【完結】問題児な特待生は義姉への恋を拗らせる。

刺身

1章 新入生編

1.噂の特待生

 じゃりと地面を踏み締めて、黒髪の奥の紅い瞳が穴が空いたように見開かれる。


「ーーお前、今ソフィアに何をしようとした……? ……何をした……? 返答によっては、消し炭にするぞ…………っっ!!」


 ごうと炎の気配をその成長途中の細い身体に纏わせて、フィンはその顔を凶悪に歪めたーー。






「はじめまして、私はソフィア。あなたのお姉ちゃんになるよ。私、あなたのお姉ちゃんになれて、弟ができてすごく嬉しいの!」


 グレーの髪にグレーの瞳。地味な顔立ちながらコロコロと明るく華やかなその笑顔が、ソフィアの魅力を何倍にもさせていた。


「大丈夫だよ、お姉ちゃんがぜったいに守ってあげるからね」


 屈託なく朗らかに笑ったソフィアは、実のところ事態をよくわかっていなかったんじゃないかと思う。


 けれどその先10年、ソフィアがその言葉を違えることはなく、ソフィアはずっと側にいてくれた。


「よろしくね、フィン」


 ぎゅうと抱きしめられたことが恥ずかしくて、照れ臭くて返事ができなかったーー。


 そんなほろ甘い思い出から始まるソフィアの側にいて、その関係を清いままにしておける人間がいるのなら、是非ともお目にかかりたいものだったーー。






「ねぇねぇ、新入生の特待生の話し聞いた?」


「え、何なになんの話し?」


「うっそ、あんたまだ知らないの? 特待生の男の子、もう学園中持ちきりだよ? 今年度の入学案内の発送も終わった後に無理矢理試験を受けさせろって受けに来て、入学した上に特待生にまでなっちゃったって」


「え、なにそれすご」


「しかも何がすごいって、その子がこれまたかっこいいんらしいんだけどーー」


「え、どこ行けば見られるの? 一年の教室?」


「慌てるな慌てるな、早まったら痛い目見るから」


「ーーえ、相手にされないって……?」


「それもあるんだけど、さっきの話し、ぜーんぶ今年一緒に入ったお姉さんの側にいるためだって……」


「ーーは? な、何それ……」


「だからぁ、姉弟愛がすごいらしいってーー」


 ヒソヒソと学園を駆け巡るそんな噂話しの張本人が、学園名物の注目エリート兼、前代未聞、歴代1位の問題児となるのに、そう時間は掛からなかったーー。






 魔法大国と言われるに相応しいルーン王国。そこにある最高峰の魔法学校ーーローレンス魔法学園は、入学と同時に世界各地に出現する魔物討伐部隊として活動することが求められる。


 危険が伴う任務などの一方で、増え続ける魔物への需要の高さから卒業後は高待遇、高給料が約束される。


 そのため、自らに魔法の素養を持つものはとりあえずその門を一度は叩くと言われているほどの名門学園。


 そんな学園に入学した今年度の新入生たちの中で一際異彩を放つ2人ーー姉であるソフィアと噂の特待生であるフィンは、入学式当日の直後から既に周りから浮いていた。


「ちょっとフィン!! どうしてフィンがここにいるの!?」


「え? 試験期間外に試験受けさせてもらったら是非入ってくださいって言われたから?」


「いやいやいや、そんなことある!?」


 新入生がクラス別に分けられた教室で、何かを察知したクラスメイトたちが何となく2人を遠巻きにして様子を見守る中、長机に隣同士で座る2人は声を潜めて話し合う。


 事もなげにへへっと紅い瞳で愛らしく笑う、まだ幼さの残る15歳の黒髪の少年に、ソフィアは最大限に潜めた声で詰め寄った。


「だって朝は普通に行ってらっしゃいって……っ!?」


「ソフィアをびっくりさせようと思って」


「そしたら何で特待生の代表挨拶なんてしてるの!?」


「特待生をやって下さいって頼まれたから?」


「待って待って待って!! 何でも要領よくできるすごい子だとはわかってたけど、まさかそんなことある!? だって魔法なんて今までほとんど見せてくれたこともないのに……っ!!」


 グレーの髪にグレーの瞳。あわあわとその表情を百面相のようにくるくると動かしながら、興奮冷めやらぬ様子のソフィアをフィンはニコニコとして眺める。


「だって言われなかったし」


「そう言うことは言われなくても言っとくものなの!!」


 もうっ! と頬を膨らませるソフィアに、フィンは頬杖をつきながらその紅い瞳を愛おしそうに細めた。


「ーーソフィアだって、俺に黙ってこの学校受けたじゃん。お金は俺が稼ぐから働かなくていいって言ってるのに……よりによってこんな血の気しかない男だらけの虫だらけの巣窟にーー……」


 ボソリと呟くと共に、何やら不穏なオーラを漂わせるフィンにギョッとするクラスメイトの一方で、ソフィアはその空気には全く気づかない。


「毎日美味しいご飯作ってお帰りって待っててくれたらそれでいいって言ったのに。ソフィアがいない家でご飯を食べるなんて寂しいよ」


 拗ねたように視線を落とすフィンに、ソフィアはハッとしてその顔を覗き込む。


「ご、ごめんね! でもそんな訳にはいかないでしょ!! 働かざる者食うべからずだし、貯金も多い方がいいんだから!! 私の方がフィンよりお姉ちゃんなんだし、お姉ちゃんが弟を守るのは当たり前じゃない!!」


 あわあわと今度は焦ったように様子を伺ってくるチョロくて素直なソフィアに、フィンは満更でもなさそうににやける口元を自らの手で隠す。


「……じゃぁ何で学園を受けること黙ってたの?」


 キュルンとあざとい上目遣いでフィンに見上げられ、ソフィアはうぐっとその眉根を寄せた。


「だ、だって、お、落ちたら恥ずかしいじゃない……っ!!」


「………………」


 んーー可愛いかよ? とそんなことを内心で考えながら、フィンは笑顔のまま、試験に落ちたソフィアを慰める機会を逸したことを少し残念に思う。


 まぁ受かって喜んでるソフィアのお祝いはできたから、それはそれでいいか。なんて1人で勝手に思い直し、思わず立ち上がっているソフィアをじっと見つめた。


 魔法学園の女生徒の制服は、胸元にリボンをあしらった白と黒を基調としたお嬢様っぽい上品な仕上がりではある。


 それでも、その首元や腰回り、膝上丈のスカートから惜しみ無く伸びるその白い足には、ソフィアの隠しきれない魅力(フィン当社比)がダダ漏れていた。


「……………………」


「………………フィ、フィン?」


 急に面白くなさそうな顔で黙り込んだフィンを、ソフィアが心配そうに覗き込む。


「…………はぁ、まぁ入っちゃったものはしょうがないからもういいや」


 不都合があればこんなところ直ぐに辞めればいいだけだし。


 なんて不穏なことを考えているフィンの心中などつゆ知らず、ソフィアはそんなフィンの言葉に無邪気に顔を明るくした。


「あ、でもびっくりが勝っちゃったけど、私も頼りになるフィンが一緒にいてくれたら心強いし、姉弟一緒に過ごせるのも嬉しいね」


 ふふと花が咲くように脳天気に笑うソフィアを見上げて、フィンは束の間、何事かに思いを巡らせるように笑顔のまま停止した。


 ふっと息を吐きだしてにっこりと天使のような笑みを浮かべる。


「同級生よろしく。ソフィア姉さん」


 ニコニコと無邪気に喜ぶソフィアの一方で、全方向へ敵意を剥き出しにして近づくなオーラを放つフィンに、クラスメイト(主に男子)が縮み上がったのは言うまでもなかったーー。





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