第7話 ルカの家

 ワンダーランドの景観を堪能した後、マリアはとある場所で急降下していく。


「あそこがルカの家だよ。ルカのママとあたしのママが昔から仲良くてね。小さい頃から、ルカとルカのママがよくうちに遊びに来てたんだ」


 ルカくんとマリアは幼なじみだと聞いた。幼なじみっていいな。お互いのことを小さい頃から知っているっていう関係が羨ましい。友達とは違う、信頼みたいなものがあるのだろう。

 地面に降り立ち、マリアはルカくんの家の戸を叩く。わたしは地に足がついてもまだ、体が浮いている気分だった。

 ルカくんの家は、マリアの豪邸とはかけ離れていて、こじんまりとしていた。レンガの屋根が可愛らしい。こういう雰囲気の家もおしゃれで好きだ。

 しばらくすると、中から人が出てきた。


「なんだ、マリアか」


 黒髪の男の子。透き通った瞳に、色白の肌。背は高い。王子様のようで、それでいて子どもらしいヤンチャそうな雰囲気も漂わせている。なんだか、かっこいい。彼が噂のルカくんか。


「俺になんか用か?」

「あなたに用はないわ。ルカのママにチョコレートケーキを作ったから持ってきたの。今日誕生日でしょ?」


 ルカくんは目を細めた後、少しがっかりしたようなそぶりを見せた。


「入れよ。母さん、中にいるから……ん? 誰だ?」


 ルカくんはわたしに気付いて険しい顔をする。


「ヒカリだよ。ルカにも会ってもらいたいなーって思って」


 マリアが紹介してくれる。


「あ、あの、その、えーと……」

「ヒカリ、緊張しなくて大丈夫よ。ルカは悪いやつではないから!」


 うん、悪い人ではないことは分かってる。けど、どうしても怖気付いちゃう。緊張して、マリアの時みたいに普通には話せない。マリアからルカくんの話はたくさん聞いていたから勝手に仲良くなったつもりだったけど、やっぱり直接文字でやり取りしてないと無理なんだな、わたし。

 どうせまた、変なやつだって思われて、離れていっちゃうんだ。


「お前が噂のヒカリか。マリアのやつ、最近、ヒカリの話しかしないんだぜ」


 マリア、わたしのことルカくんにも話してくれてたんだ。どんなこと話したんだろう? 


「口を開けばヒカリばっかり。お前、愛されてるな」


 わたしはなんだか恥ずかしくなって頬に手を当てる。でも、嬉しい。


「わ、わたしも、マリアからルカくんの話、たくさん聞いた」


 なんとか会話を続けようと、言ってみる。

 だめだ、わたし、すごくオドオドしちゃってる。なんで人と話すだけなのに、こんなに緊張するんだろう?

 しかし、ルカくんはそんなわたしには気にもとめず、興味津々に聞いてくる。


「ほんとに? どんな話してたか? マリア、俺のことなんて言ってた?」

「えっと、手押し相撲をして川に落ちて二日間寝込んだ話とか……」

「まじで?」

「う、うん」


 そう答えると、ルカくんはマリアを睨んだ。


「マリア、俺の印象悪くするの、やめろよな」

「ごめんごめん。でも大丈夫、ちゃんとルカのモテモテエピソードも話しといたから!」

「……ならいいけど」

「そんなことより!」


 マリアはパンッと手を叩く。


「あたしはルカのママに用事があってきたの! 早く中に入れてちょうだい!」


 マリアはルカくんを押しのけ、家の中へと入っていく。

 どうしよう、わたしも入っていいのかな? でも、今日初めて会ったばかりだし、邪魔だって思われないかな?

 そんなことを考えていると、それを見かねたルカくんが声をかけてくれた。


「ヒカリ、なんで突っ立ったままなんだよ。早く入れよ」

「え、いいの?」

「当たり前だろ。女の子一人外に放り出すなんてこと、普通しないだろ」


 わたしはホッとした。

 ルカくんが学校一のモテ男だということが、なんとなく分かった気がする。


***


「ルカのママ! お誕生日おめでとう!」


 その声と同時に、クラッカーの音が鳴り響く。

 大きなテーブルの周りに、マリア、ルカくん、ルカくんのお母さんとお父さん、そしてわたしが座る。

 え、わたし、場違いじゃない? 初対面のわたしが、人様の家の誕生日パーティに参加してもいいの?

 少し家の中に入れてもらうだけつもりが、ヒカリも一緒にお祝いしよう、なんてマリアが言い出して。ルカくんのお母さんたちも、歓迎してくれているようだけど、本当は邪魔だと思っているんじゃないかな、と心配になる。

 でも、うじうじ考えてたって仕方がない。そんなこと考えるほうが、逆に失礼だ。わたしもたくさんお祝いしなくちゃ!


「お、おめでとうございます、ルカくんのお母さん」


 わたしは勇気を出してそう言った。


「ありがとう。ヒカリちゃん、だったわよね? マリアちゃんとルカのお友達なのよね。会えてとっても嬉しいわ」


 ルカくんのお母さんは、目を細めて優しく声をかけてくれた。ああ、すっごくいい人だ。


「今年はケーキは無しかと思っていたわ。マリアちゃんのママから、お仕事で帰れないって手紙が来てたから。毎年マリアちゃんのママが作ってくれるケーキを楽しみにしてたから、残念だなと思っていたら、まさかマリアちゃんがケーキを作って持ってきてくれるなんて。ありがとね、マリアちゃん」


 ルカくんのお母さんは嬉しそうにお礼を言った。それに対して、マリアは照れたように答える。


「えへへー、だって、お誕生日にケーキがないって、なんだか寂しいじゃない? それにあたし、最近お菓子作りの腕がどんどん上がってるから、色んな人に食べて欲しいのよ!」


 マリアのお母さんはとてもお菓子作りが上手で、毎年ルカくんのお母さんに誕生日ケーキを作っているらしい。しかし、今年は仕事の都合で作れないため、マリアが代わりに作ったのだと。すごいな、わたしと同い年なのに、こんなに立派なケーキが作れるなんて。


「なあ、早く食べようよ」


 ルカくんのお父さんが待ちきれないという風にソワソワしながら言う。

 

「父さん、やめろよ。子どもっぽい……」


 ルカくんは恥ずかしそうにお父さんを注意する。


「そうね、早く食べましょうか!」


 ルカくんのお母さんはチョコレートケーキを切り分け、お皿に乗せていく。美味しそうだな。わたしまでもらっちゃって、申し訳ない。けど、ケーキってすごくテンションが上がる。


「じゃあ、改めて!」


 マリアの掛け声とともに、みんなは声を合わせて言う。


「お誕生日おめでとう!」

 

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