第3話 本の向こう側

 今日は土曜日。学校は休み。嬉しいな。

 一週間の中で一番好きな曜日だ。なぜなら、ゆっくりのんびりできてホッとするし、次の日も日曜日で休みだからちょっとだけ夜更かしして本が読めるからだ。

 それに、また明日学校行かなきゃ、という憂鬱な気分にならなくて済む。


 今日は朝からマリアとやり取りをしていた。あれから毎日のように、わたしたちは魔法の本で話している。

 話すにつれて、マリアがどんな人なのかがよく分かってきた。

 マリアは十歳の女の子で、お菓子作りとピアノ、お散歩が趣味。兄弟はいなくて一人っ子。お母さんやお父さんとは仲がよさそう。話を聞く限り、お嬢様っぽい。だってたまに、話の中に執事が出てくるから!

 そして、じっとしていることが苦手で、楽しいことが大好き。人のことを否定しない心の優しい子で、とにかく元気。

 友達も多そうで、最近はよくルカくんという幼なじみの男の子の話をしている。


『この前ルカが川に落ちた話していい?』

『何それ!』

『この前校外学習で森に行ったんだけど、森の中に浅い川があって、そこの飛び石の上で、ルカは友達と手押し相撲をしていたの。バカよね、あんなに狭いところでやったら、どちらかは落ちるに決まってるのに。

 俺が負けるわけない!

 とかぬかしていたけど、結局負けて川の中にドボンよ。服は水浸し。着替えの服なんてもちろんないわ。それで風邪ひいて、二日間寝込んでたの』

『ルカくん、可哀想だね』

『自業自得よ。先生にも、ふざけるなって怒られてたから』


 マリアが言うには、ルカくんはクラスの女子全員一度は好きになるくらいの、学校一のモテ男らしい。そんなルカくんが、こんな醜態を晒してしまうなんて。災難だな。


 マリアとたくさんやり取りをするにつれて、会いたいという思いがどんどん強くなっていく。だから、わたしは思い切って尋ねてみた。


『そういえばマリアって、どの辺りに住んでるの?』


 すると、抽象的な答えが返ってきた。


『西の方よ』


 西? 九州の方なのかな? だとしたら、わたしは東京に住んでいるから、一人では会いに行けない、と落胆する。


『ユニコーン広場の近くよ』


 ユニコーン広場? 初めて聞く。なんだかすごくファンタジー感の強い名前! 

 わたしはお父さんのスマホを借りて検索してみたが、ヒットしなかった。


『調べても出てこなかった。どの辺り? わたしは東京に住んでいるんだけど、そこからは遠い?』


 そう尋ねてみる。


『東京?』


 そう聞き返された。

 マリアは東京を知らないようだった。日本人なら、誰でも知っているはずなのに。

 もしかして、マリアって外国に住んでいるのかな? マリアって名前、外国っぽいし。

 でも、わたしたちは日本語でやりとりしている。魔法の本が翻訳してくれてたりするのだろうか?


『マリアが住んでるのって、日本じゃないの?』

『日本? 聞いたことないな。あたしが住んでいるのは、ワンダーランドだよ』


 ワンダーランド!?

 わたしはパッと顔をあげた。なに、そのワクワクする響きは。


『ワンダーランドって、どんなところ?』

『んー、そうだな。魔法や冒険に満ちた国、かな?』


 魔法に冒険。わたしの大好きな言葉たち。


『じゃあ、マリアは魔法が使えるの?』

『そうよ!』


 すごい、すごいよ! 

 わたしの興奮は収まらない。

 よく考えてみれば、わたしたちがやりとりしているこの本だって、魔法の本だ。この本は、もともとワンダーランドのものなのかも。でも、どうしてそれがわたしの学校の図書館に?

 それに、わたしはワンダーランドを知らないし、マリアも日本を知らない。ってことは、わたしたちは、全く違う世界の人間なのかもしれない。

 がっかりした。違う世界なら、会いに行けない。会いに行く方法がないのだから。

 マリアと同じクラスだったら、なんていう願いは、夢のまた夢。絶対に叶うことはない。


『わたしたちは、会えないってことだよね……』


 そう嘆く。すると、マリアからこう返ってきた。


『会えるよ!』

『え?』


 再びわたしの心臓は高鳴る。

 会えるの? どうやって?


『本に手をかざして、願って! ワンダーランドに行きたいって』


 願うって、たったそれだけで?


『そんなことできるの?』

『できるよ。魔法を信じて!』


 わたしは戸惑いながらも、魔法の本に手をかざす。

 ワンダーランドに行きたい。

 そう願う。

 すると突然、本がまばゆい光を放ち始めた。わたしは眩しくて、思わず目をつむった。

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