第四章〜戦士の村

1、

 

 旅は続くよどこまでも。目的の地はまだまだ遠く、気が遠くなりそうだ。エリンが翼生やして飛んでくれたら早いんだけどなあ。

 チラリと横を見れば、白馬なエリンにまたがってご機嫌に鼻歌を歌っているシャティア。その手には、フワフワの黒犬が抱かれている。


 なぜにいきなり黒犬? と思うかもしれないが、聞いて驚けそれは先の戦闘で魔族が使役していた黒狼なのだ。背中の翼は出し入れ自由と、なんとも便利。まあエリンも普段は翼のない普通の白馬だし、魔族って結構便利機能(?)あるのな。

 モンスターテイマーの本領発揮とかで、すっかりシャティアに懐いた黒狼。しかし翼が無い状態でも、狼を連れ歩いていては、街や村に入りにくい。目立ってしょうがないし、危険だと立ち入りを拒否される可能性も。


「うちはペット禁止。置いていけ」

「いや! ビータンはペットじゃないもん、お友達だもん!」


 もん、じゃねえよ、もん、じゃ!

 俺の言葉に、いやいやと首を横に振って拒否するシャティア。物資調達も済んで、いざ出発と町を出たところで姿を現した有翼の黒狼。そいつがシャティアにすっかり懐いてしまい、シャティアは連れて行くと駄々をこねだした。


「お友達って……せめて人の友達作れよ。でもってビータンってなんだ」

「この子、ビータンって言うの!」

「お前が名付けたのか?」

「違う! 自分で名乗ったの!」


 なるほど、モンスターテイマーともなれば、魔物の言葉も分かるのか。……本当かよ。

「本当よ」とエリンが言うからそうなんだろうなあ。すげえなモンスターテイマー。ちょっと羨ましい。


「ビータンが、『黙って俺を連れて行け、ハゲオヤジ』って言ってるよ」


 前言撤回。魔物の言葉は分からないほうがいい。


「俺はハゲてねえ!」

「『うっせえハゲ!』だって」

「ちょっとその狼貸せ。俺が教育してやる」

「じゃあ連れて行っていいの?」

「それとこれとは話が別です!」

「いやー! 連れて行くって言うまで、ビータンは渡さない!」


 もおおおお!

 俺は早く旅路を進めたいのに!

 こんな調子じゃ、あとどれくらいかかるの!?


 だからって、狼なんて連れ歩こうもんなら、確実にいざこざに巻き込まれる予感。実に嫌な予感しかしない。

 困り果てていたら、エリンがポンと俺の肩を叩いてきた。


「なんだ?」

「人ならばいいの?」

「は? いやまあ、そりゃ……なんだよ急に」


 訝しむ俺の前で、エリンはシャティアが抱きしめているデカい黒狼の前にしゃがみ込んだ。

 そして何やら呟いている。

 すると突然……


「え!?」


 驚く俺の目の前で、なんと黒狼が変身を始めたではないか。エリンと一緒で、あんまり直視したくないグロさ!

 しかしグロい光景が終われば、驚いたことに、黒狼が人の姿をとったではないか! しかも子供。シャティアより少し幼い感じで……髪は黒く、白髪が綺麗なメッシュで入っている。健康的に日焼けしたような小麦色の肌を持ち、子供らしくニカッと笑ったその口の奥には牙がキラリ。目つきは狼のように鋭いが、幼さのおかげか恐くはない。


「なにこれ」呆ける俺に「この子、私と一緒よ」とエリン。

「魔物姿が基本じゃなくて、魔族の端くれ、人型が基本みたいね。でもまだまだ幼くて未熟だから、魔物の姿のほうが楽なんだってさ」

「つまり、人の姿になれると?」

「そういうこと」


 なるほど。じゃあまあ、問題解決かな。

 俺はビータンとやらの前に進み出て、視線を合わせるように屈みこむ。


「おいビータン、いいか。人の町や村に入る時は、そうやって人の姿になれよ? そしたら一緒に連れて行ってやる」

「……」


 無言のお返事どうも。

 不満そうに俺を睨むビータンであったが、横でパッと顔を輝かせたシャティアの様子に、渋々といった感じで頷くのであった。


「よし。宜しくな、ビータン」


 言って頭を撫でようと手を伸ばしたら……「いっでえ!」……思いきり噛まれました。置いて行くぞこのやろう!

 結局、ビータンは人型、大きな有翼狼、そしてなんと子犬の姿にも変身できたのだ。実に便利。

 フワフワ黒毛を身にまとい、額と顎の一部に白毛が生えた子犬は、シャティアの腕の中で満足げに目を細めるのであった。

 これでシャティアのお友達が欲しい問題は解決……したと思って良いのだろうか。てか、旅の目的はお友達作ろうではないから、そこは俺が気にするところではない。


 目的を忘れまいと、次なる目的地の村を目指す。

 ふとエリンが、「次はどこに行くの?」と聞くから、「シャティアのお友達発言で思い出したんだが、ちょっとあいつに会いに行ってみようかと」と俺は答える。


「会う? あいつって誰?」

「友達……と言っていいのか分からんが。まあそれに近いもの……俺の仲間だ。巨漢の戦士、ガジマルド」


 戦士ガジマルド。

 僧侶エタルシア、魔法使いハリミと、もう一人の俺の仲間。

 むしろ男同士で一番気が合い、共に前線で剣を振るった、大切な仲間だ。


「ちょうど旅路としては経由地になるからな。実に十年ぶりの再会だ」


 そう言えば、シャティアがパッと顔を輝かせた。

 元勇者一行の、最強の戦士。いや、世界一の戦士に会えることが、そんなに楽しみなのだろうか?

 今どきの女子って、ひょっとして筋肉ムキムキが好きなんだろうか。ちょっと不安になるパパな俺であった。

 

「よく来たな、歓迎するぞ!」

「ガジマルド、久しぶりゅ!」


 言葉の最後はけして噛んだわけではない。ガジマルドが住む村とやらに着いたら、昔とちっとも変わらない巨漢が走って来るのが見えた。よお、と手を挙げる俺を、走って来た勢いそのままに、ムギュッと抱きしめてきたのだ。誰がって、ガジマルドが。

 シャツを着ていても分かる胸筋の感触が気持ち悪い。なんなの、最近の俺こんなんばっか。


「よく俺が来たのが分かったな」

「村に近付く奴がいたら、直ぐに俺に報告が入ることになってるんだよ」

「へえ」


 元勇者一行であるガジマルドが生まれ育った村。パーティーが解散したあと、奴はこの村に帰って来たのだ。そして当然のように村長になっているらしい。村長というより用心棒じゃねえの?


「白髪交じりの金髪の野暮ったいオッサンが来たって聞いて、すぐにお前だと分かったぞ!」


 そう言って、ガジマルドはガハハと豪快に笑ってバンバンと俺の背を叩く。痛いんですけど。


「お前だって白髪交じりのオッサンだろうが」

「そうなんだよなあ。綺麗な赤髪にメッシュが入ってるみたいでいい感じだろ?」

「ほざけ」


 どこがいい感じなのだと細目で言えば、またガハハと笑う。

 変わってないなあ、こいつは。まるで十年前に戻ったようだ。

 同じ男ということもあり、女性陣二人よりも共に過ごした時間は長い。こいつになら背中を預けられると心から信じられる、無二の親友……大切な仲間だ。どれだけの時間があこうとも、会えばすぐに昔のような関係に戻れる。そのことが何より嬉しい。


「にしても、お前が今更旅に出るなんてな」

「俺は田舎でのんびり農業してたかったんだよ。こいつが来なけりゃ……」


 言って俺はシャティアを振り返った。キョトンとした顔で、俺達を見つめるシャティア。

 こいつが俺の娘だと知ったら、ビックリするだろうなあ。

 コホンと咳払い一つして、俺はガジマルドを見た。


「信じられないだろうがな。こいつは俺の……」

「よお、久しぶりだなシャティア!」

「お久しぶりです、ガジおじさま!」


 俺の娘。

 最後まで言わせてもらえず、俺の目の前でシャティアがガジマルドにギュッと抱きついた。な、なんだとお!?


「え、なに、お前ら知り合いなの?」


 なんで? と目を丸くしたら、シャティアを軽々と持ち上げたガジマルドが「エタルシア達とはずっと交流してたからな」と言うではないか!


「俺には十年音沙汰なしだったのに?」

「お前最初の五年くらいはフラフラして根無し草だったろうが。どこに居るかも分かんねえ奴とどうやって交流するんだよ」


 そう言われたらぐうの音も出ない。


「でもよお、なんか寂しい……」

「五年間、色んな女と関係もってたクズ野郎のことなんざ知るか」

「胸をえぐってくるなあ」

「お前の胸なんざ興味ねえよ」


 言って、シャティアを下ろしたガジマルドは、分厚い胸板をムンと張る。それを脱力しながら見つめる俺であった。


「シャティアは赤ん坊の頃から知ってるぞ」

「マジかよ」

「あの二人と関係もってたのにもビックリだが、お前の子供を産む気になったあいつにもビックリだ」

「つまりお前は、シャティアの産みの母がどっちか知っているんだな?」

「そりゃ知ってるだろうさ」

「どっちだ!?」


 最初は興味なかった実の母だが、さすがにこう焦らされると気になって来る。

 が、アッサリ「教えねえ」と断られてしまった。だよな!


「あの二人に会いに行って、答えを知るのが旅の目的だろ?」

「一応シャティアを送り届けるのが一番の目的のつもりなんだがな」

「送り届けてどうすんだ? 一緒に暮らすのか?」

「まさか。俺はもといた村に戻って、農家のオジサンになるんだよ」

「じゃあシャティーの嬢ちゃんはどうすんだ」

「どうするも何も、俺なんかと一緒にいるより母親と一緒に暮らした方がこいつの為だろ」


 言ってシャティアを見下ろせば、彼女もまた俺を見ていた。その目にはなぜか不安が浮かんでいる。なぜ。


「なんだよ」

「……なんでもない」


 何か言いたそうにしているのに、何もないと言ってシャティアはどこかへ行ってしまった。見知った村だから大丈夫って話だが……


「これは、追いかけたほうがいいんだろうか」

「俺が知るか」


 俺の問いにつれない返事のガジマルド。が、不意にヌッと現れた大きな女性。それはガジマルドの嫁さんだった。


「久しぶりだね、レオン」

「あ、ああ。久しぶりササラ」


 ヘラッと笑う俺に、俺より高い目線から見下ろしてニカッと笑う。


 俺らが冒険している途中で知り合ったこの二人は、魔王討伐の旅の途中だってのに、いきなり結婚したんだよな。ガジマルドはこれから魔王城という死地に赴くんだぞ!? と思ったのだが、あれよあれよと子供まで作って、村に残したっけ。

 魔王討伐の旅の途中で、時折届く手紙。そこに書かれた家族の様子に、いつも目を細めていたガジマルド。


 一人の女性を愛し続ける奴のことを、ある意味尊敬したものだ。

 解散後は当然のようにこの村に戻ったもんな。


「子供心が分かってないねえ」


 そう言うササラは、一体何人目の子供だ? と首をかしげたくなる状況……つまり彼女は赤子を抱いている。お盛んなこって。と苦笑する俺に、ビッと俺の背後を指さした。


「あれは追いかけて欲しいって顔だよ」

「え、そなの?」

「そうなの!」

「いやでも、ヘタに刺激しないほうが……」

「早く行きなさい!」

「はい!」


 有無を言わせぬ気迫でもって怒鳴られて、思わず伸びる背筋。

 横で苦笑するガジマルドをギロッと睨んでから、俺はシャティアを追いかけた。

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