3、
無事に魔物百体を退けた村。奇跡的に怪我人少なかったな、なんて話をしていたのも今は昔。
現在の俺、村の真ん中の広場で正座させられています。
「えーっと、なんで?」
「質問するのは俺達だ」
正座しつつ見上げて聞けば、見下ろしてくるのはむさくるしい野郎ども達である。可愛い感じでチロッと見上げたんだけど「キモイ」の一言で片づけられました。ひどい、40歳のオジサン傷ついた。
「で? どこで子供をこさえたんだ?」
「さ~、どこだろうねえ」
サージェンの質問に首を傾げたら、思い切り顔をしかめた奴に顎ヒゲ引っ張られた。痛い、暴力反対!
「あの剣技はなんだ? お前、ただもんじゃねえな?」
「俺は買うと高いよ」
「そのただじゃねえっつーの!」
だから痛い! 俺の自慢のヒゲが抜けるだろうが!
「ただの無精ヒゲのくせに、なに言ってやがる!」
「このヒゲには俺なりのこだわりが……!」
「あるのか?」
「無いです!」
「頭のてっぺん剃るぞこの野郎!」
「やーめてー!!!!」
魔物の中でも末端の末端、低級すぎて無害なカッパな頭にしないで! 思わずバッと頭頂部を押さえたわ。
そんな俺を見て、深々と溜め息つく男共が数名。なんなんだ、失礼な。
「あんたねえ……」
不意に、女性の声がする。見れば村の女性陣が、固まって俺を睨んでいた。その目がとても冷たくて、『この最低下衆野郎』と語っているようでゾクゾクする。嘘ですガクブルものです。
氷の目と言えば、かつての仲間、僧侶エタルシアが得意(?)としていたっけな。魔法使いハリミは死んだ目を向けてきたから、ちと違う。あれもあれで、まあゾクゾクするが……なんて考えてたら「考えにふけるなんて余裕だねえ!」と言って、サージェンの嫁さんが俺の顎ヒゲを引っ張って来た。なんなの、夫婦そろって俺の自慢のヒゲを消し去りたいの!?
「ちゃんと思い出しな! この子は本当にあんたの子供かい!?」
言って、彼女は一人の少女を俺の前に立たせた。俺は正座したまま、その少女を見上げる。というか、正座してようやく視線が向かい合うって感じだな。
金髪碧眼の美少女は、長い髪を風に揺らして俺をジッと見つめている。その顔は、紛れもなく俺ソックリ……というか、俺の若い頃にソックリだった。10代の頃は中性的美形って言われてたものなあ。今じゃすっかりオッサンだけど。
俺のことを「パパ」と呼んだ少女に村は天地がひっくり返るような大騒ぎ。って、そんなに騒ぐようなことかあ? と思うが、ド田舎の村なんてこんなものだ。
なにせ娯楽と呼べるものがない。淡々と流れる日常に、時にこんなゴシップ的なネタがあったら、みんなして飛びつくのだ。刺激に飢える村人よ。
俺が凄い剣技をふるって、魔物のボスっぽいのを倒したとか。
瀕死の怪我してた奴が驚異の回復力を見せつけたとか。
そういうのはどうでもいいらしい。
今問題なのは、少女が俺のことを父親としていることが、なにより最重要な問題。
「こんな……どっからどう見ても美少女な子が、あんたの子供なわけないだろ!? あんたみたいにボッサボサできったない髪して、無精ヒゲ生やした男の! 目なんて見てごらんよ、この子の澄んだ瞳に対して、あんたの濁り切った目をさ! 何一つ似てないじゃないか!」
「わ~、なんか知らんが傷つく~」
泣いていいですか、俺、泣いていいですか。
「お嬢ちゃん、魔物にさらわれたショックでおかしくなる気持ちは分かるよ。でもしっかりおし、間違ってもこの男を父親だなんて思っちゃあいけない。本当のお父さんが悲しむよ」
「泣いていいですか?」
「泣いたら涙を目に戻してやる」
「よく分からんが恐い!」
意味が分からないが恐いこと言われたことだけは分かる。なんで? 俺、そんなに悪いことした?
「冗談はさておき」あ、冗談だったのね。目がマジだったので恐いです、女性の皆様。
「あんた、本当に身に覚えがないんだね? 子供をどっかで作った記憶、無いんだね?」
「え、ええっとお……多分……」
「なんだい、その多分ってのは。この子、年齢は七歳って話だか、あんたがこの村に来る前ってことになるけど。あんた女性経験は?」
「まあそれなりに……」
「どれなりだよ」
「ええっと……」
これ正直に答えて良い系? なんか正直に言ったら、すっごい事になりそうなんだけど。とりあえず頭髪を守ることを第一に考えるべきなんだろうか。
かつてこの村に来る前、それこそ魔王倒した直後なんかブイブイいわせてた俺。そりゃもう、いろんな女性と経験しましたよ。あんなこと、こんなこと、未成年に見せてはいけない聞かせてはいけないこと、たっくさんしましたよ?
でもそんなこと言おうものなら、俺、この村追い出されかねない。
チロッと女性陣を見たら、鬼の形相で睨んできている。これ言わないのが正解だな。
「俺は童貞です」
「アホか」
言ってみただけ、ちょっと言ってみただけ。なのにヒゲ引っ張らないで、マジで抜かないで! 今ブチッて言った、
ようやく解放された顎を撫でながら、俺は正座を崩すことなく、もう一度少女を見た。少女は無言で無表情のまま、俺をジッと見つめている。その表情、どこかで見覚えあるんだよなあ……。
「ええっと、キミの名前は?」
「シャティア」
「シャティア……そうか、シャティアか。偶然だな、俺のお袋と同じ名前だ」
脳裏に遠い記憶の中で微笑む母の姿。と思ったら、「だから私にその名前をつけたんでしょ?」と言われてギョッとする。
「ママが言ってた。パパは娘ができたら、母親の名前をつけたいって言ってたって」
「えええ……」
途端に女性陣の視線が突き刺さる。「やっぱりお前の子かあ!」って言ってるー!
しかしそこで俺は頭をひねらせる。はて? 俺が言っただって?
俺は昔のことをあまり語らない。というか、一度きりの情事な相手に、そんなことは一切話さない。過去に関係をもった女性の大半は、本当に肉体だけの関係だったのだ。
では俺が過去を話すような相手とは?
考えて、ハタと思い当たることに顔を上げた。
マジマジと相手を見つめる。
その顔は、間違いなく若き頃の俺。まるで分身のような姿に、自分を見ている気にさえなる。だがけれど、どこかしら違和感を感じるのだ。それはつまり、彼女の中に確実に母親の遺伝子もまた、入っているということ。
違和感は、その母親の部分だろう。
髪と同様に染めた俺の瞳。その色を戻した時の…真の姿な俺とそっくりな青い瞳。
けれどそこに浮かぶ感情は、分かりにくいけれど分かる。はた目にはとても冷たい、氷のような目をしていた彼女。……いや、違うか? 氷ではなく、死んだような目をしていたほうか?
どちらにも似ているし、どちらにも似ていない。
俺は混乱する。
「エタルシア? いや……ハリミ?」
かつて俺には仲間がいた。
共に旅をし、苦楽を共にした仲間達。
魔王を倒して今やバラバラとなり、連絡もとっていないので何をしているのか分からない。
その懐かしき友の気配を、確かに目の前の少女の中に感じ取る。
だが分からない。僧侶エタルシアと魔法使いハリミは、共に冷たい感じで表情が乏しいという共通点があったが、それらは全く異質なもので、二人は似ているようで全く似ていなかった。
だというのに、目の前の少女には、そのどちらにも似ている雰囲気を感じるのだ。
「どっち、だ……?」
「知りたい?」
「え?」
問う俺に問い返す少女。
眉をひそめる俺に、無表情のままシャティアと名乗った少女は首を傾げた。
「知りたいなら、教えてあげる。ただし、一緒にいてくれたらね」
「はあ?」
「私と一緒に旅をして。パパ」
少女の願いを理解できずにポカンとする俺は、よく考える時間も与えられずに村人に質問攻めにあう。
「エタルシア? ハリミ? その名はさすがに俺らでも聞き覚えあるぞレオン!」
「え、ていうか、レオンって勇者の名前で……でもって二人はその仲間で……」
「おいおいまさかレオン、お前自分を勇者だとでも言うんじゃないだろうな!?」
「なに言ってんだい、このバカ亭主が! こんな野暮ったい男を、あのイケメンと名高い勇者と一緒にするんじゃないよ!」
「そうだよなあ、このレオンがあのレオン様なわけねえよなあ」
「そうよ、イケメンに失礼よ!」
「そうだなイケメンに失礼だな!」
……とりあえず俺、泣いていいかな。
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