第5話 ひとりぼっちの学校

 次の日、わたしは放課後、いつものように図書室に行った。


「あら、天野さん、今日はなんだかご機嫌ね。何か良いことあったの?」

「え?」


 山崎先生に声をかけられ、わたしはドキリとする。


「いやあ、なんかニコニコしてたから」


 わたしは頬を触る。気付かないうちに、口角が上がっていたようだ。


「なになに? 先生にも教えてよ」


 山崎先生に言われて、わたしは少し照れながら言う。


「実は、友達ができたんです」

「ほんとに? よかったじゃない!」


 山崎先生はわたしの事情をよく知っているため、とても喜んでくれた。


「どんな子なの?」


 その質問をわたしは待ち構えていた。とにかく話したくて仕方がなかったのだ。


「この学校の子ではないんですけど、すごく可愛くて優しい子で。お菓子作りが上手で、その子と一緒にいると、とっても楽しいんです」

「いいわね。先生も会ってみたいわ」


 山崎先生にマリアを紹介したいし、マリアにも山崎先生を紹介したかったが、我慢する。ワンダーランドのことを言えば、きっと頭がどうかしちゃったんだと思われてしまう。あまりにも現実離れした出来事だから。

 お母さんにもまだ言っていない。言ったら多分、本の読みすぎだって馬鹿にされる。マリアはわたしの、秘密の友達なのだ。


「その子のこと、大事にするのよ。きっと、天野さんの支えになってくれるはずだから」


 先生の言葉に、わたしは大きく頷いた。


***


 友達ができたからって、わたしの学校生活が劇的に変わるわけではない。相変わらず学校ではひとりぼっちだ。

 体育の授業の時間。今日はバレーだ。担任の斎藤先生が、二人組を作ってパスの練習をするように指示を出す。クラスのみんなは次々と仲がいい子とペアを作っていく。わたしは誰にも声をかけられないまま、その場に立ち尽くす。

 クラスの人数は奇数だ。二人組を作れば、一人余ってしまう。

 その一人というのは、もちろんわたしだ。


「じゃあ天野さん、先生と一緒にやりましょう」


 斎藤先生は呆れたように言う。


「はい……」


 クスクスと笑う声が聞こえる。そちらの方向を見ると、高橋さんたちが冷ややかに笑っていた。


「ぼっちちゃん、また先生とだー」


 わたしは下を向く。大体こういう時、わたしは先生とやることになる。誰かが休みで、偶数になった時、必然的にわたしとペアになる人がいる。その人は必ず気まずそうにして、気付けば仲のいい人のところへ行って三人でやっている。わたしはただ一人取り残される。

 こんな時、マリアがいてくれたらいいのに。マリアなら笑わないで、一緒にやろうって言ってくれるはずだ。


「天野さん、いつも先生とね。友達を作ろうとは思わないの?」


 パスの練習をしながら、斎藤先生が尋ねる。わたしだって、友達が欲しい。だけど、もう今更なんだもん。新学期が始まってから、もう随分経っている。クラスではグループができてしまっていて、わたしの入る余地はない。


「先生とばかりじゃ、楽しくないでしょう? 休み時間も本ばっかり読んでないで、たまには外で遊んでくればいいのに」


 そんな簡単に言うけど、無理だよ。わたしを誘ってくれる人なんていない。

 何も答えられないまま、わたしは俯く。斎藤先生は困ったように笑う。


「ほら、いくよ」


 斎藤先生はバレーボールを投げる。わたしは受け取ろうとしたが、ボールはわたしの腕を弾いて変なところに飛んでいってしまう。上手くいかない。わたしの気分はさらに落ちていく。

 斎藤先生をどんどん困らせていく。

 もう嫌だ。ひとりぼっちなのも、運動ができないのも、高橋さんたちに笑われるのも。どうしようもない自分が、嫌で嫌で仕方がなかった。

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