4、

 

 騒然とする村人たちは、どうあっても俺を魔王を倒した勇者だとは認めたくないらしい。

 勇者だすげえ、ってもてはやされるのにもウンザリしての引退余生だったわけだが、こうやって「お前は勇者じゃない!」と言われると悶々となるのはなぜだろう。

 そうなると逆に「俺は勇者だ!」と言いたくなる不思議。


「レオン、お前本当に勇者なのか?」


 半信半疑の目を向けてくるのは、酒場の親父にしてこの村一番の腕っぷしなサージェン。半信半疑……つまり半分信じかけているのは、先ほどの俺の戦いっぷりを目の当たりにしたからだろう。ほとんど誰も見てないと思ったが、指揮をとるサージェンは見ていたらしい。


「その剣……伝説の勇者の剣ってやつか?」


 そう言って、未だ正座している俺の横に置かれた剣を指さす。俺は「ああ」と答えて、それを手に取り立ち上がる。


「これは女神の剣……今や勇者の剣と呼ばれるやつだよ」

「マジで?」

「大マジで」

「賭けるか?」

「いや何を!?」


 そこまで信用できないか!? ド素人でも分かるほどに神々しさと威厳を兼ね備えた剣を前に、まあだ信用できないと言う金。違った、言うかね。思わず守銭奴が出たわ。「寒い親父ギャグでしょ」とか言うのやめて、そこの村娘さん。


 顔が引きつる俺を前に、サージェンは深々と溜め息をついた。それはまるで、何かを諦めるかのような。


「しょうがない、百歩譲ってお前を勇者だと認めてやろう」

「百歩も譲ってもらわないと勇者と認めてくれんのか」

「お前、今の自分が勇者に見えると思うか?」

「思わない」

「千歩譲ってないだけマシと思え」


 マシと思います。

 まあ認めてもらえたんだから良しとしよう。何が? と思わなくもないが、良しとしておけばいいんだ。

 そして俺は自身にかけた魔法を解いた。途端に変わる俺の容姿。おお……と少なからず感嘆の声が上がったので、ちょっと気分いい。


「すげ、本当に金髪だったのな」

「さすがに白髪が混じってるわね。金髪だから分かりにくいけど」

「目も真っ青。だってのに濁った青ね、心根が映し出されているわ」

「顔の皺はむしろ魔法で消せよ」

「年を取るって残酷」


 なんなのみんなして? 俺をこき下ろして泣かせたいのかよ、泣くぞ。


「泣くぞ」

「40のオッサンの涙なんぞ、どこに需要があるんだ」


 サージェンの言葉に本気で泣こうと思いました!


「パパ」


 もうグダグダだなと思っていたら、不意にかけられる声。

 俺と村人の視線が、声の主に集中する。村中の視線を一身に浴びながら、動揺することなく少女は俺を真っ直ぐ見つめていた。


「返事を聞かせて」


 俺の変化──と言っても、髪と瞳の色が変わっただけだが──を目にしても、顔色一つ変えない少女。本当に母親から俺のことを色々聞かされていたのかもしれない。……その母親が、はたして誰だって話なんだが。その答えを目の前の少女は条件付きで教えてくれると言う。


 返事を聞かせてと言う少女。返事、それはつまり一緒に旅をしてほしい、という要望に対する答えだろう。

 しかし俺はう~ん、と顎に手を当てて考え込む。

 そして「嫌だ」と即答したところで後頭部をサージェンに殴られ、サージェンの嫁さんに尻蹴られた。なんなのこの暴力夫婦!


「どうして嫌なの?」

「いやさ、だってよ、お前と一緒に旅する理由、ないだろ?」

「ママのこと、知りたくないの?」

「別に」


 言った瞬間、しまったと思った。なぜなら目の前の少女……シャティアが悲しそうな顔をしたから。それまで無表情だったというのに、急な変化にさすがの俺も動揺してしまう。


「ママはパパのことを愛していたって言ってたよ。パパは違うの?」

「えーっとうーんと……いでえ! ……愛してました!」


 言葉の途中の悲鳴は、またサージェンの嫁に蹴っ飛ばされたからだ。俺、この話が終わる頃にはケツが終了してるんじゃないか?


「本当に?」首を傾げて聞いてくるシャティアに、俺は「本当だよ」と頷く。


 まあ嘘ではない。俺は確かに、僧侶エタルシアも魔法使いハリミも愛していた。普段は冷たい二人だったが、俺と二人きりになると優しくなるんだよな。あれか、ツンデレってやつか。ハリミは若干ヤンデレ入ってた気もするが。

 魔王を倒してしばらくは、戦士ガジマルドを含めた俺達四人は共に行動していた。が、次第に別々の道へ。半年も経つ頃には、全員と別れて俺は一人になっていた。つまり魔王を倒してから共に行動したのは半年足らず。

 その間に、俺は僧侶エタルシアと魔法使いハリミそれぞれと、関係をもった。……うん、わかる、最低なことしてるの俺にもわかる。少なくとも、今の俺にはわかる。だから冷たい目とか向けないでくれ。


 で、だな。俺の名声や金目当てで近付いて来る女どもと違って、二人は当然俺という存在に好意をもってくれていたわけだ。だって二人も名声と金は持っているのだから。私利私欲で俺に近付く必要はない。

 いつだって魔族や魔物と血みどろの戦いを繰り返し、ピリピリしていた冒険中とは違い、あの半年は実に平和だった。平和な旅を俺達は送っていたんだ。

 そうなると心に余裕が生まれるわけで。


 俺達はたくさんのことを話した。それこそ魔王討伐の旅路では一切話さなかったようなことを、たくさん。

 俺のこと、エタルシアのこと、ハリミのこと。ガジマルドの話は聞いた気がするが、全部忘れた。


 まあそんなこんなで、心の内を話しているうちに……男女が共にいるとそうなっちゃうってのも必然なわけで。

 エタルシアとハリミ二人と関係をもったのは、けして遊びじゃない。俺はそれぞれをちゃんと愛したんだ。だがそんな複雑な関係、長続きするはずもない。自然と解散したパーティー、いつの間にか一人になっていた俺。


 二人が共にパーティーを抜けると言い出した時、俺は彼女達を引き留めなかった。

 ガジマルドが何か言いたそうにして、けれど何も言わずに去って行ったのも、気にしなかった。


 一人は気楽だ、好き勝手やれる、と酒に女にギャンブルに夢中になった。


 気付けばもう長いこと、俺は一人。過去の関係もった女のことなど、名前も顔もほとんど思い出せない。……二人を除いては。つまるところ、やっぱり俺にとってエタルシアとハリミは特別だったってことだろう。


 だからシャティアが、二人のどちらかの娘ってのも疑いはしない。むしろ信用している。

 だが、正確にどちらかの子か知りたいかって言われると「別に」なんだよなあ。


「俺はエタルシアもハリミも愛していたけど、どちらがお前の母親かってことには興味ない。だから……」


 もう帰れ、そう言いかけた俺を遮るように、シャティアは慌てて「どっちもだよ!」と叫んだ。


「は? どっちもってなんだよ」

「二人はね、ずっと一緒に暮らしてたの。母さんが妊娠したって分かって、二人は一緒にいることにしたんだって! 二人は私の産みの親であり育ての親なの!」

「ああ、そういう……」


 あの二人が一緒にいたってのは驚きだが、まあそんなこともあるだろう。

 そして二人のどちらかが俺の子を産み、共に育てたってか。


「そうか」

「だから二人に会って欲しいの」

「うん、なんで?」


 なんでそうなる?


「悪いが俺にとっては、二人は過去のことだ」

「そうなの?」

「言っただろ、『愛してた』って。過去形なんだよ。二人と別れて何年経ってると思ってんだ。昔馴染みとして大事だとは思うが、愛しているかって聞かれたら今は違うと俺は答える」

「そうなんだ……」


 たとえサージェンに後頭部殴られようとも、嫁さんに尻蹴っ飛ばされようとも、俺は真実を伝える。下手に嘘言って期待させるのも気の毒だから。

 だから「もう帰れ」と告げた。


「二人の母親の元に帰れ。帰って伝えろ、元勇者の……かつての仲間だった男はすっかりくたびれたオッサンになっていたと。会う価値もないって伝えるために帰れ」


 言ってて悲しくなるが、まあ真実だ。シッシッと手で払ったら、その手をペシッとサージェンに叩き落された。もおお!


 シャティアは俯いていて、その表情はうかがい知れない。まだ7歳の子供がよく俺を探し出せたなと感心するが、運の良さは俺譲りってか。帰りはどうするか知らんが、来れたなら帰ることもできるだろう。

 話は終わりだと、踵を返す俺。突き刺さる村人の視線が痛いが、声をかけてくる者はいない。介入すべき…できることではないと思っているのか。


「もう……時間がないの」

「あん?」


 俺の背中にかけられたのは、シャティアのボソッと低い呟き。

 なんだと振り返れば……振り返ってドキッとする。彼女の目には涙が浮かんでいたから。


「ママ、もう余命短いの。病気は僧侶の魔法でも治せないって……お医者様にも延命はできても治療はできないって……だから、だからお願い」


 やめろそんな目で見るな。

 シャティアの目は、確かに俺の目にソックリだった。だが時に急に真剣になるエタルシア……死んだ目が生き返ったように輝くハリミにもまた似ていて……いや違う。その目が誰の目に似ているかなんて、俺が一番知っている。


『もう嫌だ! 俺に魔王なんて倒せないんだ! 俺は逃げる!』


 魔王城の直前、魔王の側近中の側近、強い魔族による猛攻撃に、弱音を吐きそうになった時。


『逃げてんじゃないわよ、弱虫! あんたが弱虫だってことは誰だって知ってんのよ! それでもここまで来たんでしょ? 弱虫なあんたが、ここまで来たんでしょうが! 逃げるな!』エタルシアが俺を真っ直ぐ見つめて叫ぶ。


『普段のレオンは信用できない。でも本当のレオンは大丈夫だって私知ってる。信用してもいいって、私は知ってるよ』ハリミが俺の目を見て言う。


『お願いだから、世界を救って』


 そう、二人が俺に言ったことを思い出す。

 あの時二人の目を見ながら、俺の脳裏には別の人物を思い出していたっけ。


『レオンは勇者だって、逃げないって、私は知っているよ』


 あれは、あの言葉は……


「母さん……」


 それは記憶の中の母。俺は母譲りの容姿をしていた。シャティアはかつての母の面影を思い出させる。

 神託が下ったと、神殿から迎えが来た。勇者として旅に出よ、と命じられて嫌だとダダをこねた、18にもなって情けないガキだった俺。母はそんな俺に言ったんだ。


『世界のための勇者じゃなくていい、私のための勇者として行っておくれ。お願い』


 私の世界を救っておくれ。

 母はそう静かに微笑んでいた。病床の母と別れるのは辛かった。案の定、旅の途中で母の訃報を聞いた。それでも俺は故郷に帰らず旅を続けた。母が願ったから。世界の平和を願っていたから。


『お願い』


 母の声を久しぶりに思い出した。

 目の前の少女が、思い出させた。


 もう一度、シャティアを見る。その目は必死で、嘘を言っているようには見えなかった。

 しばしの沈黙…ややあって、俺は短く息を吐いた。


「はあ、分かったよ」


 途端、パッと表情が明るくなるシャティア。


「ま、久しぶりに旅も悪くないかもな。でも二人に会ったら、すぐに俺は帰るからな」

「うん! ありがとうパパ!」


 まだパパと呼ばれるのにはなれないが、なに大した旅とはならんだろう。子供が辿り着ける距離なのだから。

 と思った俺の耳に、シャティアの声が届く。


「実はさっきの魔物にさらわれる前に、色々な魔物に掴まったの。最初は大きな鳥の魔物に掴まって、かなり長い距離を移動して。うまく逃げれたと思ったら、また別の魔物に掴まって、それからまた別の……で、最後はさっきの魔物に掴まっちゃった……」

「……ちなみに、どの辺から来たんだ?」


 恐る恐る聞く俺に、シャティアは現在地から遠い遠い……果てしなく遠い異国の名を上げるのだった。

 気が遠くなりかける俺。

 やっぱやめるって言おうものなら、俺のケツ、確実に終了するだろうな。あと頭髪も。

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