18.興味
「落ち着け!!」
「……っせぇ、ふざけんな!! 1発殴らせろ!!」
団員たちに羽交い締めにされて騒ぐフィンを、テレジアとノアが必死に抑え止める。
「ボクは水魚を倒しただけさ。お姉さんたちを巻き込んだのは謝るけれど、逃げ損なったのはそっちの落ち度だろぅ?」
「てめぇふざけてんのか!?」
血走った紅い瞳を見開いて噛み付かんばかりのフィンを、ノワールはふっと笑みを浮かべて見下ろす。
「大丈夫だ! ダリアが一緒にいる!! 絶対に大丈夫だから!!」
「フィン……っ!!」
今にもノワールを焼き殺しかねない形相のフィンに、真っ青になったノアがゴクリと喉を鳴らして口を開く。
「ーーノワール、この事態、簡単には済まさせないよ。君が君自身や君の部隊をどう扱おうと僕が口を出すことではないと黙っていた。だけど、こうなったらそうも言っていられない。ダリアが戻るまではボクが全体を取り仕切る。この責任を取って、僕の指示には必ず従ってもらうよ、ノワール……っ!!」
「……そうだね、多少は良心が痛んでるんだ。あんなか弱い女性を落としてしまったからね。君の指示に従うよ。部隊も好きに使えばいい。ほら、まだまだ残ってるみたいだしね」
ふっと悪びれなく笑うノワールの様子に、周囲はその異様さに言葉を失い、その指し示す先を見て血の気を失う。
ノワールがその多くを葬った、空間を埋めるほどにいた空を泳ぐ大きな水魚が、再び湧き出すように増えていた。
「……一度隊列を整理して、少数で助けに降りよう……っ!」
「ーー整理? そんな時間ねぇよ」
「フィン?」
いくらか落ち着いたように見えるフィンの声に、テレジアがその顔を覗き込む。
「もういい。俺だけいれば十分だ」
「い、いやいや、さすがにそれは危険だから! 万一フィンくんにまで何かあったらソフィアちゃんに顔向けできないし、フィンくんは炎の魔法で水の魔法には不利だってーー……っ」
「あちっ!!?」
フィンを羽交い締めにしていた団員が、驚いたようにその手を離す。
「フィン……?」
俯き加減にその紅い瞳を光らせるフィンをテレジアが引き止めるも、その気迫に圧倒されて伸ばした指先を触れさせることができない。
「仲良しごっこなんてもうウンザリだ。好き勝手するソイツのせいでソフィアがここにいないのに、俺がソフィアを助けにいけないなんてそんなのおかしいだろ……っ!!」
「い、いやだから、皆んなに通達するだけだから……っ!!」
「ソイツが好きにするなら俺も好きにする。文句があるヤツは今すぐここにソフィアを連れてこいよ! そしたら少しくらいは話を聞いてやる……っ!!」
「もう何でもいいから少し落ち着けよ……っ!!」
堪りかねたノアが叫ぶも、フィンには届かない。燃えるように
「……あとお前。もしソフィアに傷一つでもついてたら、死ぬほど後悔させてやるからな……っ!!」
「ーーへぇ、なら、お詫びにボクも付き合うよ。まだ暴れ足りないしね」
「ノワールっ!!!」
いい加減にしろと声を荒らげるノアを歯牙にもかけず、フィンは凶悪に笑う。
「勝手にしろよ。歓迎するぜ。不慮の事故で死んでも知らねぇけどなぁ……っ!!!」
底知れない圧を放ち続けるフィンの様子にゾッとした周囲は、思わずと喉を鳴らす。
言うなりその黒髪を揺らしたフィンは崖の端に佇むと、その崖下を見下ろして両手の指先に力を入れる。
バチィっと火花を散らしてその両腕が白く電流に包まれたことに、その場の全員が息を呑む。
「え、な、え、なんで電気……っ!?」
「え、炎は……っ!?」
予想外の現象にざわつく周囲にも構わずに、フィンはそっと口を開く。
「ーーノア副団長……勝手して悪い。こっちはあんまり慣れてなくて、本気で加減できなそうだから……ここで待ってて欲しい……っ」
「フィンくん……っ!?」
言うが否や水魚が溢れる崖下へ飛び降りたフィンの、その影を追って下を覗き込むノアの視線の先にその身体は映らない。
「まぁ、ではボクも行こうか。君たちはノア副団長の指示に従うように」
そう自身の部隊に言い終えたノワールも、呆けたままのノアの視線を受けながらその姿を崖下へと消す。
「…………ノ、ノア副団長……っ」
テレジアの声掛けにノアは何も返すことが出来ず、拳を握って顔を伏せたーー。
「濡れているし俺のものですまないが、これを……」
スッと差し出された団服の上着に、ソフィアは目を丸くする。
「えっ、いや、そんなっ、申し訳ないです……っ!!」
「…………その、着てもらえると、助かるんだが……」
「あぁっ!?」
濡れ鼠になっている2人であるも、ダリアが言わんとしていることを自らの身を見下ろして察したソフィアは、恐縮しながらもその上着を受け取って頭を下げた。
崖下に落ちながら水魚を撃退して、水の中に入った先で流されながらも多種の魔物を撃退し、ダリアの助けの元何とか浅瀬に辿りついて2人は息をつく。
「こんな所で危険に晒してすまなかった」
「いえ、私がどんくさくて……っ!! ダリア団長まで巻き込んでしまって……っ!!!」
アワアワと手を振るソフィアに苦笑すると、ダリアはポンとその頭を撫でる。
「安心して欲しい。命に変えても無事に帰すから」
「……………………はぃ……」
そんなダリアを見上げてソフィアは束の間黙ると、その蒼い瞳を見つめた。
「………………?」
変な沈黙に困惑するダリアに、ソフィアがそっと口を開く。
「……怒られちゃいそうなんですけど、私、ダリア団長と落ちて、今すごく安心してるんです」
「……うん……?」
と首を傾げるダリアに、ソフィアは続ける。
「ダリア団長には申し訳ないんですが、全然怖くもありません。もし私が1人で落ちていれば、私は既にここにはいなかったと思います。だから、私はもうすでにダリア団長に助けてもらってるんですよ」
「…………あ、……あぁ……?」
困惑が深まるダリアに少し焦りつつ、ソフィアは視線を揺らす。
「……うまく言えなくてすみません……っ、えっと、なので、ダリア団長を信頼しています。もしどうにもならなくても、ダリア団長がどうにもならないなら、もうそれまでだと思うんです。だから、私ですし、そんなに追い込むような、そんな、必死な顔をしなくても大丈夫ですよって……つ、伝わってますかね……?」
困ったように微笑むソフィアに、ダリアは呆けたようにその顔を見た。
「あ、でも私が弱いから、ダリア団長に負担をかけてしまってるのはわかってるんです!! 私にできることなら死ぬ気で頑張らせて頂きますので、遠慮なく仰って下さい!!!」
ふんすと気合いを入れるソフィアをしばし凝視した後、ダリアはハッと息を吐いて笑う。
「え」
そんなダリアに困惑するのは今度はソフィアの方で、思わずグレーの瞳を瞬かせてハッとしたように頭を下げた。
「す、すみません、やっぱりダリア団長ともあろう方に対して失礼でしたよね……っ!!」
アワアワと頭を下げるソフィアに、ダリアはその蒼い瞳を向ける。
「ーーそんなことはない。俺は皆が言うほどできたヤツではないから、そう言って貰えて少し肩の荷が降りた気がする」
そう言って地についていたソフィアの指先に、ダリアの指先が遠慮がちに触れたことで、ソフィアがそのグレーの瞳を上げた。
「落ちた君を1人にしてしまうことがなくて、本当に良かったーー」
少し顔を寄せて、その蒼い瞳を優し気に揺らしたダリアの言葉の意味を、ソフィアが考える間もなくけたたましい轟音が響き渡る。
驚いた2人が、ハッとしたように駆け寄ってくるフィンと、薄く笑んだノワールと合流するのは、そのすぐ後だったーー。
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