第4話 マリアのおもてなし
目を開くと、そこはわたしの部屋ではなかった。
白とピンクを基調とした、可愛らしい広々としたお部屋。豪華なドレッサー。ふかふかのソファー。アンティークな雑貨たち。大きなベッドにはぬいぐるみがたくさん乗っていて、フリフリのカーテンもついている。まるで、お姫様のお部屋のようだった。
「ヒカリ!」
わたしの名前を呼ぶ、鳥のさえずりのような可憐な声が、背後から聞こえた。
わたしはゆっくりと振り返った。
そこには、女の子が立っていた。金色のふわふわした長い髪、宝石みたいに綺麗な緑色の瞳、リボンのついた上品な白いワンピース。
「マリア……?」
すると女の子は、にっこりと笑った。
「そうよ。いらっしゃい、ワンダーランドへ。会えてうれしいわ」
マリアだ! マリアが目の前にいる!
「マリア! ずっと会いたかった!」
わたしは嬉しくて、満面の笑みを浮かべた。
マリアはわたしが想像していたとおりの女の子だった。ふわふわの髪で、可愛らしくて、甘い香りがする。
「魔法の力ってすごい! こんなに一瞬でワンダーランドに来れるなんて、夢みたい!」
感動した。ずっと願ってた。本の中に出てくるような、魔法の世界に行くことを。
「ねえ、これってほんとに現実? 夢じゃないよね?」
「何言ってるのよ。これは夢じゃないわ、ヒカリ」
マリアは可笑しそうに笑う。
「ここはマリアの部屋?」
わたしは目を輝かせながら尋ねる。
「そうよ」
「すごい! お姫様みたい!」
「そうかしら?」
マリアは首を傾げる。きっと家がお金持ちだから、これが普通なのだろう。
「そんなことより、あたし、今日クッキーを焼いたの。よかったら一緒に食べない?」
「え! 食べたい!」
マリアの手作りのお菓子! ずっと食べたかったんだ。
「準備してくるから、待ってて!」
そう言ってマリアは部屋を出て行った。
不思議だ。会うのは初めてなのに、驚くほど普通に話せる。わたしは人と話すのが苦手で、特に初対面の人と話す時は緊張して言葉が出てこなくなる。そのせいで、今まで友達ができなかった。でも、マリアなら平気だ。会う前に、文字でやり取りをしていたからだろうか?
そんなことを思いながら、部屋を見回していると、見覚えのある本を見つけた。わたしはそれを手に取る。
「わたしのと同じ本だ……」
何も書かれていない革表紙の本。マリアも同じものを持っているのだ。
わたしはこの本を介してワンダーランドに来た。
パラパラとページをめくってみる。わたしとマリアのやりとりが残っている。白紙が埋まっていく様が、まるで二人で物語を作っているみたいだ。
やがて、マリアがお盆を持って戻ってきた。お盆には、クッキーとおしゃれなティーセットが乗っている。マリアはそれをミニテーブルの上に置いた。
「どう? 美味しそうでしょ?」
「うん!」
クッキーは、ウサギやクマなどの様々な動物がかたどられていて、可愛らしい。いい香りが漂っている。
「こっちはあたしが最近好きなアップルティーよ。よかったら飲んでみて」
マリアはティーカップにアップルティーを入れてくれた。
「ありがとう。いただきます!」
わたしはクッキーを一つ手に取って食べる。口いっぱいに甘さが広がっていき、ほっぺが落ちそうだ。
「美味しいよ、マリア! 幸せ……」
「ほんとに? ずっとヒカリに食べてもらいなって思ってたのよ」
そう言いながら、マリアもクッキーを手に取る。
わたしは続いてアップルティーを飲んでみた。紅茶はあんまり飲んだことがなかったから、飲めるか不安だったが、フルーティーでとても飲みやすかった。ちょっと大人になった気分。
「アップルティーって、こんなに美味しいんだね」
「でしょ? おすすめよ」
マリアは得意そうにウインクする。
こんなに楽しいお菓子タイムは初めてだ。
「あたし、前にワンダーランドとは別の世界があるっていうのを聞いたことがあってさ。ものすごーく気になったの。だって、ワクワクするじゃない? こことは違う世界がどこかに存在しているって。そしたら偶然、お父さんの書斎で魔法の本を見つけてね。魔法の本は、世界と世界をつなぐ唯一のアイテムで、必要としている人の前にしか現れないらしいのよ。開いてみたら、中は真っ白だったから、とりあえずメッセージを書き込んでみたの。そしたら、同い年の女の子から返事が来るじゃない。もう、びっくりしちゃったわ」
マリアはこれまでの経緯を教えてくれた。
「運命だと思ったわ。この本の向こう側には、あたしと同じくらいの女の子がいて、話していくうちにどんどん会いたいと思うようになったの。魔法の本は、あたしとあなたの世界をつなぐもの。本に願えば、自由に世界を行き来できる。ほんとはあたしがヒカリの世界に行きたいところだったんだけど、それはダメだってお父さんに言われてね。特に魔女は、ね」
「どうして魔女はだめなの?」
「ヒカリの世界には、魔法はないんでしょ? もしあたしがあなたの世界に行って、魔法を使ったら、世の中はパニックになる」
確かに、と思った。急に魔法を使っている人を見たら、わたしも驚く。
「魔法を使わないようにしても、万が一のことがあったら危ないから、もしヒカリの世界に行くようなことがあれば魔法の本は取り上げるってお父さんにきつく言われちゃってて。それでヒカリと一生話せなくなるのは嫌じゃない? だから、ヒカリがワンダーランドに来てくれたら会えるのになってずっと思ってたの。だから今日、それが叶ってものすごく嬉しい!」
会いたいと思う気持ちは一緒だったんだと思うと、胸がいっぱいになった。
どうしてわたしの前にも魔法の本が現れたのか。それはきっと、わたしが魔法の世界に憧れていたから、そして、友達が欲しいとを望んでいたからなのかもしれない。
わたしたちはお茶をしながらしばらくお話をした。話題は一向に尽きなかった。楽しくて、幸せで。友達がいないわたしは、こんな経験、今までしたことがない。
楽しいひとときを過ごした分、帰りはものすごく名残惜しかった。もっとマリアと一緒にいたかった。
「ねえ、また会えるよね?」
わたしは確認をする。
「会えるよ。魔法の本に願えば、いつだって」
「そうだよね」
大丈夫。この本がある限り、わたしたちは会える。
最後に、わたしは恐る恐る尋ねた。
「マリア、その、わたしたちって、友達?」
自信がなかったのだ。わたしは今まで友達ができたことがないから、どこからが友達なのか分からなかった。
すると、マリアは不安そうな顔をする。
「あれ、友達だと思ってたのはあたしだけだった?」
その言葉を聞いて、わたしは慌てて首を振った。
「ううん、友達! マリアはわたしの友達!」
初めての友達だ。わたしはもう、ひとりぼっちじゃない。住む世界は違うけれど、わたしにはちゃんと友達がいる。
「約束だからね。また絶対会おうね」
「うん、約束」
指切りをした後、わたしは魔法の本の前に立つ。そして、来たときと同じように、魔法の本に手をかざした。そして、帰りたいと願う。
すると、本はまばゆい光を放ち始めた。
「またね、マリア」
そう別れを告げて、目をつむる。
次に目を開いたときには、見慣れた自分の部屋だった。時計を見ると、もう夕方の六時を回っている。
ワンダーランドに行っている間も、こっちの時間は進むんだ。
「ヒカリー、ご飯よー!」
お母さんが呼ぶ声が聞こえた。わたしは「はーい」と返事をした後、魔法の本を見る。
この本の向こう側には、魔法と冒険に満ちたワンダーランドがあって、そして友達がいる。その事実があるだけで、わたしはどんなことでも乗り越えられるような気がした。
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