第13話 神秘の湖

 無事に『いばらの迷宮』を抜け、振り返ると、炎を避けていたいばらたちは元の位置へと戻っていき、再び迷宮となった。


 さっきまで辺りを包み込んでいた霧が晴れると、そこには大きな湖が広がっていた。青々とした木々に囲まれ、太陽の光が反射して、キラキラ輝いている。一切濁りがなく、透き通っていて、とてもきれいだった。周りには色とりどりの花が咲き、生命力が溢れている。

 ようやくたどり着いた。ここが『神秘の湖』だ。


「ねえ見て! ユニコーンよ!」


 マリアが叫ぶ。

 先の方に、角の生えた白い馬が、湖の水を飲んでいる姿を見つけた。

 わたしたちに気づいたユニコーンは、とっさに木々の方へと去っていく。


「待って!」


 わたしたちは追いかけた。

 軽やかに走る白い馬の姿は美しかった。本の挿絵で見たことがあるユニコーンとそっくりそのままだ。

 ユニコーンは立ち止まり、木の後ろからこちらの様子をうかがっている。

 

「おいで、怖くないよ」


 わたしは手を伸ばす。

 ユニコーンは最初は警戒しているようだったが、やがてゆっくりと近づいてきた。

 立派な角だ。そして純白の毛色に、フサフサのたてがみ。何の汚れも知らない純粋な瞳。

 ユニコーンは、わたしの体に鼻をすり寄せてきた。これは、触っていいってことなのかな?

 ドキドキする。わたしはマリアの方を見た。マリアは微笑みながらうなずいている。

 わたしは意を決してユニコーンの首筋に手を伸ばした。毛は綿のように柔らかく、温かい。自然と心が安らいでいく。まるで、ユニコーンには癒しの効果があるみたいだ。


「マリア、ルカくん! 触ってみて!」


 二人もユニコーンに触れる。


「サラサラしてる! きれいな毛並みね」

「そうだな。角もすごくイカしてる」


 ユニコーンは気持ちよさそうに目を細めた。


 ここに来れてよかった。わたしはそう強く思った。たくさんの危険があったけど、現実の世界じゃ体験できないことばかりで楽しかった。

 ずっと夢見ていた魔法の世界。そしてハラハラドキドキするような冒険。そして、大好きな友達。

 この世界に来れば、私の欲しいもの全てが手に入る。それが幸せで、嬉しくて、その分、元の世界に帰るのが辛くなる。


「わあ!」


 その時、不意に強い風が吹いて、わたしの帽子が飛ばされていく。帽子は風に乗って、湖の方に飛んでいった。


「待って!」


 急いで追いかけたか、帽子は湖の真ん中に落ちてしまった。ここからでは手が届かない。パステルカラーで、お気に入りだったのに。わたしは肩を落とす。


「マリア、あれ魔法で取れないのか?」


 ルカくんがたずねる。


「うーん、ちょっと遠すぎるのよね。ここからじゃ魔法でも届かないわ……」


 マリアは残念そうに答えた。魔法にも、届く範囲があるんだ。そうだよね。諦めるしかないか。


 そんな時だった。湖の水面が、光を放ち始めたのだ。


「なに!?」


 光る水面から、みるみるうちに女の人が現れた。

 白いワンピースに、きれいな銀髪。透明感のある白い肌。後光がさしていて眩しい。

 彼女は両手にそれぞれ金と銀の帽子を持っていた。


「あなたが落としたのは、この金の帽子ですか? それとも銀の帽子ですか?」


 どこかで聞き覚えのある文言。まるで、金の斧と銀の斧みたい。ということは、彼女は女神様?

 マリアとルカくんは、唖然としている。

 確か、ここでは正直に答えた方がいいんだよね。


「ち、違います! わたしが落としたのは、パステルカラーの帽子です!」

 

 わたしはバクバクしする心臓をおさえながら答えた。

 しばらく沈黙が流れたあと、女神様は嬉しそうに微笑んだ。


「あなたは正直者ですね。ご褒美にこれ全部、あげちゃいます」


 女神様はわたしに、金と銀、そしてわたしのパステルカラーの帽子を渡そうとしてくる。金の帽子も銀の帽子もギラギラしていてわたしには派手すぎる。


「わ、わたしはパステルカラーの帽子だけで十分です。取ってくれて、ありがとうございます」


 わたしは自分の帽子だけ受け取った。


「あら、いらないんですの? せっかくあなたが正直者のいい子だからあげようと思ったのに」


 女神様は残念そうに下を向く。


「久しぶりに人間がこの湖に来てくれたから、わたくしは嬉しくてたまらないの。ねえ、何か他に欲しいものはない?」


 女神様はそう聞いてくる。そうか、ここまで来るには危険がいっぱいだから、人はほとんど来ないのか。

 気持ちは嬉しい。けど、わたしは自分の帽子が戻ってきてくれただけで十分だ。

 それでも女神様は、わたしに何かをあげたくて仕方がないようだった。

 そこで、わたしはいいことを思いついた。


「ねえ、あなたは女神様なんですよね? どんなことでもできるんですか?」

「ええ、そうですわよ」

「例えば、わたしたちを森の入口まで安全に連れて行くとか……」

「できますわ。一瞬で連れて行ってさしあげますわよ」

「一瞬って、ほんとに一瞬?」

「ええ、目を閉じて開いたら、もう森の入口ですわ」


 わたしはパッと顔を輝かせた。それなら、もう少し長くこの場所に入れる。せっかく苦労してここまで来たんだ。もっとこの場所にいたかった。


「金と銀の帽子より、そっちの方が嬉しいな。女神様、それでもいいですか?」


 そうたずねると、女神様は目を丸くする。


「そんなことでよろしいんですの?」

「はい!」


 わたしは返事をする。


「分かりましたわ! 任せなさい!」


 やったー! これで、時間ギリギリまでこの『神秘の湖』にいられる。

 本来ならば、もう少ししたら帰らないと六時には間に合わなかったが、これならもっと長く遊べる。

 今日はたくさん動くだろうから荷物になると思って、マリアの魔法の本は持って来ていない。だから、マリアの家まで帰らなくちゃならない。その時間も考えないといけないのだ。

 それに、また『恐怖のつり橋』や『魔の洞窟』、『いばらの迷宮』を通るとなると、行きのようにスムーズにいくとは限らない。もしかしたら、ケルベロスにおそわれてしまうかもしれないし、つり橋が壊れてしまうかもしれない。

 だから、女神様が森の入口まで連れて行ってくれるのは、すごくありがたかった。


 

 

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