8、

 

 上位の水魔法は時間がかかる。それゆえ時間稼ぎ要員は必須だ。魔法使いがいない現在、魔法を使えない戦士ガジマルドにそれを頼むべきなのだが、あいつ一体なにやってんの?

 魔族エリンと共に行動をしているはずの戦士は、一向に姿を現す気配がない。どこぞで野垂れ死んでるとかやめてくれよ。


 しかし意外なことに、ビータンと黒龍が活躍してくれている。

 二人(一人と一匹? いや、二匹? ……二頭?)がサティの周囲をビュンビュン飛び回っているのだ。小さな体を生かしての素早さに、サティは鬱陶しくて仕方ないらしく、顔をしかめる。


「ええい、おどき! 邪魔だよ!」


 叫んでブンブンと手を振り回すも、しかしなぜか二匹に攻撃しない。


(ひょっとして、同じ魔族への攻撃はしないタイプ?)


 魔王なんて、そこらの魔族をいいように利用して自分の駒にしてたのに。ともすれば、自分への攻撃を防ぐ盾にも利用していた。自分のために傷つく魔族を笑って見ている、それが魔王だった。だから俺は基本、魔王を崇拝する魔族は最低なタイプが多いと思っていたんだけどな。


 シャティアとアリーを誘拐したが傷つけてはいないみたいだし、サティは俺のイメージする悪い魔族とはちと違うようだ。


「だからって容赦しねえけどな」


 詠唱を続けていたはずの俺が言葉を発する。それはつまり詠唱が終わったことを意味する。


「よっし、ビータンに黒龍、時間稼ぎはもう十分だ! 危ないから下がってろよ!」


 俺の言葉に二匹が反応し、飛びのいた。それを確認してから、俺は右手を前面にかざす。


「全ての炎を消し去れ、水龍!!」


 けして本物のドラゴンを呼び出したわけではない。だが、ゴオッと大きな音を立てて現れた水は、まさしく龍。その勢いそのままに、まるで本物のドラゴンのように水はグワッと口を開いた。


「なんだって!?」


 驚きに目を見開くサティの眼前で、水は炎の竜巻を呑み込んだ。一瞬にして、炎が鎮火する。


「なん……」


 言葉を失うサティ。そうだろうそうだろう、なんなら『凄い』の一言も言っていいんだよ。

 と、得意げに頷く俺の目に、光るものが見て取れた。


「んおっ!」


 変な声が出た。

 鎮火の煙の間をぬって、間髪入れずにサティが爪攻撃を仕掛けてきたのだ。


「さすがだな、油断がない」

「当然だろ、いつだって最悪の事態を考えて動くものさ!」

「そりゃ殊勝なことで」


 しかし彼女は気付いていない。気付くべきなのに、それを妨げるのは、煙のような水蒸気。シャティアとアリー、ビータンも黒龍の姿も見えない。見えるのは、すぐ近くにいるサティの姿だけ。

 だから彼女は気付かないのだ。


「水龍魔法があれで終わりと思うなよ?」


 わざわざ教えてやる義理はない。だから俺は自分にしか聞こえない小さな声で、ボソッと呟いた。

 だがヒントくらいは与えてやろう。

 俺は敢えて上に視線を向けた。


「よそ見とは余裕だね」

「いやあ、そうでもないさ」

「──!?」


 俺の言葉に何を感じ取ったかは知らない。一瞬で気配を感じ取ったのか、サティは自身の頭上を見た。

 だがもう……


「遅いよ」


 俺の言葉と同時。

 グワッと大きく口を開けた、ドラゴンを模した水がサティをあっという間に飲み込んだ。


「……!!」


 叫ぶ余裕もない。

 俺の目の前で、驚愕に目を見張るサティが水に飲まれて沈んだ。


「お疲れさん」


 俺の言葉が誰に向けてか。

 理解できる者はいないだろう。

 

 戦闘は終わった。

 女魔族サティは水に飲まれて気絶、戦闘不能。ボスが倒れりゃ下っ端が動く道理はない。


「はあ、やれやれ……」


 思わず床にへたり込んだ俺は、はあと大きく息を吐いた。昔ならこの程度で疲れを感じることはなかったんだけどなあ、歳は取りたくないものだ。

 疲労を感じる体でもって、顔を上げれば視線の先には俺を見つめるシャティアとアリー。二人はいまだ鉄格子の中だ。出してやるかと立ち上がったところで、何か音が近づいているのが聞こえて、俺は動きを止めた。


「なんだあ?」


 それはドドドドド……と、重たい何かが走る様な音。次の瞬間。


「どぅわっ!?」


 ドッカンと音を立てて、壁が壊れて何かが部屋に入って来た。

 なんだなんだと目を丸くする俺の前で、「っしゃあ!」と、壁をぶち壊した奴が叫んだ。


「戦士ガジマルド参上! アリー、パパが来たからには、もう大丈夫だぞお!!!!」


 参上というか、惨状だよな、という言葉は呑み込んでおいた方がいいのだろう。

 目が点になる俺の前に現れたのは、戦士ガジマルドだった。もっと静かに入ってこれないのかお前は。

 呆れる俺やシャティア達の視線に気づいたのだろう。


「あれ?」


 とか間抜けな声を出して首をかしげる、図体だけでかいオッサンが一人。


「もう全部終わったよ。おせえんだよ、お前は」

「な、なんだとお!?」


 水浸しの床、その中に横たわる女魔族。

 水をよけて座っている俺の姿に、ポカンとした顔のアリ―達を見て、状況を察したのだろう。大きな声で、「父親のかっこいい姿を見せようと思ってたのにい!」と叫ぶのであった。


「ずいぶんと時間かかったな。何やってたんだ」

「べ、別に。道に迷ってたんだよ!」


 俺の問いに歯切れの悪い答えを返してくる。絶対何かあったなこのやろう。

 目を細めていぶかしむ俺の前に、ガジマルドと行動を共にしていたエリンが現れた。


「よお、エリン。遅かったな」

「ガジさんが途中で腰を痛めたのよ。しばらく動けなくて、回復に時間がかかってたの」

「うおおおお! それは内緒だって言っただろお!?」

「黙っていると約束した覚えはないよ」


 俺の問いにアッサリ答えるエリン。青ざめながら叫ぶガジマルド。ほんと何やってんだお前は。あとガジさんってなに、すっかり仲良くなってるし。それはそれでいいんだけどさあ。


「まあいいさ。こっちも無事にサティを倒せたからな」

「なんだその"サティ"ってのは」

「魔族の名前」

「私の名前はサティスティファイリュイだ! 勝手に略して呼ぶな!」

「あ、起きた」


 ガジマルドの問いに答えたら、凄い勢いで魔族がガバリと体を起こした。殺してはいないが、結構なダメージ与えたと思ったんだがね。さすが上位魔族、頑丈でいらっしゃる。

 しかし起きたはいいが、やはりダメージはでかかったらしく、サティはその場にガクリと膝をついた。


「無理しないほうがいいと思うぜ?」

「く……!!」


 俺の気づかいに、悔しそうに歯噛みするサティ。ま、それだけ元気なら、明日には動けるだろう。だが今は無理だ。

 邪魔できないと判断して、俺はゆっくりシャティア達の元へと歩みを進めた。


「パパ!」

「きゃー! ダーリーン! やっぱりあなたは私の旦那様となるべき人なのねー!」


 シャティアはともかく、アリーは何を言っとるんだ。ほら見ろ、ガジマルドが血相変えて「俺は認めんぞ!」とか言ってるじゃないか。認めてもらわんでいい、俺だってダチの娘と結婚する気はないのだから。

 が、娘をもつ父親のサガなのか、ガジマルドは凄い形相で俺の喉元を締め上げた。ちょ、苦しっ。


「俺は認めんぞお、レオン! お前だけは、お前だけはー!!!!」

「パパ、それ以上やったら、今後一切口をきいてあげない」

「すみませんでした。レオン、よくやったぞ、褒めてやる」


 このまま俺は意識を失ってこの世とオサラバなのかなと思ったら、アリーの一言でガジマルドは俺を解放した。その嘘くさい褒め言葉を、今すぐ口の中にツッコミ返してやりたい。物理的に無理な話だけど。

 喉を押さえてゲホゲホしてたら、シャティアが俺に抱きついて来た。よしよし可愛いやつだ。


「恐かったか?」

「ううん。アリーが一緒だったから」

「そっか」

「それに」

「?」

「助けに来てくれるって信じてたから」

「そうか」


 ギュッと抱きついて来る小さな体は、かすかに震えている。それに気づかないふりして、俺もギュッと抱きしめ返した。震えが止まるのは直後のこと。

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