2、

 

 剣をしばらく見つめてから鞘に戻し、かつてのように腰に差す。防具は無いが、まあ大丈夫だろう。所詮は魔物程度。どれだけ束になってかかってきたところで、俺の敵ではなかろう。

 と言いたいところだが、なにせブランクがありすぎる。それに今の俺には援護してくれる仲間はいない。サージェン達はちょっと腕っぷしに自信があるだけの、ただの村人。援護を期待することはできまい。

 それでも俺には確信がある。かつてピリピリと殺気渦巻く魔族との攻防戦を制した俺は、経験から分かる。おそらく今日の魔物は俺一人で余裕で倒せる相手だと。

 だがあまり手出しはせずに、基本は背後で構えるつもり。村人の命に関わるような事態になれば、目立たないようにこっそり援護しよう。


 チヤホヤされて鼻を広げていた時代は終わった。今の俺はひっそりコソコソ君が希望。

 そう心に誓って、俺は村の出入り口へと向かった。そこにはサージェンを筆頭に、大勢の──あくまでこの村にとっては、だが──野郎どもが集まっている。


「サージェン」声をかければ「おう、来たか」と返事……してからの眉をひそめるサージェン。


「おいおいなんだ、どっからそんな大層な代物出してきたよ?」

「ちょっとな」


 まあ当然の反応だろう。

 この村に初めて来たときは布にくるんでいたし、これまで見せたこともない女神の剣つるぎ。立派な装飾に、素人目にもただ物でないことは分かるだろう。

 どこからと聞かれても答えるつもりのない俺は、軽く肩をすくめる。それで更に追及してくるような村人がいないから、ここの村は実に居心地が良い。


「まず前衛は俺とお前らと……後衛と援護は……」


 魔物の襲来に慣れた村人は、テキパキと指示を出すサージェンの言葉に、反論することなく頷く。

 初参戦となる俺は、先ほど言われたように最後尾で待機が言い渡された。


「よし、敵はラルシアスの森から出て来たって話だ、行くぞ!」


 斧を掲げるサージェンに、村人が「おう!」と答えて一行は歩き出す。目指すは村はずれの巨大な森、ラルシアス。だがそこに辿り着く前に、先頭のサージェンが足を止めた。なぜなら既に、魔物がこちらへと向かってきているから。


 なるほど、その数ゆうに百を超える。これまで多くとも二桁いくかどうかの数だったのに、これは一体どうしたことか。


「ちっ、魔王が死んで激減していた魔物が、近年増加の一途をたどっているって話は本当だったのか」


 説明どうも。

 村人の一人が呟くように説明してくれたことで、俺も理解する。

 こんな田舎に住んでいると、世界の情報はなかなか入らない。稀にやってくる商人や旅人の話が、もっぱらの情報源。もしくはたまに大きな街に出向く村人の土産話か。

 どちらにしろ噂に疎い俺は、そんな事実を今の今まで知らずに生きていた。


 なるほど、魔王を倒して10年。時は流れ、魔族に魔物も現状に……魔王がいない今の世に適応し始めたということか。10年も経てば、激減していた魔物の数が戻って来ていてもおかしくはなかろう。

 こんな辺鄙な土地では、冒険者なんか来ることもない。わざわざ魔物を狩りに行く者もいないこの地で、密かに魔物が増大していたということ。


「おい、あれ、子供じゃないか?」


 現状把握に考え込んでいたら、不意に放たれる言葉に顔を上げた。村人が指し示す方向を見て、俺は目を見開く。

 そこには二足歩行の狼のような、それでいて熊より大きな巨体の魔物が佇んでいる。その肩には何かしらを担いでいる。そしてそれは、よく見なくてもすぐに分かる……子供であることが。


 ザワリと俺の心の中の何かが音を立てる。


「生きてるのか?」

「分からん。村の子供か?」

「どちらにしろ助けるのは無理だ。とにかく一体一体、確実に仕留めて……」


 あちこちから動揺の声が聞こえる。それを諫めるように、サージェンが「よし、全員配置につけ!」と声をかけると、ざわめきはピタリと止んだ。

 ザッと前衛後衛に分かれる。俺は最も安全な最後尾。誰からも注目されない、最適ポジション。


 右を見て、左を見て、前を見て。誰も俺を見ていないことを確認。

 直後「かかれ!!!!」サージェの叫びが上がると同時、前衛がワッと魔物に攻撃を仕掛けた。それを咆哮をあげて受ける魔物たち。あっという間にそこは血が飛び交う戦場と化す。


 ああ、思い出すなあ。剣を抜き放ち、俺は悠然とその場に立つ。見れば闘いに不慣れな後衛の面々が、状況についていけなくて震えている。手荷物クワや斧、剣がカタカタと音を立てていた。

 無理はするなよと心の中で告げて、俺は大地を蹴った。


 それは一瞬。既にピークを過ぎたとはいえ、かつて最強と呼ばれた勇者な俺の全力疾走は、ただの村人に見えるはずもない。

 一瞬にして俺は戦場を駆け抜け、目的の場所へと到達する。

 ザッと足にブレーキをかけて、俺は止まった。目的の目の前で。


「ガアッ!?」


 人の言葉ならば「いつの間に!?」といったところか。だが人の言葉を発することのできない魔物は、獣の叫びをあげるだけ。唸って叫んで、そしてその鋭い爪を俺に振り下ろすのだ。

 ギラリと自分の目が光るのが分かった。キラリと刀身が光ったのが見て取れた。


 それは一瞬。ほんの一瞬。

 光は走り、切り落とす。


 ボトリと音がしたほうに目を向けて、そこに自身の手が落ちているのを認めるまで、魔物は何が起きたか分からなかったであろう。

 他の魔物よりひときわ大きな体、もしかしたらこの集団のボス的存在なのかもしれない。

 誰よりも自分が最強と信じて疑わなかったその魔物。井の中の蛙な魔物は、今日初めて知るのだ。


「子供は返してもらうよ」


 つい先ほどまで自分の肩に担いでいたはずの存在。餌とするのか嬲りものとするつもりだったのかなんて俺は知らない、だが確実に命奪われることが見えていた子供が、俺の腕の中にある。

 それを見て、魔物は気付く。


 ──この世界には、自分よりも強い存在がごまんといることを。


 気付いてももう遅いけどな。

 既に子供を担いでいた腕は、俺に切られて地面に落ちた。雄たけびをあげて、反対の手で俺に襲い掛かる大きな手は、一瞬にして消えて無くなった。いや、正確には燃えて落ちた。俺の火の魔法によって。


「──!!!!」


 声にならない悲鳴をあげて、魔物が地面を転げまわる。

 それは周囲を巻き込み、巨大な魔物は小さな魔物を潰してなお、叫び転がり悲鳴を上げ続けた。

 その様を見ながら周囲に気を配る。誰もが必死に目の前の魔物と対峙し、誰も俺の様子を気にしてはいない。


(死人は出てないな)


 確認し、怪我人の中でも命に関わりそうな奴はいないかと気配を探る。大怪我をした者には、遠隔から回復魔法をかけた。かつての仲間、美しき僧侶エタルシアほどではないが、万能型の勇者な俺はある程度の回復魔法が使える。瀕死でなければそれで充分。死んでしまったら、エタルシアみたいに蘇生はできないから、とにかく死なせないことが重要。


 目の前の巨体な魔物がついに事切れるのを確認。周囲に気を配る俺の腕の中では、子供がスヤスヤ眠っていた。そう、子供は生きていた。どうやらまだ危害を加えられる前だったらしく、怪我もない様子。一体どこでどうやってさらわれたのやら。


「幸運だったな」


 とりあえず全てが終わったら、村長かサージェンにでも押し付けよう。

 そう思って、聞こえないであろうがと子供に語り掛けた。

 子供の金の髪がサラリと揺れたのはその瞬間。

 子供の瞳が開き、空より青い瞳がそこに広がっているのを認めたのは、その直後。


 どこかで見たことがあるような、ないような。その髪を風がなびかせ、俺の黒髪を揺らす。青き瞳が真っ直ぐに俺を射抜いた。魔法で染めた、俺の黒い瞳を、真っ直ぐに。


「……よう。起きたか」


 なんと声をかけて良いのやら分からない。ただなんとなくそう言ったら、子供はコクンと頷いた。


「幸運でした」


 まだ10にも満たないであろう子供が、囁くようにそう言う。美しい顔立ちは中世的で、性別判定が難しいなと思っていたが、声から女の子だと理解する。


「あなたに会えたこと、幸運でした」

「いや俺は別に……」


 気絶していたのだ、俺が何をしたかなんて分かるまい。だが少女はハッキリと言ったのだ。


「勇者のあなたに会えたこと、非常に幸運だと思います」

「お前……?」

「やっと会えた」


 俺を知っているのか?

 目で問えば、ニコリと微笑みが返って来る。それはどこか懐かしくて……けれど見覚えのない笑み。

 微笑んで、少女は俺を見上げた。


「やっと会えたね、パパ」


 俺の、人生お気楽設計が崩れ落ちた瞬間であった。

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