2、
話は聞くけど、食事の後にしてくれと言ったら、ヒゲモジャおじさんは一旦退散してくれた。
でもって食堂を出たところで待ち伏せ。
「息子を助けてください!!!!」
想像してみてくれ、脂肪たっぷりふくよかな体を持ち、無精髭をボッサボサに伸ばした俺より年上のオッサンを。そのオッサンが、涙と鼻水垂らして俺に顔を近づけてくるんだぜ?
思わず殴り飛ばしても、俺は悪くないと思う。まあ厄介なことになっても面倒なので、すんでのところで踏みとどまったが。
とにかく落ち着け、どこかで座って話でも……と言ったら、家に案内された。
どうやらオッサンは御者の仕事をしているらしく、家の横には馬小屋があったり、家の前にはそこそこ立派な馬車がある。仕事はどうしたと聞けば、それどころじゃないらしい。
オッサンは、俺達に話を聞いてもらえることがとにかく嬉しいらしく、悲しいのか嬉しいのかよく分からん涙をダーッと流して、話し始めた。
「うえうぐ、ううう、うっくずびずぶ、ぐすっあう」
「うんうん、そうか。……なに言ってるか、さっぱり分からん」
とりあえず泣くのやめて、鼻水かんでくんない?
と思ったら、俺の横で「息子さんが魔物にさらわれたって言ってる」とシャティアが口を挟んできた。
「おま、理解できるのかよ。さすがモンスターテイマー」
「……このオジサン、モンスターなの?」
「まあある意味……」
オジサンを馬鹿にするなかれ、男ならいつかは通る道。とはいえ、涙と鼻水まみれでヒゲも汚れているオッサンは、モンスターと言っても良いと思う。顔洗ってこいって言ったら、なぜかヒゲまでそってきた。感情の上げ下げが凄いなこのオッサン。
まあいい、気を取り直して、ようやく落ち着いたオッサンの話を聞く。
「最近、知り合いの農家の畑が魔物に襲われているんです」
「あれか、作物を食われるとかそういった体の?」
「はい。知り合いが、丹精込めて作った野菜がようやく収穫ってときに、食い荒らされたと嘆いていました」
「ま、よくある話だわな」
そんなのは魔物に限った話ではない。獣だって、それこそ食うに困った人間だってやることだ。
だが知り合いの家の嘆きを見たオッサンの息子は、「魔物退治する!」と鼻息荒く立ち上がったんだとか。
「息子のその闘志に燃え上がる顔は、若い頃のワシそっくりなイケメンで、惚れ惚れしましたよ」
「うん、そういう余談いらない。あと話を盛るな」
オッサンの若い頃には興味ないし、どう頑張ってもあんたイケメンとは無縁だろ。若い頃イケメンで、激変してしょぼいオッサンになった俺が言えた立場ではないが。自分のことは言われるとグサッとくるけど、人のことはいいんだよ、人のことは!
とか思ってたらシャティアがジトッと横目で見てきたので、咳払い一つ。
「で、なんだっけ、息子がさらわれた? 魔物退治からなんでそんな話になるんだよ」
「息子さんもモンスターテイマーなんですか?」
大人の話に割り込むんじゃありません。なんて文句言う暇もなく、グイと顔を寄せてきたシャティア。
なぜ勇者がこんな子どもと一緒に? と一瞬面食らったオッサンは、だが律儀にも「違うよ、あれはワシと同じ御者……の見習いだ」と答える。
「じゃあもうとっくに食われてるんじゃ「わああああ!」うるさいよ、パ……レオン」
今「パパ」って言いかけたよな。踏みとどまって言い直したことは褒めてやろう。
だがその発言は、全然褒めれない!
俺は慌ててシャティアの首根っこ掴んで、涙目のオッサンから離れて娘にコソコソ怒鳴る。
「おっ前なあ! なに絶望的発言しようとしてんの!?」
「だって本当のことだもん。普通、魔族にさらわれたら直ぐに食べられちゃうでしょ?」
もん、じゃねえわ! 可愛く言っても、発言内容の不穏さは変わらん!
「だからってまだ死んでると決まってないんだ! 可能性がある限り、悪いことを考えるのはやめろ!」
「じゃああのオジサンのお願い聞いて、助けに行くの?」
「それは行かん」
「どうして?」
「絶望的だから」
「ほらあ!」
「だからって、それをハッキリ言うなっつーの!」
小声で怒鳴り合うという器用なことを二人してしていたら、「あのう……」と思ったより近くから声をかけられて、慌てて「はい、なんでしょう!」と大声で答える。答えて声の主が、オッサンではなく女性であることに気づいた。
それは20代くらいの若い女性。美人とはいかないまでも、程よく焼けた肌にうっすらソバカスがチャーミングな女性。赤い髪を三つ編みにして、赤ん坊を抱っこしている。
「えと……?」
「突然ごめんなさい。私、さらわれた亭主の妻……この家の嫁です」
言って、女性は頭を下げた。抱っこされた赤ん坊が不思議そうに俺の顔を見る。鼻膨らませてンベッと舌出しておどければ、キャッキャと笑う赤ん坊。可愛いなおい。
「あのオジサンの息子さんって、奥さんと子供いるんだ」シャティアが言えば、女性は頷いた。
まあ俺より歳上なオッサンの息子だもんな、それなりの年齢なのは当然だろう。
「はい。うちの亭主……あ、アカンと言うんですが」そりゃアカンわ、と呟いたらシャティアにベシッと手刀で叩かれた。親への暴力反対!
「アカンは情に熱い人でして。被害に遭ってる農家のかたは、夫が子供の頃から家族ぐるみで仲良くしている幼馴染のご家族なんです」
「なるほど、それで魔物退治に名乗りを上げたと?」
「ええ。幼馴染が言うには、一緒に畑で魔物を待ち構えていたら、幼馴染が襲われそうになったところを夫が庇ったと」
「じゃあ怪我を?」
「それはわかりません。ただ魔物はとても大きく、夫を口に咥えて走り去って行ったそうです。その時、夫は気絶しているのかピクリとも動かなかったという話です」
「そりゃアカンわ」もっかい言ったら、今度はグーで殴られました。暴力反対!
「お願いです、勇者様。私の夫を助けてください!」
うーむ、もう俺は勇者でもなんでもない、ただのオジサンなんだけどなあ。とはいえ、頼まれて断るのも気が引ける。何より若い女性にお願いされるなんて、男としてはグッとくるものがあるんだよ。
半分気持ちは固まっているとはいえ、煮えきらない俺にシャティアも「パ……レオン、お願い。赤ちゃんのパパを助けてあげて」と言って、俺を見上げてきた。あ、そういう縋るような目はやめて、弱いのよそういうの。
「じゃあ旦那さんを無事に助けたら、礼にデートして……いっでえ!」
冗談なのに! 安心させようとしたオジサンジョークなのに、本気で足を踏むとか酷くない!?
涙目でシャティアを見たら、ジトッと軽蔑するような白い目が俺を睨んできた。あ、これ、冗談の通じない純粋な子供心に、疑心の芽を植え付けちゃったやつ?
その推察は当たったらしく、シャティアは「もういい」と不機嫌そうにプイと俺から顔をそむけて、奥さんに向き直った。
「ご安心ください、私達が必ずあなたの旦那さんを助け出しますから!」
おーい、勝手に「達」って俺を入れないでくれる?
「いいよね、パ……レオン?」
「はい」
文句も反論も、子供にジロッと睨まれたら出ませんよ。俺はコクコク頷くしかできない。
「あ、ありがとうございます、勇者様!」
「いや俺、もう勇者じゃないんで」
「ありがとうございます、パレオン様!」
「俺の名前、レオンだからね!?」
シャティアがあまりに何度も言うから、俺の名前がパレオンになってるし!
結局魔物にさらわれた男性を助けるべく、俺は魔物の巣があると思われる村はずれの森に向かうのだった。
「行ってらっしゃいませパレオン様~!」
「どうか夫をお願いします、パレオン様!」
「あーうー、ぱれおんー」
駄目だ、オッサンも嫁さんも、赤ん坊にさえも俺の名前がパレオンと認識されてしまった。
「帰ったら、ちゃんと訂正しておけよ?」
「もういっそパレオンでいいじゃない」
「良くねえよ!」
母さんが俺のためにつけてくれた名前、改名する気はありません!
「あんまり生意気だと、馬から落とすぞ」
「できるものなら」
「……」
パカパカと蹄の音を立てて馬は進む。そう、臨時で御者のオッサンから自前の馬を借りたのだ。村はずれの森ってのは近いが、結構な広さがあるらしい。そんなに生い茂ってないから馬でも進めると貸して貰って、道中はとっても快適。
俺の前にシャティアがいなければ、なのだが。
娘との馬上旅にキュンした過去は遥か遠い。今や小生意気に反抗してくる娘は、あれかいわゆる反抗期ってやつか。
「ママはこんな人のどこが良かったんだろう」
とか聞えよがしに言ってくるからめんどくさい。さすがにこんな子供に怒るような大人気ない行為はしないが、ストレス半端ない。早く馬の乗り方覚えてもらって、別行動したい。
「パパって、ひょっとして女好きなの?」
「標準的に女好きだ。あとパパ言うな」
「標準ってどれくらい?」
「……少なくとも、お前みたいな子供ができるレベルには女好きだ」
「それって、もしかしたら他にも子供がいるかもしれないってこと? うわ、パパ最低!」
パパ最低。
世の父親にとって、どんな魔法や剣による攻撃よりもクリティカルヒットな言葉だよなあ。シャティアじゃなく俺が馬から落ちかけた。泣いてませんよ、ちょっと目にゴミが入っただけだから。
まあ他に子供がってのは有り得ないんだけどな。そりゃ魔王討伐後のモテモテ期に、たっくさんの女性と関係もちましたけどね。そうならないように細心の注意を払っていたし、金持ち勇者に群がる女性に本気になるわけもなし。
既成事実を作ろうとした女はすぐにその意図が分かったから、そういった輩とは関係もってない。伊達に勇者はやってない、当時は勘も鋭かったんだよ。今は鈍ってるけど。
絶対はないのだろうが、子供ができる可能性があるのはエタルシアとハリミだけなのは確か。そこは俺、誠実なのよ。複数の女性と関係もってる時点で、誠実ってなにさって話ではあるが。
「早く馬、一人で乗れるようになりたいな」
「なんだいきなり」
「だってパパと一緒の馬になんて乗りたくないもの」
泣いてませんから。ちょっと砂埃が大量に目に入っただけで、泣いてないから!!!!
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