第二章〜娘との旅路
1、
「さあさあ、これも持ってお行き、旅は長いんだから、いくらあっても困らないよ!」
「長い旅なんだから、荷物増やさないで欲しいんですが」
「あ?」
「すみません、なんでもありません」
睨まないで、怖い。
「シャティアちゃんは綺麗な髪をしているからねえ、この櫛持って行きな、オバチャンお気に入りのだよ!」
「旅に長髪は邪魔じゃね? いっそバッサリ切って……」
「はあ!?」
「冗談です、ごめんなさい」
凄まないで、泣く。
「成長期に栄養は必須だ! これは冒険者御用達の栄養ドリンク、これでオジサンも元気でなあ……」
「サージェンは少し元気を減らしたほうがいいんでないの?」
「あ゛あ゛っ!?」
「嘘です、ジョリジョリヒゲをこすりつけないで!」
痛いから!
なんか知らんが、俺とシャティアの旅が決まった途端に、世話焼き村人が群がってくるんですが!?
え、なに、この流れはつまり今すぐ旅に出ろと?
「せめて俺の畑の種蒔き終わってから……」
「安心しろ、おれがやっといてやる!」
「荷物もまとめないと……」
「安心しろ、その剣と金さえあればお前は十分だ!」
「替えの下着!」
「履くな!」
ちょっとみんな、シャティアと俺との扱いの差が激しくない?
結局、家に戻って最低限の荷物をまとめる俺だった。まあ久しぶりとはいえ、長年の旅経験があるからな。支度を済ませるのは早かった。
だってのに「遅い! レディを待たせるんじゃねえ!」とかひどくね?
「十分で用意した俺を褒めろ」
「十秒なら褒めてやった」
「下着一枚も入れられんわ!」
なんか旅に出る前から疲れた。
やっとこさ準備も済み、シャティアを見たところで絶句する。
「なにその荷物の山」
「皆さんが色々くださいました」
モジモジするシャティア。いやそこ照れるとこじゃないからね。
俺の目の前には、山と積まれた荷物。食料は勿論のこと、女の物の洋服とか何に使うかよく分からん小物とか。
旅するのにシャンプーなんぞいらん!
「こんなのどうやって持つんだよ」
「安心しろ、お前が持てば全て解決だ」
「ですよねー」
サージェンの言葉に、思わず棒読みになった。俺の目は笑ってない。
こんな田舎で、旅に使えるような馬はいない。全て仕事に使用する、重要な馬ばかり。つまり俺らの旅は基本歩きだ。どこぞの村か街で馬を調達するまで、歩くんですよ。
「お前勇者なら、飛行魔法くらい使えるだろ?」
「なにその勇者便利屋扱い」
「できないのか?」
「できません」
「んだよ、勇者ったって、使えねえなあ」
ねえ、ここまで勇者に冷たい村って、世界中見回してもここくらいだと思うんすけど!
へたに根付いて、気を許してしまったのが悪い方向へ作用してしまったってか。これが村人の俺への愛? そんな愛、肥溜めに捨てたい。
「飛行魔法は魔法使いのハリミしか使えなかったんだよ。それも結構な魔力を消費するから、ここぞという時にしか使わなかったし……」
「うん、ママ、時々お空飛んでくれたよ」
「シャティアを抱えてか?」
「うん。ビュンビュンって、気持ち良かった!」
そう言って無邪気に笑う姿は、やっぱり子供。俺に似た顔で、こんな爽やか癒しの笑みを浮かべられるのか。
「俺も爽やかに笑えるかな」
「無理だろ」
「即答て」
サージェンは俺に何か恨みでもあるのか?
「ハリミのことをママと呼んでいるのか?」
「うん、ハリミママとエタルシアママ。どっちも素敵なママなの!」
「ほうほう、さいで」
そこでふと気になっていたことをお願いしてみる。
「シャティア、俺のことはパパと呼ばずにレオンと名前で呼んでくれ」
「どうして?」
「どうもまだ慣れないというか……いきなり7歳の娘にパパと呼ばれてもこそばゆい」
「レオンパパ」
「だからパパはいらないって」
「ん~~~~……レオン……」
「そうそう、それでいい」
よしよしと頷いたら、俺の背後のサージェンが、「レオンバカ」と呟いたのはしっかり聞こえたぞこら。
「こんな可愛い子にパパと呼んでもらえる幸せが理解できないとは! 不憫なやつ!」
とかほっといていただきたい。
結局、山のような荷物は俺の収納魔法で全て異空間に収納されたのであった。
「なんでえ、便利な魔法持ってんじゃねえか。勇者便利だなおい」
だから勇者を便利屋扱いするのやめて。
「気を付けてな~!」
「達者でな~!」
「危なくなったらレオンを囮にして逃げろよ~!」
心配しているのかしていないのかよく分からん見送りを受け、俺とシャティアは旅に出る。俺にとっては実に五年ぶりの旅だ。
「さて、目的地はかなり遠いな。急がんとお前の母親が危ないんだっけか」
村が見えなくなったところで──つまりは静かになったところで、俺は少女に聞いた。
シャティアは俺の問いに静かに頷く。
「お医者様の見立てでは、もって二十年とか」
この世界の平均寿命60歳、俺40歳、多分あの二人も大差ない。
「それ、充分生きるんじゃないの?」
不治の病じゃないのかよ!
「命に関わるような病気じゃないんだって」
「……じゃあお前はなんで俺を探しに来たわけ?」
「それは……パパに会いたかったから」
会いたかったから
会いたかったから
会いたかったから
思わず三回リフレイン。
なんだろうな、こんな純粋な生き物と接するの、どんだけぶりかってくらいに、感動が凄い。
「シャティア、お前……」
何を言うか決まってない、でも何かカッコイイこと(…)言わなくちゃと、少女を振り返る。
が、居ないし。
え、居ない? そう、シャティアが一瞬で姿を消したのだ。
「ななな、どうした、シャディアどこ行った!?」
俺は今までずっと夢を見ていたのだろうか? それくらいに突然あいつは姿を消したのだ。
しかし右を見ても左を見ても、シャティアの姿はない。そうか、あれは夢だったのか。子供欲しい願望なんて無かったのに、潜在意識では望んでいたのか。
なんて思ってたら。
「パパ!!」
「!! シャティア!?」
夢ではなかった、あの子はやっぱり現実に存在したのだ。
声のしたほうを見上げる。そう、見上げる、だ。シャティアは俺の頭上にいた。
「──って、なんじゃその巨大な鳥は!」
シャティアはいた。ただし空を飛んでいる。飛行魔法ではない、巨大な鳥がこれまた巨大な足で、彼女の体を掴んでいるのだ。
「こ、この鳥、前に私をさらった……」
「ああ、あの、お前を遠くから運んだやつね。……って、ずっとお前を探してたのかよ」
なぜにそこまで固執する。魔物にとってシャティアは美味しそうなのだろうか。それにしてはすぐ食べないよな。
「助けてパパ!」
「お、おう」
あれこれ考えるのは後だ。おれは娘を助けるべく、すらりと剣を抜き放った。勇者の剣がキラリと光る。手入れ不要で常に万全の状態という、便利な剣である。さすが女神の剣。
その切っ先に魔力を込めてブンと振れば、巻き上がる強力な風。竜巻のようなそれが巨大な鳥に向かった。
鳥ってのは大きかろうが魔物だろうが、強風の中を飛ぶことはできない。案の定バランスを崩した奴は、掴んでいたシャティアを落とす。
「おっと」
落ちてくる少女を難なく受け止めたところで、ギイと叫び声を上げて俺に飛びかかってくる鳥の魔物。
しかし俺は少女を横抱きにしていて両手が塞がっている。ではどうするのかって? 答えは簡単。
ギロリと睨むんだよ!
「──ギッ!」
睨む先では、その鋭い爪が俺に届くことなく、戸惑うようにその場で羽ばたく魔物。その表情は明らかに怯えている。
「失せろ」
長いセリフはいらない。端的にそう言って、殺気を込めた視線を向ければ……「ギィアッ!!」魔物は叫んで逃げて行った。
「ふう、やれやれ……」
「凄い……」
一連の流れを見ていたシャティアは、俺の腕の中でそう感嘆の声を上げるのだった。
良かったあ、まだ勇者としての気迫残ってたあ! あれで去ってくれなかったらマジでどうしようかと思ったよ。だって俺、両手塞がってるし!
……と思ったことは内緒である。父としての威厳大事。
どうにか無事に、無傷で魔物を撃退できたと思ったわけだが。
ことはそう簡単には終わらない。
その後も、何度も魔物が襲ってきては、その都度シャティアをさらおうとしたのである。
なんなのこれ。
* * *
「さて、質問です。本日何回魔物にさらわれたでしょう?」
質問するのは俺。目の前には困った顔してるシャティアが座っている。夜ということで焚き火を挟んでの食事中のことだ。
ちなみに夕飯は、村のオバチャンが「持っていきな!」と言って持たせてくれた料理。腐らないのかって? 便利屋勇者の収納魔法は、時を止めた世界に物を保管してくれるので大丈夫! 自分で便利屋と言っていたら世話ないが。オバチャンの飯うめえ。
頬張りながら質問したら、シャティアはモグモグゴックンしてから答えた。お行儀いいねえ。
「ええっと、七回?」
「八回です」
「あ、そっか」
「そっかじゃなーい!」
なに、『間違えちゃった、テヘペロ』みたいな可愛い顔してんだよ! そうじゃないでしょ、これはクイズ大会じゃないんだから!
「サラッと聞き流してた俺も悪いんだけど、俺に会いに来る道中も、たっくさんの魔物にさらわれたようなこと言ってたよな?」
「うん」
「即答かい。で、そいつらに食われそうになったとか、危害を加えられそうになったとかはないのか?」
「無いよ」
その返答に、俺は思わず考え込んだ。
そうだよなあ、俺が助けた時も魔物はシャティアを担いではいたが、危害を加える様子はなかった。つまり魔物は、シャティア自身に執着しているが、害するつもりはないと。
導き出される答えは一つ。
「お前、モンスターテイマーか」
「なにそれ?」
「魔物使いってことだよ」
「だったらそう言ってよ。似合わない言い方しないで」
「言い方に似合う似合わないって、ある!?」
女の子って口が達者だよなあ。それも7歳ともなれば、結構キツイ。子供だから思ったことズバッと言ってくるので、結構胸えぐられる。俺が女だったら確実にAカップな胸になってるぞ。
「Aカップってなあに?」
「子供は知らなくていい」
思わず声に出ていたし。
「にしても、無自覚テイマーかあ……お前のママ達は気づいてなかったのか?」
「うん。だって旅に出る前は、こんなこと無かったもん」
「ま、僧侶エタルシアがいたら、魔物は寄ってこないもんな」
彼女の魔物避け魔法は凄かった。低レベル魔物が寄ってこないはずが、ドラゴンとか上位魔物すら寄ってこなかったんだから。つまりエタルシアがそれだけ規格外に強かったと。
その僧侶エタルシアと一緒にいたのだ。いくらテイマーでも魔物がいないんじゃ、その能力に気づかなくてもおかしくはない。
「勇者と、僧侶か魔法使いの子供……がモンスターテイマーねえ。遺伝子っておもしれえな」
「面白いの?」
「いやまあ、単純に凄いと思うぞ」
「そうなの? やったあ!」
凄いと思うと言えば、素直に喜び嬉しそうに笑う少女。いやホント可愛いな! 父親なんて嫌だと思っていたけど、なかなか悪くないんじゃないか?
「ねえパパ」
「レオンだ」
悪くないけど、それはそれ、これはこれ。パパと呼ばないで。
「パ……レオン」
「うん、なんだ」
「どうやったら魔物と仲良くできる?」
「仲良くなりたいのか?」
「見た目が恐くないやつなら……」
「スケルトンとか連れて歩いていると、悪者が寄ってこないんじゃないか?」
「それ以外の人も逃げるから嫌だ」
「贅沢な。本当は恐いから嫌なんだろ?」
ニヤニヤして言ったら、水筒が飛んできて俺の顎にヒットした。痛い。女の子って難しい。
翌日もひたすら歩き、寄ってくる魔物を撃退しての旅路。ゴールは遠い。
ようやく街が見えてきたのは、昼過ぎだった。
「あーやっと着いた! 馬はいるかな……」
あえて大きな街を選んだのは、移動用の馬をゲットするため。金ははるだろうが、なに心配ない。俺は金持ちだから!(どやさあ!)
「私、馬乗れないよ」
「おーう」
それは困った。俺と一緒の馬に乗るかって? それはさすがに御免こうむる。そんな親子みたいなこと……
「パパと一緒に馬乗るの? 嬉しいな」
そんな親子みたいなこと、嬉しいに決まっとるやないかい! 思わず涙流して拳握るわ!
なんなのこの子、小悪魔なの? 俺、娘に誘惑されているの?
なんて阿呆なこと考えている間に、目の前には街の入口が迫ってきた。
「あー疲れた、とりあえず宿で休みてえ」
馬はとりあえず後だと、疲れ切った足を引きずるようにして宿屋の受付へと向かった。
「これは勇者様、光栄です! どうぞこちらにサインを!」
「あ、サインは断っているので……」
「いえ、これは宿泊契約書の書類です」
「ですよねえ!」
いかん、魔王を倒して10年、もう勇者だからってちやほやされる時代は終わったんだ。恥ずかしい! と顔を赤くしてサインする。
それから部屋に荷物を置いて、ひとっ風呂浴びたところで食堂ナウ。
酒でも飲もうかなとメニューを見てたら、フッと影が落ちた。なんだと見上げれば、テーブルの横に暑苦しい巨体を持ったヒゲモジャのおっさんが立っていた。
「ええっと、何か?」
「おお勇者様! どうかこの街をお助けください!」
食事の邪魔はしないでくれと目で訴えたのに、残念ながらその意図は伝わらず、おっさんはいきなり頭を下げてきた。その勢い、テーブルに額ぶつけそうなくらい。
思わず俺とシャティアは、それぞれの食事を死守すべく、皿を持ち上げた。
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