第2話 魔法の本

 朝起きて、ご飯を食べて、学校へ行く準備をする。

 ありふれた、いつもと変わらない日常。

 だけど、今日はちょっと違う。

 わたしは魔法の本をランドセルに入れた。

 今日はなんだか気分が良い。マリアとまたお話できるのが楽しみだ。

 私はお母さんに「行ってきます!」と言い、家を出た。

 足取りが軽い。

 今日は良い天気だ。青い空にゆっくりと雲が流れている。

 マリアも同じこの空の下にいるのかな? わたしと同じように、学校へ行っているのかな?

 そんなことを考えていた。頭の中はマリアのことでいっぱいだ。


 学校までもう少しのところで、わたしは足を止めた。

 高橋さんたちだ……

 同じクラスの高橋リサさんと、その取り巻き数人の女の子たち。みんなおしゃれでキラキラしていて、近寄りがたいグループだ。

 わたしは高橋さんたちが苦手だ。派手で、デリカシーがないから。いつも陰口で盛り上がっているし、わたしに対しても、ひとりぼっちの「ぼっちちゃん」だとからかってくる。わたしだって、好きでぼっちになっているわけではないのに。ただ引っ込み思案で、人と話すのが苦手なだけ。勇気をだしてクラスの子に話しかけようとしてみるけれど、いつも直前でひるんでしまう。

 話しかけてくれても、上手く会話が続けられない。嬉しいのに、テンパっちゃって、何を言えばいいか分からなくなる。

 そんな失敗を続け、わたしは友達がいないままここまで生きてきた。

 そんなわたしの葛藤や悩みも知らず、高橋さんたちは面白半分で心をえぐってくる。だから、あんまり関わりたくなかった。

 わたしは高橋さんたちが行ってしまうのを見届けてから、学校に入っていく。結局クラスは一緒だから、完全には避けられないけど、靴箱で鉢合わせするよりはマシだ。

 わたしは靴を履き替えて教室へと入る。誰とも「おはよう」を交わすことなく一直線に自分の席へと向かう。クラスの人たちは教室に入るなり、仲のいい人と挨拶を交わして、楽しそうにおしゃべりをしている。残念ながら、わたしには気軽に話せる人どころか、「おはよう」と言える相手すらいない。

 一人でいることには慣れている。本を読んでいれば、時間なんていくらでも潰せるから。だけど、どこか寂しいなと感じている。楽しそうにしているクラスの人たちが羨ましくて、わたしもあの輪の中に入れたらな……とは思う。


「そういえば、昨日は本を借りてないんだった」


 わたしは小さく呟く。昨日は魔法の本に夢中で、慌てて図書室を出てきてしまったから。

 やることがない。朝の会が始まるまで、まだ十分ほど時間がある。

 わたしは周りを確認した後、こっそりと魔法の本を取り出した。体で本を隠すように持ち、マリアから何かメッセージが来ていないか確認する。

すると、昨日の続きのページに、文字が増えていた。


『ヒカリ、おはよう! 良い天気だね。今日も学校?』


 わたしはパッと顔を輝かせる。

 急いで鉛筆を手に取り、書き込む。


『おはよう、マリア! 普通に学校だよ。マリアも?』


 一分もしないうちに返事が来た。


『うん! 今日は調理実習があるから、楽しみなんだ』


 調理実習か。いいな、楽しそう。お菓子作り好きって言ってたから、きっと上手に作るんだろうな。


『ヒカリは今日何がある?』

『体育がある……最悪……』


 わたしは愚痴を書く。


『体育苦手なの?』

『うん……運動神経悪いから……』


 わたしは今まで体育の授業を楽しいと感じたことはない。走るのも遅いし、ボールだって投げたら変なところへ飛んでいく。周りの人の足引っ張ってばかりだし、ワイワイできる友達もいないから、惨めになって辛くなる。だから体育の授業は憂鬱だ。


『そうなんだね。でも、みんなと一緒に運動するの、楽しくない?』


 そう返答が来る。

 わたし、友達いないから。

 そう書こうとして、やめた。なんだか恥ずかしい。マリアはきっとたくさんの友達がいるんだ。


『でも、苦手なことは誰でもあるよね。あたし、じっとしてられないから、座って授業聞くの、あんまり好きじゃないもん』


 そう言ってくれたことで、私は少し気が楽になった。人それぞれ、苦手なことはあるんだ。マリアにだってある。


「おはようございます」


 ちょうどそこで先生が教室に入ってきた。


『やばい、先生来ちゃった』

『そっか、じゃあ、またあとで』

『うん、じゃあね』


 わたしはそこで魔法の本を閉じた。

 はあ、憂鬱な学校が始まってしまう。一気に現実に引き戻された。


***


『今日は、調理実習でカップケーキを作ったよ。すごく美味しくできたの。ヒカリにも食べてもらいたかったな』


 家に帰って魔法の本を開くと、そう書かれていた。


『いいな。わたしも食べてみたかった』


 きっと可愛らしいカップケーキを作ったんだろうな。

 わたしはふと思って尋ねる。


『この本って、写真貼り付けたら見れるとかはないの?』


 この本はまるでスマホみたいだ。どこにいてもメッセージのやりとりができるから。わたしはメッセージのやりとりをできる友達もいないし、そもそもスマホを持っていないから詳しくは分からないけど、お母さんがスマホで写真を送っているのを見たことがある。だから、この本でもできないのかな?

 しばらくすると返事が来た。


『写真は無理かも。直接この本に書き込まないといけないから……あ、でも、絵ならいけるよ!』


 すると、何やら浮かび上がってきた。マリアが絵を描いているのだ。丸っこい形。テントウムシかな?


『どう? こんな感じのカップケーキ作ったの!』


 わたしは思わず吹き出す。

 カップケーキだったんだ。確かに、そう言われればそう見えるかもしれない。絶妙な下手くそさに、わたしは微笑ましくなった。


『とっても美味しそう!』

『でしょ?』


 得意げなマリアが、なんだか可笑しかった。

 マリアと同じクラスだったら、一緒にカップケーキを作れたのに。マリアがいたら、学校生活が楽しくなる。そんな風に思った。

 会ってみたいな。どんな子なんだろう? どこに住んでいるんだろう? 近くだったら、会いに行けるのにな。

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