第10話 恐怖のつり橋

 わたしたちは町を抜け、大きな森の中に入っていく。この森の奥深くに、『神秘の湖』があるそうだ。

 鳥のさえずり。川のせせらぎ。わたしは大きく深呼吸をした。空気がきれいで美味しいな。

 わたしの家の周りには、こんなに大きな森はないから、新鮮だな。

 

「あ! 見て! キノコが生えてるよ!」


 わたしは木の根元を指さす。そこには白い斑点模様がついた赤いキノコがあった。


「ほんとだ! かわいい!」

「おい、それどう見ても毒キノコだろ!」


 そんな調子で木々の間を歩いていくと、少し開けた場所に出た。


「げ、マジかよ……」


 ルカくんは低い声を漏らした。

 目線の先には、長いつり橋があった。これを渡らないと、先には進めない。


「これが『恐怖のつり橋』か……」


 つり橋はずいぶん高いところにあるようで、下をのぞいてみると、そこには大きな流れの速い川があった。

 名前の通り、これは確かに怖い。


「これくらい余裕だわ! ヒカリ、行ける?」

「も、もちろん!」


 わたしは返事をする。足がちょっと震えてるけど、冒険に必要なものは勇気だ。こんなところで引き返すなんてことはしない!


「お、お前ら、本気で行くつもりか? 戻るなら今のうちだ。まだ間に合うぜ?」


 ルカくんの様子が何だかおかしい。


「ほんとにいいのか? 落ちたらひとたまりもないぞ? 死ぬぞ?」


 必死でわたしたちを引き留めようとしている。

 すると、マリアはポンッと手を叩いた。


「あ、そっか、ルカは高いところが怖いのか!」

「は? べ、別にそんなんじゃ……」

「怖いならいいよ。ルカはここでお留守番してて。あたしとヒカリの二人でユニコーンを見てくるから」


 マリアはからかうように言って、わたしのうでにギュッとしがみついた。

 ルカくんは頭を抱えて葛藤している。ルカくんは高いところが苦手なんだ。なんでもできて、かっこよくて、女の子にモテモテなルカくんにも、苦手なものがあると分かり、親近感が湧いた。

 やがて、覚悟を決めたのか、ルカくんは言った。


「わかった、俺も行くよ」

「よーし!」


 マリア、わたし、ルカくんの順番でつり橋を渡り始める。

 つり橋は木の板とロープで作られている。古いのか、こけは生え、木の板もところどころ腐っているところがあり、ロープも数カ所切れそうになっている。歩く度にきしむ音がして、風でゆらゆらゆれる。


「これ、絶対修理した方がいいだろ……管理人誰だよ……」


 後ろでルカくんが文句を言っているのが聞こえる。


「マリアにかっこいいところ見せるチャンスだよ」


 わたしは振り返って、小声でルカくんに言った。


「うるせえ、前見ろ、前を」


 その瞬間、バリッという嫌な音がした。その音とともに、マリアの悲鳴が聞こえた。


「きゃー!」

「マリア!?」


 つり橋が激しく揺れる。わたしは慌ててロープにしがみつく。

 マリアの足下を見ると、腐ってもろくなった橋板を彼女の右足が踏み抜いていた。


「あーもう、心臓が止まるかと思ったわ」


 そう言いつつも、マリアは少しも怖がる素振りは見せず、呑気に右足を橋板から引っこ抜いた。こっちの方が心臓止まりそうだったよ。


「まじでやめろよ……」


 ルカくんはヘニャヘニャとその場に座り込む。


「なんであたしじゃなくてルカが腰抜かしてるのよ」

「腰抜かすだろ! もう少し穴が大きかったら、あの激流に真っ逆さまだったぞ!」


 マリアは肩をすくめた。


「ルカが先頭じゃなくてよかったわね」

「まったくだ!」

 

 そう言ってそっぽを向くルカくん。マリアはヤレヤレというように首を振った。

 その後マリアは、穴の空いた橋板をのぞきこんだ。わたしも近くに行って、一緒にのぞく。穴の向こうには、岩にあたって白いしぶきをあげながら流れていく川が見えた。ちょっとクラッとした。


「これくらいならあたしでも直せるわ」


 マリアはどうやら穴の向こうではなく、穴の空いた橋板の方を見ていたようだ。彼女はポケットから魔法の杖を取り出した。緑色の宝石がキラリと輝く。


「さあ、元に戻りなさい」


 マリアが杖を振ると、穴の空いた足場がみるみる塞がっていく。


「……すごい! どんなものでも直せるの?」

「うーん、どんなものもは無理だけど、これくらいの小さい穴とか、傷とかだったら元通りにできるよ。あんまり大きいのは無理だけど」


 うわー、魔法ってすごい! わたしは目をキラキラと輝かせた。そんなわたしの様子を見て、マリアは得意そうに笑う。


「どうせなら、このつり橋ごと直してくれたら良かったのに。そしたら『普通のつり橋』とかに改名されるんじゃね?」


 いい気になっていたマリアは、ルカくんの小言を聞いてほっぺを膨らませる。


「何よ。魔法だって体力使うんだから。それにしても『普通のつり橋』って安直すぎてダサいわね。あたしだったら、『愉快なつり橋』にするわ」

「愉快な要素どこにもないだろ。高いし、下は川だし」


 微妙なネーミングセンスに、わたしは思わず吹き出した。二人は驚いたようにわたしを見る。


「ええ!? ヒカリが爆笑してるよ?」

「どうしたんだよ! 頭打ったか?」


 ああ、楽しいな。『恐怖のつり橋』なのに、今は全く恐怖なんかない。



 そうしてわたしたちは気を取り直して進んでいき、ようやくつり橋を渡り終えた。

 マリアは終始余裕そうで、ルカくんは気を紛らわすためか、ずっと一人でブツブツ何かを言っていた。

 わたしは最初はちょっと怖かったけど、だんだん慣れて、楽しくなってきた。


「やったね! 第一関門突破よ!」

「やったー!」


 わたしはマリアとハイタッチをした。いい音が鳴る。


「あー、疲れた。帰りたい」


 ルカくんは地べたに寝っ転がっている。


「地面よ、お前のありがたみ、よく分かったよ。一生俺のそばにいてくれ」


 こんな不格好な姿、学校の女の子の前じゃ絶対見せないんだろうなと思うと、ちょっとおかしかった。でも、それってマリアだけではなくわたしにも気を許してくれてるってことかな? なんだか嬉しいな。


「ルカくん、行き通ったってことは、帰りも通らなきゃだよ?」


 わたしがそう言うと、ルカくんの動きがピタリと止まった。


「あはは! ルカ、どんまい!」


 マリアは嬉しそうに笑っていた。

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