第14話 一日の終わり

 それからわたしたちは、日が暮れるまで遊んだ。ユニコーンと鬼ごっこをしたり、背中に乗せてもらったり。

 このユニコーンは無邪気で人懐っこく、まだ子どものようだった。

 走り回って、かくれんぼをして、すっかりヘトヘトになった。

 女神様とは、わたしがかばんに詰め込んできたお菓子を一緒に食べた。彼女にとってお菓子は珍しいものらしく、美味しそうにほおばっていた。

 女神様の話によると、ユニコーンはよくこの湖に水を飲みに来るそうだ。湖はこの辺りに何ヶ所かあるため、今日はどうやらこの子だけしか来ていないようだが、多い時は何頭ものユニコーンがここへ来るらしい。



 辺りがオレンジ色に包まれた頃、木々の向こうに、ユニコーンの群れが見えた。


「あなたを迎えに来たのね」


 マリアはユニコーンを優しくなでる。

 そうか、この子にも家族がいるんだね。これでお別れか。もっと遊んでいたかったな。

 ユニコーンは群れの中にお母さんを見つけたのか、走って去っていった。


「じゃあね、また遊びましょ!」


 わたしたちは手を振った。ユニコーンは振り返り、それに答えるよう、前足を上げた。


「本物のユニコーンが見られて、一緒に遊べるなんて、夢みたいだったわ。とっても楽しかった」


 マリアは満足そうに言った。

 ユニコーンの群れを見送ったあと、しばらく夕日をながめた。もうすぐ楽しかった一日が終わるんだ。


「そろそろ帰りましょうか」


 マリアがポツリと言った。


「そうだね」

 

 きれいな夕焼け空なはずなのに、どうしてか切ない気分になった。



 その後、わたしたちは女神様の前へ行く。


「女神様、お願いします! わたしたちを森の入口へ連れて行ってください」


 わたしは再びお願いをした。

 女神様は少し名残惜しそうな表情を見せる。


「久しぶりに人とお話できて、楽しかったですわ。だから、とっても寂しいの……」

「大丈夫! また遊びに来るから!」


 すぐにマリアは言い、わたしたたちの方を見る。


「ね? 『恐怖のつり橋』も『魔の洞窟』も『いばらの迷宮』も、もう怖くなんてないでしょ? それに、帰りは女神様が安全に帰してくれるんだから」


 わたしは大きくうなずいた。つり橋というの部分に、ルカくんは一瞬嫌そうな顔をしていたが、その他は満更でもなさそうだった。

 つり橋もケルベロスも、いばらも、わたしたちだけでどうにか越えていけることが分かったのだ。だから、大丈夫。必ずまた、女神様とユニコーンに会いに来る!


「それはそれは、わたくしは幸せ者ですわね! 任せてください。帰りはわたくしが保証しますわ!」


 女神様は嬉しそうに笑った。

 

「さあ、目を閉じて」


 女神様に言われた通りにする。

 不思議な風が、わたしたちを囲む。目を開けてその様子を見たかったが、我慢する。

 帽子が飛んでいかないように、わたしはギュっとおさえた。


「いつか会えるその時まで! また次もお菓子を持ってきてくださいね!」


 その女神様の言葉を最後に、風は止んだ。

 目を開けると、そこは見覚えのある森の入口だった。時計を見ると、五時十五分をさしていた。ここからマリアの家に戻って、そこから魔法の本を通じて元の世界に帰る。さらに、わたしは公園からワンダーランドに来たため、そこから自分の家に帰らなければならない。でも、この時間だったら、六時までに着くのは余裕だろう。


「帰ってきたんだな。ほんとに一瞬だったぜ」


 ルカくんは感心したように辺りを見渡した。

 女神様の言う通り、一瞬で帰って来れた。神様って、すごい!


 今日の出来事は、全部夢のようだった。朝から友達と待ち合わせをして、森の中に入って、ボロボロなつり橋を渡って、水晶の素敵な光景を見て、ケルベロスに追いかけられて、いばらの迷路を抜け、本物のユニコーンと遊んで、湖の女神様に出会う。

 お父さんとお母さんに話しても、信じてくれないだろう。話すつもりは全くないが。

 でも、夢じゃない。これは夢なんかじゃない。目の前にはマリアがいて、ルカくんがいる。それが事実だ。

 ここがわたしの居場所。わたしがわたしでいられる場所。だから誰にも、絶対に奪わせない。何があっても!


「マリア、ルカくん、ありがとう。今日はとっても素敵な一日だった。今日のこと、何十年経っても忘れない!」

「何十年なんて、それは大げさすぎよ」


 とマリアは可笑しそうに笑った。


「でも、ありがとう。ヒカリと冒険ができて、すっごく楽しかったわ!」

「俺も楽しかった」


 ルカくんも言った。


「ほんとに? つり橋あんなに怖がってたのに?」


 マリアはからかう。


「うるせえ! つり橋以外は楽しかったんだ! それに、ユニコーンも見れたし。今度学校で自慢してやる」

「へぇー、やっぱり女子ウケは狙うのね」

「違うし。ユニコーンの尊さを世に知らしめるんだ」

「何それー」


 この幼なじみのやりとりも、見ていて楽しい。

 ああ、わたしもずっとこの世界にいたいな。そんな思いが、ワンダーランドで過ごす度に募っていく。でもそんなこと言ったら、マリアは怒るよね。もっと自分の生まれた世界に誇りを持ちなさいって。

 だけど、わたしの生まれた世界は、誰かに憧れられるような、きれいな世界じゃない。悪意に満ちた、生きづらくて寂しい世界だ。

 そんな世界に、わたしはいつになったら誇りを持てるようになるのだろう。この世界に生まれてよかったと胸を張って言えるようになるのだろう。

 少なくともわたしにとっては、このワンダーランドという世界が理想であり、唯一の希望であった。

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