光源がなくとも問題がない不思議な場所。
そんな中で、零番隊の団員たちの強さはそれを見た者たちを圧倒していた。
個性的な面々が各自好き勝手に暴れ回っているというのがしっくりときて、互いどころか魔物と自分意外を一切とその視界にすらも入れない。
押し寄せる波のように襲いかかってくる水の属性をもつ魔物たちを、ある者は見るよりも長く伸びた双鎌で切り飛ばし、ある者は見た目の何倍もありそうな重剣で叩き潰し、強化魔法をかけたその拳で打ち破る。
中でもその異質さが際立っていたのはノワールで、単身武器も持たずに魔物の群れに飛び込んだ挙句、あちらこちらで次々と爆発を起こしていく。その手法も時間差を置いたりと色々で、その光景はノワールが何人もいると錯覚させるような動きだった。
「いいか、零番隊のテリトリーには決して入るな。テリトリーに入ったが最後、魔物と一緒に攻撃されても文句は言えない。必ず俺より後ろで、魔物を確実に狩っていくように!!」
ダリアの指示に従って、それでも多い魔物たちに対応する団員たちは、笑みを浮かべるほどにその瞳をギラつかせた零番隊に言葉を失う。
その身すらも厭わない狂気を感じさせるその姿は、言いようのない畏怖を見た者たちに抱かせていたーー。
「あの、差し支えなければ皆さまの治癒をしてもよろしいですか?」
少し緊張した面持ちで、ソフィアは見事に分断されたように他の面々と距離をとって、岩山に陣取っていた零番隊を見上げた。
洞窟に入ってしばらく進んだ先の開けた場所を一掃し、体勢を立て直してしばしの休息を取る手筈の中。チョコチョコと寄ってきたソフィアを見下ろす複数の視線。
「ーーおや、見た目同様優しいんだねぇ。ボクたちのことは放っておいていいってダリア団長に言われなかったかい?」
「……不要でしたら戻りますが、お怪我をされている方も見えるみたいなので……」
チラと視線を移動させるソフィアの視線を追いかけて、ノワールがその鋭い銀の瞳を移す。
双鎌を操っていた鋭い目つきの女性の左の二の腕がパクリと開き、止まらない血を止めるために布切れを使って自身で締め上げている所だった。
他に団員がいるはずであるのに女性には誰も声も掛けずに手を貸す素振りもないため、足や口まで使って1人で器用に、けれど雑な手当てを行っている。
「……自分のケツは自分で拭けって言ってあるんだよ。誰も手を貸さない。助けもしないし求めない。全て自己責任。死んでも生きても興味ない。他人に頼ることを覚えた奴から死んでいく。ボクたちはそういう集団なんだ」
長い黒髪の奥の、銀の瞳がスゥと細められる。その瞳を真っ向から見返して、ソフィアは少し眉間に皺を寄せて口を開く。
「なら、私が勝手に行うことは私の勝手として見過ごしてくださいますか」
「……………………うん?」
ノワールが目を丸くしてカクリとその首を傾げるのと同時に、零番隊の何人かがソフィアへと視線を向けた。
「人に頼ることが甘えに繋がって死を招くのなら、私が気になって勝手に治すならそちらに問題はないはずですよね。そちらが治して欲しいと私に頼る訳でもないですし、私がもし治さなかったことで更に深手を追ってしまう後悔を、私がしたくなくて勝手に治すんです。それに私は零番隊ではないですし」
「……………………………………」
何とも言えない顔で停止しているノワールに、少しムッとしたような表情でソフィアは口を開く。
「治す機会があるのに治さず、自分を窮地に追い込むなんておかしいです」
ふうと息を吐くと、ノワールがそれ以上何かを言う気配がないと判断したソフィアは、トコトコと皆の視線を受けたまま双鎌の女性へと近寄ってその前に座り込んだ。
「すぐ終わります。じっとしていてください」
「…………………えっと……」
ソフィアにたじろぎながらノワールをチラ見する双鎌の女性は、ノワールが特段何かを言う気配がないのを察知してか大人しくソフィアに従った。
「どうしても嫌なようなら言ってください。無理強いはしませんけど、どちらでもいいなら今すぐ治します。時間は頂きません」
「…………………………」
言うや否や順番に零番隊を回っていくソフィアをソワソワと落ち着かなく眺める隊員たちは、最後にノワールの前に立ち止まったソフィアに固唾を飲んだ。
「………………よろしいですか?」
「……………………」
大きい負傷はなくとも、多少の擦れ傷までは防げない。黒髪に銀の瞳でソフィアを見据えたノワールは、ふっと口元を弛めるとゆっくりとその銀の瞳を細める。
「なるほど、ダリア団長が気にしているだけはあるようだ」
笑顔であるはずのその銀の瞳の奥底がまったく笑っている気がしなくて、ソフィアはごくりと喉を鳴らす。その銀の瞳がつと遠くからこちらを伺っている複数の視線を眺めて、またソフィアへと戻った。
「せっかくの厚意だし、どうせ帰ったら治すけど、まぁたまにはお願いしようか」
にっこりと笑んだノワールに、ほっと詰めていた息を吐き出したのはソフィアだけではなかった。
「ちょっと、あんたの姉ちゃんどうなってるのよ!?」
「おい、いい加減離せよ!!」
零番隊と相対するソフィアを固唾を飲んで見守っていた面々は、テレジアの指示で大柄な男に羽交締めにされてバタバタと騒ぐフィンを振り返る。
「ダメよ、あんたは火のないところで火を燃やすタイプなんだから、ノワール団長の前なんか行って口を開いたら最後、大炎上よ!!」
「そう言うことを言ってんじゃねぇ!!!!」
キィっと目を吊り上げるフィンの一方で、ダリアとノアもふうと詰めていた息を吐き出した。
「ど、どうなるかと思ったけど、大丈夫そうで安心したぁ……っ」
「さすがフィンの姉だ。度胸が座っている……」
「どう言う意味だよ!!」
「そのまんまでしょうよ」
ボソボソと呟くダリアとノアに騒ぎ立てるフィンに、テレジアが呆れたように突っ込む。
「ったくわざわざ意固地になってるやつなんかほっとけばいいの……に……っ!?」
ギョッとしたように目を見開くフィンの視線の先。を追いかけるテレジアとノアは、ハッとするようにその瞳を見開く。
「……ダ、ダリア……っ」
「……ん? あぁ、なんだ」
「い、いや、何だってあなた……っっ」
背後からのドス黒い視線にヒイイィィィっと半泣きになりながら、ノアは自身の身体でフィンの視線を露骨に塞ぐ。
「おいっ!! だめって言っただろ!! よりによってこんな所でそんな顔をするな……っ!!」
バカバカバカっ!! と声をひそめて早く通常に戻れ! 団長の示しがつかないだろ!? なんて騒ぐ2人を見上げたまま、フィンとテレジアは互いに無言で顔を見合わせたーー。
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