11.処分
「ーーお前、今ソフィアに何をしようとした……? ……何をした……? 返答によっては、消し炭にするぞ…………っっ!!」
真っ青な顔でガタガタとその場に座り込む赤髪の女子生徒の横で、フィンは穴が空いたように見開いた瞳で、前に突き出した右腕を握りしめた。
「ダリア団長……っっ!!」
「……まったく、本当にとんでもない見習いを抱えたものだな……っっ!!」
フィンの元へ走りながらダリアへと叫ぶソフィアの目配せを受けて、ダリアが緊張感を隠し得ない表情でパキパキとその魔力を素早く構築していく。
「フィン!! 落ち着いて!! 私は何もされてないから!!!!」
「ーーああいうやつは消しとくべきなんだよ……っっ!!!!」
「フィンにそんなことさせたくないって言ってるのっっ!!!!!」
必死な表情で、まだ幼さの残る小さな身体に抱きつくソフィアに、フィンがその真っ黒な瞳だけをスッと移動させた。
「お願いっ!! お願いだから!! そんなことしないで……!!! 私はフィンとずっと一緒に、笑って生きていたいんだよ……っっ!!」
「ーー……………………」
自身に必死に縋り付くソフィアを見下ろしたフィンのその黒い瞳から、邪気が抜けるようにわずかに灯る小さな光。
「ノア!!! ミレーナの周囲から一瞬だけ酸素を消せ!!」
「うわわわわわわわっっ!!?」
左腕の発火が徐々に燃え広がってもがき苦しむミレーナの一方で、その炎の勢いが翳りを見せる。
それを見逃さずに叫ぶダリアに、ノアはヒエェェェェっと目を回しながらも素早く魔法を構築した。
ノアの風にまつわる魔法によって瞬時に消失した炎の後、ダリアが構築した霧と見まごうほどに細かな氷の粒がミレーナの身体を包み込む。
「…………………………っ」
「ーー守ってくれてありがとう、フィン……っっ」
唇を噛み締めたままに棒立ちになっているその黒髪を、両腕でギュッと抱きしめて、ソフィアは赤髪の女子生徒へと一瞬視線を送ると踵を返す。
「できる限り治します……っ!!」
左腕から肩、首と顔の一部に火傷を負って、力なく横たわるミレーナの傍に座り込むと、雑に腕まくりをしたソフィアは緊張の面持ちでその両腕を身体の上にかざした。
「ノア、エリザを呼べ!!! 今すぐにだ!!!」
「わわわ、わかったよっ!!!」
鋭く指示を飛ばすダリアは、あわわわと慌てて走り去るノアから、呆然と立ち尽くしたままに見えるフィンへとその視線を移す。
「ーーこれは先が思いやられるな……っ」
はぁと息を吐いて、ダリアは次いでミレーナの治癒に取り掛かっているソフィアを振り返る。
「ーー…………っ…………ん……で…………っ」
「……喋る暇があったら少しでも魔力を捻り出してください……っ!! ……勘違いしないでくださいね、私はあなたのことを許してもいないし、フィンにこんなことをさせた過去を作りたくないだけですから……っ!!」
「ーー………………ほ……と…………‥…ムカつ…………く……っ……」
「おい!?」
「ーー大丈夫、生きてます……っ! 気を失っただけみたいですから……っ!!」
言うなりその瞳を力なく閉じるミレーナに顔色を変えたダリアへ、ソフィアは視線をミレーナに落としたままに口を開く。
ざわざわと周囲に遠巻きな人だかりが出来る。
そんな中、血相を変えた教員と、エリザという名の女性を肩に担いだ大柄の男性、他数人を引き連れたノアが息を切らせて戻ってきた。
後にも先にも例を見ないこの惨事は、伝説級の言い伝えとなってずっと語り継がれることとなるーー。
「ーーあのフィンと言う少年はいつもあぁなのか?」
学園の偉そうな人に問われたソフィアは、そんな事はないと否定したが、どこまで聞いてもらえているのかはわからなかった。
それでも結果として、ミレーナが火傷の傷跡を負ったとしても命に別状がなかったこと。
ダリアとノアによるミレーナの悪行に対しての説明と、過去にも似たような行いを繰り返していたことが発覚したこと。
またフィンに対するいくつかの擁護の声と、フィン自身のその能力値の高さにより、厳重注意と数日の謹慎処分。加えて学園内及び国内での、能力抑制処置を取られることで、事態は一応の収束となった。
「ーーごめんね、フィン。私があの人に不用意に近づいたから……っ」
2人が住まう小さな家で、ベッドに仰向けで寝転がるフィンを振り返ると、ソフィアは手にしたコップをコトリと置いて、すまなさそうに視線を揺らす。
フィンの首には、細くて黒いチョーカーのようなものがその白い肌に映えていた。
「ーー……別にソフィアは悪くないよ。あの女がどうなろうと本気でどうでも良かったし、消し炭にしてやろうと思ったのだって事実だ。……それにーー」
あの団長さんなら、もっとうまくやれてたんだろうと、フィンは心のなかで呟いて、それを打ち消すように眉間にシワを寄せた。
「ソフィアには悪いけど、俺はあの学園にもこの国にも、これっぽっちだって未練も心残りもない。なんなら明日滅んだって何の感情も湧かない」
「フィン……っ」
困ったような顔をするソフィアを、その紅い瞳で見上げて身体を起こしたフィンは、そっとその手を引き寄せる。
「俺はソフィアだけいればいいんだよ……?」
捕まえたその白い手を自身の頬にあてて、じっとソフィアを見上げるフィンに、ソフィアは少し戸惑いつつもその手をぎゅっと握り返した。
「ーー私はフィンのそばにいるよ。でも、私はフィンが優しくて優秀で素敵なことを、もっと皆んなに知って欲しい。……フィンはそんなこと望んでないかも知れないし、これは私の勝手なわがままだけど、フィンならぜったいに、大丈夫だと思うからーー」
「……………………それでも俺は、ソフィアしかいらなーー」
「はいはい、フィンくーん!! ソフィアちゃーん!! 僕だよ、ノアだよ!! 元気してるー!?」
何かを言いかけたフィンの声を打ち消して、自宅のドアがドンドンと騒がしく叩かれる。
「…………………………っっ!!」
明らかにイラっとした顔をするフィンに対して、えぇっ!? ノアさん!? と血相を変えて玄関へと走るソフィア。
するりと抜けてしまったソフィアの手の感触を追いかけて、フィンはその後ろ姿を無言で見送ったーー。
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