第12話 いばらの迷宮
「ちょっと休憩をしましょうか」
わたしたちは近くの草むらに座り込んだ。全速力で走ったため、みんな疲れている。
腕時計を確認すると、もうとっくにお昼を過ぎていた。お腹も空いたことだし、ちょうどいい。
「じゃじゃーん! サンドウィッチ作ってきたんだー! みんな食べて食べて!」
マリアはかばんの中からお弁当箱を取り出す。
「やったー!」
マリアの料理が食べられる!
マリアはお弁当箱のフタを開ける。そこには、たまごやトマト、レタスにハムにチーズ、色とりどりの具材をはさんだサンドウィッチが、ぎゅうぎゅうにしきつめられていた。
「うわー!」
お菓子作りの上手なマリアの料理は、さぞかし美味しいことだろう。
わたしたちはサンドウィッチを手にし、かぶりつく。
「美味しいよ、マリア!」
やっぱり上手だな。わたしも料理やってみようかな。料理なんて、家庭科の授業でしかやったことがないから、よく分からない。たまにお母さんのお手伝いはするけど、簡単な盛り付けとか、お鍋をかき混ぜることとかしかやらせてもらったことはない。わたしも作りたいって言ったら、マリア、教えてくれるかな?
「ありがとう! 早起きして作ったかいがあったわ」
マリアは嬉しそうに微笑んだ。
「美味いな。この前の母さんの誕生日のチョコレートケーキといい、どんどん腕が上がってるな」
サンドウィッチを頬張りながらルカくんが褒める。
「でしょ? これであたしも、素敵なお嫁さんになれるはずよ」
マリアの言葉に、ルカくんが固まる。ピリついた空気が一瞬流れた。
「……あ、相手は誰だよ」
「えー、そりゃあ……」
ルカくんのつばを飲み込む音が聞こえた。
「白馬に乗った王子様よ! あたしのことを迎えに来てくれるんだから!」
マリアはうっとりとした表情で、手を胸の前で握る。
呆れつつも少し安心したような顔をして、ルカくんはいつもの調子に戻る。
「ふん、お前も乙女みたいなこと言うんだな」
「なによ、ダメなの?」
「別に」
マリアはムッとして、わたしの方を向きグッと顔を近づけてくる。
「ヒカリだって、王子様に憧れたことあるでしょ?」
「う、うん、あるよ」
そりゃあ、今までたくさんの本を読んできたから、その中には、お姫様を悪い奴らから救い出すかっこいい王子様が出てくる物語はたくさんあった。もちろん、そんな王子様にわたしも憧れている。女の子は誰でも、一度は夢見たことがあるんじゃないかな?
「でしょ? そして王子様と一緒に、お城の舞踏会へ行くのよ。ドレスはピンクのフリフリがたくさんついた豪華なのがいいわ」
「わたしは黄色の大きなリボンがついたドレスがいいかな……」
「それも素敵!」
わたしたちはすっかり女子トークに花を咲かせた。
理想の王子様はどんな人? どんなシチュエーションで助けられたい? お城の舞踏会はどんな感じなんだろう。禁断の恋もいいよね。
話題は尽きなかった。わたしはずっと頭の中だけで空想していたけれど、友達がいればこういうことも話せる。それが楽しくて仕方がない。
「……おい、いつまでそんな妄想トークしてんだ。現実を見ろ、現実を」
蚊帳の外だったルカくんが、面白くなさそうに言った。妄想トークなんて、失礼ね。
「そろそろ進もうぜ」
「それもそうね。行きましょうか」
全部食べてしまい空になったお弁当箱を片付け、わたしたちは出発した。
しばらく歩くと、辺りが霧に包まれ始めた。だんだん視界が悪くなっていく。
地図によれば、もうすぐ『いばらの迷宮』が見えてくるはずだ。
「ねえ、あれ見て」
霧の向こうに、うっすらと緑色の何かが見えた。近づくと、それは棘の生えた植物同士が絡み合ってアーチ状になっており、その間を通れるようになっていた。
不気味だな。霧のせいで遠くまで見えないし、棘も痛そうだ。『いばらの迷宮』っていうからには、きっと迷路になっているんだろうな。
「とにかく先を急ぎましょ」
わたしたちは『いばらの迷宮』へと入っていった。棘に当たらないよう十分に注意しながら進む。
すると、三つの分かれ道が見えて来た。
「どれだと思う?」
考えたが全く検討がつかない。とにかく勘で進むしかないようだ。
まずは左から行くことにした。ドキドキしながら歩いていったが、すぐに行き止まりだった。
元の場所へ戻り、今度は真ん中の道へ行ってみる。歩いていくと、次は二つの道に分かれていた。
「右かな?」
直感で進んでいく。しかし、またもや行き止まり。さっきの場所に戻り、今度は左へ行ってみる。残念ながら、そちらも行き止まりだった。
そんなこんなで、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしているうちに、わたしたちはどこを歩いているのかが分からなくなった。もう入口もどこだったか忘れてしまった。
このまま一生、この『いばらの迷宮』から出られなくなったらどうしよう。そんな不安がおそう。
ここでさまよい続けて、お腹がすいて、いずれは野垂れ死ぬんだ。
そんなことを考えていると、マリアがしびれを切らしたように言った。
「あーもうなんなの! 全然進まないじゃない。この調子だったら日が暮れちゃうわ!」
彼女は杖を取り出す。いったい何をする気?
「さあ、燃えなさい!」
杖の先に、炎が出現する。
マリアのやろうとしていることが分かったのか、ルカくんは止めようとする。
「マリア、それはあまりにも強引すぎだろ!」
「強行突破よ! 迷路なんて知らないわ!」
マリアはかまわず、炎をいばらに近づけた。
「ほら! 燃やされたくなかったら、さっさと道を開けなさい!」
すると、複雑に絡み合ったいばらたちは、マリアの言葉が分かったかのように、ゆっくりと動き始めた。
わたしはまず、いばらがひとりでに動き出したことにおどろいた。しかし、そういえばここは魔法と冒険に満ちたワンダーランドだったなと思い出す。
続いて、そのいばらが炎を避けていくことにおどろいた。このいばらたちは、どうやら炎が弱点のようだ。
「マリア、すごい!」
「でしょ?」
彼女は得意げに腰に手を当てた。
「さあ、進みましょ」
炎が嫌いないばらたちは、マリアの炎を避けるため、必然的に目の前に道ができていく。もはやもう迷路ではない。マリアのおどしが効いている。
強引で大胆だけど、さすがマリアだ!
いばらが避けてできた道を、わたしたちは歩いていった。
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