第二章

第9話 いざ冒険へ

「ヒカリ、ルカ、準備はいいかしら?」


 マリアのかけ声に、わたしたちは返事をする。


「うん!」

「おっけーだ」


 動きやすい服装に、お気に入りのパステルカラーの帽子をかぶり、かばんにはたくさんのお菓子を詰め込んできた。

 今日のマリアは、長い金髪をポニーテールにしている。かわいいな。わたしもこんなふわふわの髪になりたい。

 

 今日は、ユニコーンに会いに行くんだ。『神秘の湖』という、森の奥深くのきれいな湖のそばにいるんだって。楽しみすぎて、昨日はなかなか眠れなかった。

 ユニコーンとは、額に一本の角が生えた白い馬のような動物だ。わたしの世界では、マリアの家でお世話していたというペガサスと同様、伝説の生き物とされている。ワンダーランドには、その伝説の生き物が存在しているらしい。


「とっても楽しみだわ。ついに本物のユニコーンが見られるなんて! ねえ、ルカ」

「まあな」


 マリアとルカくんも、本物のユニコーンを見たことはないそうだ。

 マリアはわたしの方を向いて尋ねる。


「今日は何時までに帰ればいい?」

「六時までには帰ろうかな」


 わたしは答えた。


 ルカくんのお母さんの誕生日の日、わたしはドキドキしながら家に帰った。家に着いた時には、時計は夜の八時を過ぎていた。いつもならとっくに晩ご飯の時間だ。

 しかし、その日は運良くお母さんが仕事の日で、仕事終わりに職場の人とご飯に行くことになったらしく、まだ帰ってきていなかった。お父さんはいつももっと遅いから、心配はいらない。

 お母さんから何件も着信が入っていたのはビビったけれど、寝ちゃってて気がつかなかったと適当に言い訳をして、難を逃れた。とりあえず、ホッとした。

 それからわたしは、ワンダーランドからは日が暮れるまでには戻ってこようと決めた。心配はかけたくないし、バレて色々問い詰められるのも嫌だから。


 今日は日曜日。お父さんもお母さんも朝から家にいる。わたしは友達と遊んでくると言って、家を出てきた。部屋からワンダーランドに行ったら、わたしがいない時に部屋を開けられて、バレてしまう可能性がある。でも、外に遊びに行っていれば、その心配をする必要はない。

 別に、うそはついていない。友達と遊ぶというのは本当だ。でも、少しだけ罪悪感があった。

 お母さんは、わたしは学校の友達と遊びに行っていると思っている。だってわたしは、お母さんに友達がいないことを言っていないから。お母さんに学校のことを聞かれても、いつも適当に話を作って誤魔化している。

 わたしは魔法の本を持って近くの公園に行き、しげみの裏に隠れた。ここなら誰にも見つからない。わたしは本を開いて手をかざし、ワンダーランドに行きたいと願った。


 そして、今に至る。


「ユニコーンがいる『神秘の湖』に行くには、『恐怖のつり橋』、『魔の洞窟』、『いばらの迷宮』を通らなければならない。ほら、見てみろ」


 ルカくんは地図を開き、わたしたちに見せてくれた。そこには、ユニコーンのいる『神秘の湖』までの道のりが書かれていた。『恐怖のつり橋』に、『魔の洞窟』、『いばらの迷宮』なんて、全部怖そうな名前。きっと、危険がいっぱい待っているんだ。


「ほんとうは、この辺りは危険だから子どもだけで行ったらダメだって言われてるんだけど……まあ、良いよね! あたしたちは悪い子だから!」


 と、マリアは言う。

 ちょっぴり不安。だけど、それ以上にワクワクした。大人の言いつけを破って、子どもだけで危険なところに行くなんて。ああ、悪い子だ! でも、みんな一緒なら何にも怖くない。親に内緒でワンダーランドに来ている時点で、わたしはもう悪い子だ! 

 

「悪い子! みんな悪い子だ!」


 わたしはニコニコしながら言った。


「お前ら、どうなっても知らないぞ」


 わたしたちのやりとりを見て、呆れたようにルカくんはため息をつく。


「危なくなったら途中で帰ればいいし、いざという時は、あたしの魔法があるから大丈夫よ!」

 

 そうだよ。マリアがついていれば、きっと大抵のことはなんとかなるはず。


「学校にユニコーンを見たことがある人は、多分いないわ。だってわざわざ危険を犯して『神秘の湖』に行くような人たちはいないもの。あたしたちが初めてよ! たくさん自慢できちゃうわ。そしたらルカは、もっと女の子にモテモテね」


 マリアはからかう。


「俺は十分モテてるからいいよ。てか、これ以上モテたら逆に困る」


 ルカくんは答えた。モテ男はやっぱり違うな。自信に満ちている。


「うわー、なんか嫌味っぽいー」


 マリアはあからさまにしかめっ面をした。


「ていうか、なんでそんなにモテるのに、誰とも付き合わないの? 告白、全部断ってるんでしょ?」

「それはお前には関係ない話だろ」

「えー、つまんないの。教えてよー」

「別に俺はモテるからといって、だれそれ構わず付き合うわけじゃねえの。その、俺にだって、す、好きな人くらい、いるんだから……」


 ルカくんは照れて頬を赤く染める。


「そんなの初耳なんだけど! だれだれ? 同じクラスの子?」


 興味津々にマリアは尋ねる。


「そ、それは言うわけねえだろ」

「えー、いいじゃん! 幼なじみでしょー? ね?」


 マリアはルカくんにすり寄っていく。


「や、やめろ! 近づいてくんな!」


 ルカくんはさらに顔を赤くして、マリアを押し返す。

 わたしはそんな二人の様子を見て、微笑ましく思った。

 わたし、分かっちゃった! ルカくんは、マリアのことが好きなんだ! 最初会った時から、何となくそんな気はしていた。マリアの方は、ルカくんの好意には全く気付いておらず、ただの幼なじみとしか思っていないようだけど。

 わたしはルカくんのうでをツンツンとつついた。


「なんだよ、ヒカリ」


 ルカくんは赤い顔のままこちらを見る。

 わたしは小さくガッツポーズを作って、小声で言う。


「ルカくん、頑張って」

「は? 何をだよ。てか、何でそんなニヤニヤしてんだ? 気持ち悪い」


 マリアとルカくん、すっごくお似合いだと思う。二人とも、とってもいい人で、大好きな友達だから、二人がくっついてくれたらわたしも嬉しい。


「俺の話はいいから、早く行こうぜ」


 ルカくんは今の話題を終わらせたくて仕方がないようだ。


「そうね。早く行かないと、時間がなくなっちゃうわ」


 夜までには帰ってこなくちゃだから、急がないと。

 どんなことが待っているんだろう? 本の中にしかないと思っていた世界が、目の前に広がっている。夢みたい。だけど、夢じゃない。いつか本で読んだ見習い魔女みたいな冒険ができるんだ!

 わたしは真っ青な快晴に、目を輝かせた。いい天気だ。晴れてよかった


「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 

 マリアのかけ声とともに、わたしたち三人は歩き始めた。

 

 


 




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