第三章
第15話 余計なお世話
今日は学校の宿題がたくさん出たから、大人しく家にいることにする。
最近は毎日のようにワンダーランドに行っていたから、なんだか放課後を家で過ごすのは久しぶりな気がする。
漢字ドリルに、算数のプリントが数枚。わたしは算数が苦手だから、時間がかかっちゃう。しかも、今日のは応用問題ばかりで、特に難しい。考えても考えても全く解けない。
「ああもう、分かんない!」
わたしは頭を抱えた。
一旦休憩をしよう。わたしは部屋を出て、お茶を飲むためにキッチンへ向かう。
その途中で、険しい顔をしたお母さんに、声をかけられた。
「ねえ、ヒカリ、ちょっといいかしら?」
お母さんはわたしを手招き、椅子に座るように促す。
「な、何?」
わたしはお母さんの元へ行く。なんだろう、改まって。……もしかして、魔法の本のことがバレちゃってる?
緊張しながら、わたしは椅子に座った。少しの沈黙の後、お母さんは切り出す。
「ヒカリ、学校は楽しい?」
「え?」
唐突に聞かれて、わたしは困惑する。
「うん……楽しいよ……」
楽しいなんて一度も思ったことは無いけれど、わたしはそう答える。いつも、わたしはそう言っている。お母さんには余計な心配かけたくないし、失望されたくない。何より学校に友達がいないことを言うのは恥ずかしい。だから、お母さんに学校のことを聞かれた時は、適当に話を作ってはぐらかしている。
「いや、今日、バザー委員の集まりがあって、学校に行ってね、たまたま担任の斎藤先生に会って話したの」
わたしはドキッとした。お母さんと斎藤先生が話したの? 何を?
「ヒカリの学校の様子はどうですかって尋ねたの。そしたら、あなた、いつも一人で本を読んでいるそうじゃない? クラスの子と遊んでいる所を見たことがないっていうのよ」
ゴクリと息をのむ。
「ヒカリはいつも話してくれるわよね? 昼休みはみんなで鬼ごっこして遊んだとか、雨の日はとなりの席の女の子とお絵描きをして過ごしたとか……」
全身に冷や汗が流れる。
そんなの全部うそだ。お母さんに話したのは全部作り話。昼休みに鬼ごっこなんてしたことないし、隣の席の女の子は高橋さんのグループの子だから、仲良くなんてするはずがない。
わたしはお母さんに、架空のエピソードを話していた。お母さんは、それを全部覚えていた。
「ねえ、お母さんに話してくれたのは、うそだったの? 別に怒っているわけじゃないのよ。ただ、ヒカリの口から本当のことを聞きたいと思っただけ」
こんな形でお母さんに知られてしまうなんて。魔法の本のことがバレるよりも、ずっと最悪だ。斎藤先生、余計なこと言わないでよ。ずっと隠し通してきたのに。
「最近、よく外に遊びに行ってるじゃない? あれは、どこで、誰と遊んでるの? 学校の友達じゃないの?」
お母さんは次から次に質問をしてくる。わたしは下を向く。頭が真っ白になって、今まで散々考えていたはずの言い訳も出てこなくなった。
最近はバレないようにするために、いつもわざわざ公園に行ってからワンダーランドに行っていた。それを、お母さんは学校の友達と遊びに行っていると思っている。
正直にマリアと遊んでいることを言って、魔法の本を取り上げられてしまったら、わたしの居場所はもうどこにもなくなってしまう。だから、絶対に言いたくない。
でも、これ以上うそを重ねたらどうなる? お母さんは安心する? わたしに友達がいるって言えば、ホッとする? その代わりに、わたしの心はこわれてしまいそうだ。
「……お、お母さんは、わたしが友達いないって言ったら、どうするの?」
わたしはおそるおそるたずねた。
「それは……」
お母さんは口をつぐんだ。心がズキンと痛んだ。
ほら、今、失望したでしょ? 娘は学校に友達がいなくて、いつもひとりぼっち。教室のすみで一人本を読んでる哀れな子。きっと、そう思ったんだ。
だから言いたくなかったのに。みじめだ。恥ずかしい。
わたしは泣きたい気分だった。今まで全部一人で耐えてきた。心配かけたくなかったから、ずっとうそをついてきた。それも今日で、全部水の泡。
気づけばわたしは逃げ出していた。一目散に自分の部屋に駆け込む。
「あ、ちょっとヒカリ!」
後ろでお母さんの声が聞こえたが、お構いなしだ。
「もう嫌だよ……」
わたしはベッドに潜り、うずくまった。
***
次の日、わたしは重い足取りで学校に向かう。休みたくて仕方がなかったが、あれからお母さんとは口を聞いてないため、言い出せなかった。今日はお母さんも仕事は休みだから、家にいても気まずいだけだと自分に言い聞かせて、わたしは学校に行った。
教室に入り、席につく。ランドセルの中から魔法の本を取り出し、開いた。
『ヒカリおはよう! 今日の放課後は暇? お菓子パーティーしようよ! あたしが盛大にもてなしてあげるわ!』
そう書かれていて、わたしは急いで返事をする。
『暇だよ! お菓子パーティー楽しみ!』
そして、本を閉じた。やっぱり、マリアと話ができると安心するな。
それからもう一度本を開いて、書く。
『わたし今、すっごく悲しい気持ちだったけど、マリアのおかげで元気でた』
すると、すぐにマリアから返事が来た。
『え、ヒカリ? 何かあったの? 大丈夫?』
『大丈夫だよ。大したことじゃないから』
わたしはそう書いて、本を閉じ、机の中にしまった。
マリアは優しいな。こんなに優しい人がいるなんて、わたしは今まで知らなかった。
どうしてこの世界に、マリアはいないのだろう。どうしてわたしたちは、違う世界の住人なんだろう。
マリアのいない世界なんて、もういっそ、滅んでしまえばいいのに……
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