魔女のおもてなし

秋月未希

第一章 

第1話 物語のはじまり

 学校が終わると、わたしはすぐに図書室へと向かう。赤いランドセルを揺らしながら、昨日借りた本を持って、軽い足取りで階段を降りていく。

 わたしの名前は、天野ヒカリ。本が大好きな、小学四年生。

 図書室のドアを開けて、中に入る。わたしはホッと息をついた。

 図書室の、この独特なにおいが好き。静かで、落ち着く。そしてなんといっても、このたくさんの本たち。たくさんの本に囲まれていると、わたしは幸せな気持ちになる。


「あら、天野さん。昨日の本、もう読んでしまったの?」


 図書室の山崎先生が、パソコンが置いてあるカウンターの中から声をかける。


「はい。とっても面白くて、夢中になって読んじゃいました」


 わたしは本を返却した。

 この本は、見習い魔女の冒険の物語で、ホウキで空を飛んだり、魔法で悪い魔物を倒したり、不思議な生き物と友達になったりと、凄くワクワクするお話だった。

 一度でいいから、こんな魔法の世界へ行ってみたい。そんな空想を、今まで何度してきたことか。

 わたしは小さい頃から引っ込み思案で、クラスになじめず、いつもひとりぼっちだった。だから友達は一人もいない。

 そんなわたしにお父さんが本をプレゼントしてくれた。それが、わたしが本を好きになったきっかけ。本のおかげで、わたしはひとりぼっちでも、寂しくなかった。

 本を読んでいるときだけは、嫌なことも全部忘れられる。物語の世界に入り込んで、夢中になれる。

 次はどんな本を借りようかな? わたしは図書室の中を見て回る。気になるタイトルや表紙のイラスト。まだまだ読んでいない本がたくさんある。

 そんな時だった。


「本が、光っている……?」


 たくさんの本の中に、たった一つだけ、輝きを放っている本があったのだ。


「な、なにこれ……」


 わたしは辺りを見回した。周りには誰もいない。山崎先生からもちょうど本棚の死角になっていて見えない。

 わたしは恐る恐る、光る本に手を伸ばした。

 手に取ってみると、光は消えた。それは他の本とは質の違う革表紙でずっしりと重く、高そうだった。しかし、題名は書かれていない。バーコードがついていないため、図書室のものではないのかもしれない。なら、一体なぜこんなところに?

 わたしはドキドキしながら本を開いた。パラパラとページをめくってみたが、中は真っ白で、文字は一つもない。

 一ページ目に戻ってみる。

 すると、真っ白な紙の上で何かがうごめいた。

 

『あなたはだあれ?』


 そんな文字が浮かび上がってきたのだ。


「ひゃあ!」


 わたしは驚いて尻餅をついた。


「天野さん? 大丈夫?」


 心配する山崎先生の声がカウンターから聞こえてきた。


「だ、大丈夫です! ちょっと虫にびっくりしちゃっただけです!」


 そう適当な言い訳をし、わたしは再び本に目線を向けた。


「なにこれ……信じられない」


 まるで魔法のようだった。勝手に文字が浮かび上がってくるなんて。


『あたしはマリア。あなたの名前は?』


 二行目に文字が浮かび上がる。


「こ、答えなきゃ……」


 わたしは慌ててランドセルを下ろし、筆箱を取り出す。わたしは震える手で鉛筆を握り、三行目に文字を書いた。


『わたしはヒカリ』


 ドキドキしながら返事を待つ。


『ヒカリ! 素敵な名前ね!』


 わたしはなんだか嬉しくなった。この本が何なのかは分からないけれど、ワクワクして仕方がなかった。

 それにしても、どういう仕組みなんだろう? ちょっぴり怪しいけれど、今はそんな細かいことは気にしない。

 わたしたちは、会話を続けた。


『ありがとう! マリアって名前もすごく綺麗!』

『嬉しいわ! ヒカリは今何歳?』

『十歳だよ!』

『えー! あたしも十歳! 同い年だね!』


 同い年か……

 親近感が湧いて、思わず顔がほころんだ。


『この本は一体何?』


 わたしは尋ねてみた。


『魔法の本よ! 遠くの人と文字でやりとりができるの!』

「ま、魔法の本!?」


 わたしはドキドキする心臓をおさえる。魔法だって! ほんとに魔法って、存在するんだ!

 夢みたい。魔法なんて、本の中にしかないと思ってた。

 なんだかすっごく楽しいことが始まる。そんな予感がした。


『ヒカリはどんなものが好きなの?』


 マリアから質問が来る。


『わたしは本が好き! 本を読んでいると、まるで物語の世界に入ったような気分になるの』

『へえー、素敵ね! あたし、本はあんまり読んだことないからな……』


 そうだよね。ちょっぴり残念。なかなか本好きには出会えない。


『マリアの好きなものは?』


 わたしは尋ね返す。


『あたしはお菓子作りが好き! 甘いものに目がないんだよねー。あと、お散歩も好きだし、ピアノを弾くのも好き!』


 お菓子作りに散歩にピアノ。きっとこの本の向こう側にいるのは、ふわふわの髪でいいにおいのする可愛らしい女の子なんだろうな、と想像した。

 その後もわたしたちは、やりとりを続けた。色々な質問をして、色々な質問に答えて。顔は分からないけれど、わたしたちはすっかり意気投合した。


「天野さん」


 気づけば山崎先生が近くにいて、私は心臓が飛びでそうなほど驚いた。慌てて魔法の本を背中に隠す。


「そろそろ図書室を閉めようと思うんだけど……」

「え?」


 わたしは時計を見た。もう六時を回っている。


「もうこんな時間……」


 図書室に来てから、二時間が経過していた。


「随分と夢中になっていたようね。今日も借りていく?」


 わたしは少し考えた。この魔法の本、山崎先生は知っているのかな? 図書室のものではなさそうだし、先生に見せたら取り上げられてしまうかもしれない。

 悪いとは思いながらも、わたしは魔法の本をそっとランドセルの中に忍ばせた。

 ばれたら怒られる。でも、取り上げられてマリアと話せなくなるのは嫌だ。


「今日は大丈夫です。さようなら!」


 わたしは魔法の本が入ったランドセルをひっつかみ、逃げるように図書室を出て行った。


***


 家に帰りついた後、わたしはすぐに自分の部屋に行き、ランドセルから魔法の本を取り出した。

 机の上に魔法の本を置き、まじまじと見つめる。

 夢じゃない。

 わたしの目の前には、ほんとに魔法の本がある!

 ドキドキしながら本を開く。


『おーい、ヒカリー! どこ行っちゃったのー?』


 と書かれていた。

 わたしは急いで鉛筆を手に取り、書き込む。


『ごめん、お待たせ! 学校から家に帰ってきたよ』


 しばらく待っていると、文字が浮かび上がってきた。


『わー! ヒカリ戻ってきた! もう一生話せないかと思っちゃったよ』


 返事が来て、わたしはホッとする。


『ねえヒカリ、あたし、あなたと仲良くなりたい! あなたのことを知りたいの! だから、これからもあたしとお話してくれる?』


 マリアはそう尋ねてきた。

 わたしがマリアに興味津々なように、マリアもわたしに興味があるんだ。わたしと仲良くなりたいと思ってくれているんだ。そんな風に思われるのなんて生まれて初めてで、わたしは思わず微笑んだ。

 

『もちろんだよ! わたしもマリアと仲良くなりたいから!』


 わたしがそう答えると、『よかった!』と返ってきた。そして、


『今日はママが晩ご飯って呼んでるから、そろそろ行くね! また明日お話しよう!』


 と続く。


『うん。また明日!』


 そう書き終えて、わたしは本を閉じる。

 幸せな気持ちだった。初めての友達ができる予感。明日が来るのが楽しみだ。

 今夜は素敵な夢が見られそうだ。

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