3、

 

 やっぱり馬は早いなと、あっという間に目的地である森に着いて、しみじみ思う。街に着いて早々にオッサンに掴まってしまったから探せていないが、あの街にいい馬が売っていたら良いのだが。でもって、子供でも扱いやすい馬が居ることも同時に願う。

 俺の腕の間には小さな体がスッポリ収まっている。一人で旅してしっかりしていても、まだ7歳。子供なんだよなあ。

 随分と生意気なことも言ってくるが、守ってやらんとな。……これははたして元勇者としての正義感からなのか、それとも父性というやつなのか。

 どっちなんだろうなあと首をかしげていたら、腕の中のシャティアが「あ」と声を上げた。


「レオン、あれじゃない?」


 ようやくパパと言いかけることは無くなったかと、なんだか寂しいなと天邪鬼なことを考えつつ、俺は彼女が指差す方角を見やった。そこには大きな洞窟がポッカリ。いかにも『何かが住んでます』的な洞窟だ。

 魔族ならともかく、魔物ならばこういった場所に住んでいてもおかしくない。農作物を荒らすような奴なのだ、知能の低い獣レベルな魔物なのだろう。もしくは本当に獣で、驚いた住人が勝手に魔物だと思い込んだか。

 どちらにしろ、いくら腕が落ちているとはいえ、俺の相手ではなかろう。


 俺は馬から下りて、洞窟の中へ向けて手をかざす。


「なにするの?」

「わざわざ虎穴に入る必要もないだろ。こっから魔法をぶっ放す」


 言って手のひらに魔力を集めたら、「ちょ、ちょっと!」と慌てた様子でシャティアが声をかけてきた。

 それから危なっかしい様子でどうにかウンショと馬から下りたシャティアは、俺の手を掴んで邪魔をする。


「おい危ないぞ、なにするんだ」

「駄目よ! もしかしたら男の人が生きているかもしれないのに、そんな危ない魔法、絶対駄目!」

「いやでも、生存の可能性は低いだろ」

「低くてもゼロじゃないなら、駄目!」

「ちっ、めんどくせえなあ」

「なにさ、魔物が恐いの!?」


 そんな下手くそな挑発に誰が乗るか。肩をすくめて、さてどうするかと思案する。

 獣だか魔物だかが男をさらってから時間は随分経っている。生存の可能性は限りなくゼロに近い。とはいえ、確かに生きている可能性も否めない。シャティアの言っていることは、至極真っ当だ。だがゼロに近いのに、わざわざ魔物の巣に入るのは嫌だな……と思うのは、なんか洞窟の中が汚そうだから。

 俺、こう見えて綺麗好きなのよ。冒険中は風呂なんて入れないから、真冬に氷で体拭うのとかマジ地獄だったっつーの。


「入らなきゃ駄目?」


 後ろを振り返れば、シャティアが恐い顔で「駄目」と言ってくる。それを見て深々とため息をつく俺。そんな俺の様子に「それに」とシャティアが言葉を続けた。


「もしかしたら、魔物にも何か事情があるかもしれないでしょ?」

「事情ってなんぞや」

「例えば、魔物には幼い子どもがいて、育てるためにやむを得ず農作物を奪ったとか」


 実に子供らしい純粋な発想である。たとえそうだとしても、人間さらうのはまずいだろ。


「育てるために人間さらうか?」

「そ、れは……」

「人間も餌ってか?」


 うわ、考えたらグロいな。まあ魔王統治時代は、残虐な手で人間を殺す魔物や魔族は大勢いたけど。魔王を倒してからは、そういった行為はとんと聞かなくなった。トップがいなくなるだけで、随分変わるものだと思ったものだ。


 とはいえ、今回のようにちょっとした衝突はやはり各地で起きている。だからこそ冒険者という職業は無くならないのだが。


「子育て、ねえ……」


 そういう可能性もあるのかね。そう思った時だった。


「あら、いい勘しているわね、お嬢ちゃん」


 声が聞こえた。


「誰だ!?」


 誰何の声を上げ、同時に剣を抜き放つ。間を置かずに、声のしたほうを見上げる。そう、声は頭上──生い茂る木々の上から聞こえたのだ。

 案の定、そこに一人の女が見えた。


「お前……魔族か」

「そう言うあんたは冒険者ね」


 木の枝の上に器用に立つそいつは、そのまま下へと飛び降りてきた。背にある翼を使って、文字通り『飛んで』下りたのだ。もうこの時点で、相手は人間でないことは明白。

 だが下りて目の前に立った魔族に、俺は思わず「わお」と声を上げてしまった。

 なぜって、ものすごい美人だったから。


「こりゃまた随分とお綺麗な魔族がいたもんだな。現役の時に会わなくて良かったぜ」


 魔王討伐の旅途中に会っていたら、倒さなくてはいけなかっただろうから。とは声に出さずに思うだけにしておく。


「現役? なに、あんた引退した冒険者なの?」

「まあな」

「たしかに随分老けてるわね」

「老け……納得してくれたかね」


 さすが魔族、グサリと胸にくる言葉を遠慮なく言ってくれるぜ。魔族関係ないか、女って恐い。

 魔王を倒した元勇者だってことは言わないほうがいいんだろうなと、なんとなく明言をさけた。

 さけたんだけど、「パパは魔王を倒した勇者なんだから!」とシャティアが暴露しちゃって全て水の泡。


「勇者?」

「わーお……シャティア、ちょっと黙ってろ」

「なんでよ! 隠す必要ないでしょ、パパ、きっとこいつは悪い魔族よ! パパッと倒しちゃって!」

「それはシャレか?」

「パパと一緒にしないで」


 それはつまり、俺はオヤジギャグを言うようなやつって言いたいのか。まあ言うけどさ。


「悪い魔族と決まったわけじゃないだろ」


 言いつつも、俺は剣を構えた。

 勇者時代に魔族とは嫌というほど対峙してきたのだ。魔族の多くは悪い考えを持っていたが、魔王支配下にあってなお、人と争うのを好まない、平和主義な魔族がいることを俺は知っている。

 魔王が倒れてからは、そういった連中が顕著に増えており、人間と魔族が共存している街や村もあると聞く。

 だから直ぐに斬りかかるなんてことはしないが、攻撃された場合はいつでも対処できるよう臨戦態勢に入った。


 女はそれを見て、「へえ」と面白そうに笑うのだった。

 

 黒い髪、青い瞳……は、見る角度によって紫にも黒にも見える。不思議な色を宿す目が細められ、赤い唇が弧を描く。妖艶な美女は口に指を当てて「興味深いわ」と呟いた。


「畑を襲った魔物をけしかけたのは、お前か?」

「違うわ」

「では?」

「そこのお嬢ちゃん、いい勘してるって言ったでしょ。この洞窟には、子育て真っ最中の魔物がいるのよ。とはいえこの森は子育てには適していない……獣も少ないこの森は、食料があまりに少ない」

「だから畑の場所を教えたのか?」

「まあ、ね。私が昔から可愛がっている子の、その子供が生まれたんだもの。手出しはせずとも助けてやりたいと思うのが情ってもんでしょ」

「魔族がよく言うぜ」

「魔族にだって感情はあるわよ」


 言って細められた目の中に宿る感情を見て、俺は剣をおさめた。


「パ……レオン!?」


 シャティアが驚きの目で俺を見る。対して俺は「大丈夫だ」と答えた。てか、お前またパパって言いかけただろ。


「あの目に敵意はない。もちろん殺気も。俺達を殺す気なら、はなから話しかけてこない」


 不安げに俺を見上げるシャティアを安心させるように言えば、ギュッと俺の腕にしがみついてきた。可愛いなおい!


「可愛いわね。その子、あなたの子供?」

「そうだ違う」

「どっちよ」

「どっちだろうな……いで! 俺の子だ」


 思い切り腕をつねられて、非難の目を向けた先でシャティアはプウッと頬を膨らませている。

 それに苦笑いしてから、俺は女魔族を見た。


「畑でさらった男……生きているか?」

「生きてるわよ。これは食べちゃ駄目って、止めたから」


 感謝してよね、と言われたが、そもそも畑を教えたのはお前だろうが。


「どこにいる?」

「洞窟入ってすぐよ」


 言われて驚く。バッと中に一歩足を踏み入れたら、なんのことはない、すぐそこに男が気絶して横たわっていた。影になっていて、見えなかっただけだった。


「あ!」


 やれやれと男が息をしているのを確認していたら、シャティアが声を上げた。


「なんだ」

「あそこ」


 シャティアが洞窟の奥を指差す。指し示す方向を見て、俺も「お」と声を上げた。

 それはまるで獅子がごとき姿。ふさふさの黄金の毛を持つ獣……いや、魔物二頭が仲睦まじげに寄り添って座っている。その目にかすかに不安げな色があるも、襲いかかってこないのは魔族の女が背後に佇んでいるからか、そもそも気性の荒い種ではないのか。まあ野菜食う草食だものな。

 どちらにしろ敵意のない魔物夫婦の足下には、子供と思われる小さな獣……のような魔物が三頭。あれが子供か。

 襲ってくることは無いだろうと判断して、俺は男を担いで洞窟の外に出た。と、何を思ってか、シャティアがタタッと魔物に向かって駆けていく。


「おい!?」


 なにする気だとさすがに焦る俺の目の前で、シャティアは「ごめんね」と言って、カバンからパンを差し出した。


「これあげる。……もう、街の畑を襲っちゃ駄目だよ」


 言って、これまた警戒心なく魔物のオスの頭を撫でる。魔物はそれを目を細めて気持ちよさそうに受け入れているではないか。


「あの子……モンスターテイマー?」

「の、ようだな」


 こんな状況を見せられては、もう疑いようもない。

 俺の娘はモンスターテイマーであることが確定した。


* * *


 

 よっこらせと御者の息子とおぼしき成人男性を、馬に乗せる。心なしか馬が心配そうにしている様子から、確かに間違いなく御者の息子なのだろう。

 落ちないように紐で縛ってから、さてととシャティアを振り返る。


「歩けるか?」

「うん」


 別に怪我してないもんな。とはいえ、結構な距離だ。俺だけなら早く行けるが、子供の足だと時間がかかるな。

 面倒だなと思っていたら、「私に乗る?」という声が。

 見れば魔族の女が自分を指さしていた。


「え、いや、そりゃ乗りたいけど、こんな真っ昼間のそれも外で? それ以前に子供の前ではちと刺激が……いでえっ!!」


 美女に「私に乗る?」とか言われたら、そりゃ想像するよな。想像するよなあ!?

 思わずモジモジしながら言ったら女に殴られた。「キモイ!」の言葉つきで。なんで!?


 涙目になって頭をさすっていたら、ふと視線を感じて下を見……たら、すっごい冷たい目でシャティアが睨んでいたから、慌てて上を見ました、まる。


「そういう意味じゃないわよ、このスケベ親父!」

「スケ……じゃあどういう意味だよ!?」

「こういう意味よ!」


 そんなに怒らんでも、と理不尽に不満を漏らせば、目の前で妖艶な美女が姿を変えた。その途中のグロさは置いておくとして、完成系は見るも感動、あっという間に目の前には美しき白馬が一頭。「黒い馬じゃないんだな」と言えば、「私は白が好きなの」と馬がしゃべる。さいで。


「すげえな……魔族って全員変身できるのか?」

「稀にだけど居るわよ。ウサギなんかに変身できる子も居るわ」

「そりゃ可愛いけど……意味あるのか?」

「空腹時に人間の家に行って、可愛い子ぶりっ子したら、野菜が貰えたってさ」

「魔族のプライドよ」

「プライドより食べ物でしょ」


 そりゃそうですけどね。なんか真面目に話してるけど、内容はすっごいくだらねえなと思っていたら、シャティアの体が浮いた。ギョッとしていたら、スッと馬になった魔族の背に乗る。


「ああ、その『乗る』ね」

「どの『乗る』を想像したのよ」

「……ご想像にお任せします」


 これ以上いったら墓穴を掘りそうで、そこは濁す。でもいいよな、白馬にまたがる美少女とか。シャティアは黙っていれば文句なしに美少女なんだよ。さすが俺の遺伝子。母親候補二人も美人だもんなあ。


「俺も乗っていい? 白馬の王子様を実演して……」

「歩け」


 言って、白馬はカッポカッポと歩き出した。待って冗談、嘘だから乗せて。

 しかし俺を無視して白馬は早足で歩き、御者のオッサンの馬もなぜか早足。

 その後を「待ってくれよおお!」と半泣き状態で追いかける俺であった。40歳に全力疾走はキツイ!!!!


 街に着く頃には、苦しくて俺の顔面崩壊してた。


「ぜはー! ぜはー!」

「うっわ、汗だくのオッサンキモイ」

「ぜはー! み、みず……」

「ミミズなら土の中に」


 そういうのいいから! 白馬はしゃべらず黙ってろ、そして頼むから水くれ!

 声にならぬ悲鳴を上げたら、シャティアが水筒を渡してくれた。俺の娘、マジ天使!


「……って、一口しか残ってないし!」

「飲んじゃった」


 訂正、俺の娘、マジ小悪魔。

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