4、

 

「本当にありがとうございました! このご恩は一生忘れません!」

「忘れていいから、良い馬売ってるところ、紹介してくんねえ?」

「喜んで!」


 御者のオッサンに息子を引き渡したら、泣いて喜ばれた。背後では奥さんが慌てて旦那を介抱しているのが見える。目が合ったら、嬉しそうに笑って会釈してくれた。……うん、やっぱ良い事をした後は気分がいい。

 オッサンは報酬とか言って金を出してきたが、丁重にお断り。俺は金には困っていない、だって元勇者だから。世界一の功労者である元勇者だからね。

 その代わりにと馬の販売業者の情報を貰い、オッサンと別れを告げた。別れ際に「魔物はもう大丈夫でしょうか?」と聞くから大丈夫と答えといた。


 どうやらあの魔物の子供も随分と成長したらしく、長距離移動も出来そうな状態になったとのこと。


「もっと資源豊かな森を教えてあげたから、大丈夫でしょ」


 とは白馬に変身できちゃう、女魔族の言葉。

 可愛がっていたんだから、お前も一緒に行かないのか? と聞いた答えが、今目の前で白馬な姿してる状態。つまり魔物との別れを選んだということ。


「で、お前はどうすんの?」


 そんな立派な白馬を手に入れたのに、馬が必要なのかとオッサンに不思議がられた。俺のじゃないからと適当に濁しておいたが、まあ確かにずっとこの姿だったら助かるよなあ。でもこいつがずっと俺らと一緒にいるとは限らない。


「お前は……「エリン」へ?」


 質問の途中に割り込まれた。突如告げられた言葉に首を傾げたら、「エリン」と繰り返す白馬。


「私の名前。エリンって言うの」

「あ、ああそう。ならエリンはどうするんだ?」

「どうって?」

「いやだから……」

「一緒に行くに決まってるでしょ?」

「え、決まってるの?」


 いつ誰が決めたよと思うのだが、彼女の中では既に決定事項らしい。なんで。


「じゃ、俺らを乗せてくれるか?」


 どうせ「嫌よ」と言われるんだろうなと思っていたら、「いいわよ」と予想外な答えが返って来た。


「マジで!?」

「しかも私、翼を生やして飛ぶこともできるの。移動速度、尋常じゃなく早いわよ」

「マジかよ! おいシャティア、お前のママたちがいる場所まで、思ったより早く着きそうだぞ!」


 普通に馬で移動しても一年以上はかかると思われる道のりだったが、ここで光明が差す。飛んで移動ほど早い物はないのだ。

 興奮気味にシャティアに言うも、なぜか少女は浮かない顔だ。


「別に……エリンさんが疲れるから、普通の馬でいいよ」

「へ? なんでだよ」


 本人が構わないって言っているんだから、乗せてもらおうぜ! と言っても、シャティアはなぜか渋い顔。なんなんだ。


 人目につくのはまずいからと、一旦街を出て、人目のない場所に行く。

 そこで人型に姿を戻したエリンを前に、「俺らを飛ぶの大丈夫なんだろ?」と改めて聞いたら「大丈夫よ」と返って来た。


「ほらシャティア、大丈夫だって言ってるぞ。お言葉に甘えようぜ」

「……やだ」


 なんなんだよ、めんどくせえなあ、お子ちゃまは!


「なんでだよ。飛んで行けば半年もかからないぞ、へたすりゃ一ヶ月でママたちと再会だ。嬉しくないのか?」

「それは……嬉しい。けど嫌だ」

「なんでだ!?」


 子供心はオジサンには分からん! ましてや一緒に過ごした時間の短い娘の気持ちなど、分かるはずもない。

 頭を掻きむしる俺とは対照的に、エリンは「あらあら」と何かを理解している様子。なんだ、女同士なら分かる何かがあるのか!?


「エリン、俺にはこいつの気持ちが分からん。とりあえず、俺だけ乗せて飛んでくれねえか」

「なんでよ」

「こいつが行かないなら、俺だけ行って母親連れてくるほうが早いかなって」


 それに、と続ける。


「エリンちゃんと二人きりで旅とか、ドキドキしねえ?」

「私はイライラするわ」

「わお、ゾクゾク!」

「ムカムカ」

「ギラギラ」

「なにそれ」

「そりゃまあ、美女と二人旅ともなれば、男はみんなギンギンで……」

「死ねえ!」

「ほごお!?」


 途中まではエリンとの会話である。最後の死ね、だけがシャティア。叫んで、俺のケツにそこらに落ちてた木の枝をぶっ刺してきたのだ。なにすんだこらあ!


「おま、俺のケツの穴を広げる気か!?」

「下品なこと言わないで、パパさいてー!」

「おーおー、最低で結構! お前みたいなワガママ娘に言われたところで傷つかねえよ!」


 我ながら大人げないと思うのだが、半泣き状態の娘の顔に、しまったと思ってももう遅い。

 見る見るうちに、たまった涙がこぼれ落ちる。


「あわわ……泣くなって!」


 これが40歳の、元勇者の現状である。娘の涙を前にオロオロする、それが今の俺。

 魔王を倒した最強勇者でも、娘の涙には弱いんだよなあ。


「ふーん、なるほどねえ……」


 オロオロする俺と、泣くシャティアを面白そうに見ていたエリンが、一人納得したような顔をする。

 無言で涙を流すシャティアの前にしゃがみ込んだエリンは、どこからか取り出したハンカチでその涙を拭う。


「シャティアちゃん、ヤキモチ妬いてる?」

「……やいてないもん」

「あはは、そうだよね。シャティアちゃんはパパ嫌いだもんね!」

「……別に」

「じゃあ好き?」

「……」


 そこは無言なのな。ただ即座に否定しないってことは、それはもう肯定を意味する。

 大人な俺達はそれを理解し、俺はなんだか鼻が膨らみ、エリンは満足げに笑う。

 その笑顔の意味するところはとは?


「あ、なんだか体調悪いわ。シャティアちゃんくらいの軽さならいけても、大の男を乗せて移動は厳しいかも~。翼の調子も悪いから、飛べ無さそう!」


 いきなり言い出したエリン。


「はあ?」


 さっきと言ってること違わないか? と怪訝な顔をする俺に、エリンはウインクをする。

 それからシャティアを見て、「シャティアちゃん、お姉ちゃんも一緒に旅の仲間に入れてくれる?」と聞くのだった。


「おい!?」慌てる俺を無視して話を進めるエリン。

「お姉ちゃん、調子悪いから飛べそうにないの。だからこれまで通りに陸路で旅しようか?」


 その言葉に顔を上げるシャティア。涙は止まっている。

 キョトンとするシャティアに、エリンはニッコリと微笑んだ。


「予定通り、一年以上の旅になるけど、いいかな?」


 言われた途端、シャティアはパアッと顔を輝かせて「うんっ!」と頷くのだった。

 なんなのだ、感情の起伏がサッパリ読めん。

 首を傾げる俺を見て、すっかり仲良くなったシャティアを抱きしめながら、エリンは「鈍感」と呟いた。


 なんなの一体。

 

「7歳って微妙なお年頃だよなあ」

「なに、突然」


 パチパチと焚き火の爆ぜる音が、夜の静けさの中に響く。その前で胡座かいて座る俺の横では、毛布にくるまりスヤスヤと気持ち良さげに眠るシャティア。焚き火の向こう側では、エリンが水を飲みながら怪訝な顔で俺を見る。

 ユラユラと揺れる炎。その前に座る俺達の顔もまた揺れているように見えて、深夜ということもありなんだか不気味だ。

 余談だが、寝る前のシャティアに「草木も眠る丑三つ時……」とお約束な話をしたら「丑三つ時ってなに?」と聞かれて雰囲気ぶち壊し。ついでに「草木って眠るの?」とか言われて、眠る眠らないで真剣に論議したり。

 そういうのは置いといて、と気を取り直してとっておきの怪談話をしたら「パパなんて大嫌い!」と俺にクリティカルダメージを与えて娘は寝た。冒険中にゲットした、秘蔵の恐い話だったんだけどなあ……と、涙を浮かべて眠るシャティアの寝顔を見ながら言えば、「あんた本当に父親に向いてないわね」とエリンに言われたり。そんな騒がしくも静かな夜。


 魔王は倒しても魔物は闊歩するし、普通に獣が徘徊するからとエリンと交代で見張り。今は俺の番だというのに、エリンは寝ようとしない。寝ないなら俺が寝てもいいかな、駄目ですか、さようで。魔族はあまり寝ない? じゃあやっぱり代わってくれよ、面倒だから嫌ですかそうですか。


 こんな夜更けに魔族と無言の時間を過ごすのもなんだと話をふれば、不思議そうな顔をされてしまった。


「いやさ、7歳って微妙だろ。大人に近づいてはいるし、実際大人っぽい発言もする。かと思えばまだまだ子供で、幼くて、やることなすこと子供。大人と子供のはざまってやつだなあ」

「そうねえ。魔族はもっとゆっくり成長するから、7歳なんてまだまだ赤ん坊に近いものがあるけど……人ならたしかに中途半端に大人びている、微妙なお年頃かもね」

「早く母親に会いたいだろうに、なんでわざわざ時間のかかることをするかねえ」


 エリンがせっかく飛んで移動してくれるって言ってるのに。

 そうぼやけば、また「鈍感」と言われてしまった。


「にしても、あんたって本当に勇者なのね」

「なんだそりゃ」

「噂には聞いていたけど、私のような末端の魔族からしたら、魔王を倒したと言われてもピンとこないのよ」

「そういうもんか」


 ま、人間だって遠い地方のド田舎に住んでいたら、国王が死んだと聞かされても「ふ~ん」で終わるだろう。魔族だってそういうことだ。


「その剣、それがなきゃ、あんたただの野暮ったいオジサンで見過ごしているわ」

「ああ、なるほどね」


 腰から外した剣に視線を向けて、末端の魔族にも見過ごせないものなんだなと思う。さすが女神の剣。

 そこで気になっていたことをズバッと聞いてみることにした。


「なあ、エリン。お前さ、ひょっとして魔王の仇をとりたくて、俺と一緒にいるのか?」

「まさか」


 一蹴とはまさにこれ。

 頭の片隅にあった疑問が一瞬で蹴っ飛ばされる。


「私はむしろ感謝してるわよ。あの魔王、最悪だったもの。なんなのあの無意味に残虐なの。毎日一人は人間殺せって、どんなノルマだって思った」

「ノルマクリアしたのか?」

「それこそまさか! 私はそれまで人間の村で共同生活送っていたのよ。平和な地方のド田舎で、みんな仲良く楽しくやってたってのにさ。あいつのせいで魔族のイメージガタ落ち。おかげで村を出る羽目になったし。あいつだけは絶対許さないって思ってた。でも敵わないし、魔王に傾倒してる連中に見つからないように逃げる日々だったわ」


 なるほどねえ。

 そういや魔王討伐の旅の道中で、たまに森の奥地の洞窟で、ひっそり暮らしている魔族がいたっけか。俺等を見ても戦おうともせずに直ぐに逃げ出していた連中。ああいった連中は、エリンと同じような境遇だったのかもしれない。


「魔王が死んでようやく隠れ住む必要はなくなったけど……落ちた魔族のイメージはすぐには戻らない。結局ずっと一人孤独に生きてきたのよ」

「元いた村にも戻れず?」

「あの魔王が台頭して何百年経ったと思っているの? 私が住んでいた頃の人間なんて、一人も生きていない。そんな村に戻れるはずもないでしょ」

「そうか」

「そうよ」


 苦労したんだな、と言えば苦笑が返ってきた。


「それでも……やっぱり私は人間が好きなのよ。だから魔族の私と気にせず旅をしてくれてありがとう。魔王を倒してくれてありがとう」


 予想外の感謝の言葉に、俺は目を見開く。

 炎のせいか心なし顔が赤く見えるエリンに気づかないフリをして、「交代の時間だ、俺は寝る」と言って毛布にくるまった。


 まさか魔族に感謝されるとは思っていなかったな。年を取ると涙もろくなるぜ、と毛布で目元を拭うのだった。


* * *

 

 パチパチと焚き火の音が聞こえる。

 フッと目を開いて、俺はゆっくりと体を起こした。まだ夜は長く、空には満天の星が輝いている。

 ふと見れば、シャティアは相も変わらず夢の中。その横では「魔族はあまり寝ない」とか言っていたエリンが、寄り添うように眠っている。


「寝ないんじゃなかったのかよ」


 苦笑して、焚き火に目をやる。

 ……正確には、焚き火の向こうに、だ。さっきまでそこにエリンが座っていた場所。そこを見ながら「ま、お前の睡眠魔法にかかれば、どんな魔族であれ眠るのも無理ないか」と俺は話しかける。

 焚き火の向こうで、影が揺れた。


「よお、久しぶり」

「……そうね」


 声をかければ、ややあって返事が返ってくる。

 声の主は、水色の髪をかき上げる仕草をする。その前髪の下には、青空のように美しい青い瞳が焚き火を見つめていた。


 僧侶エタルシア。

 氷のような美しさを兼ね備えた、世界トップクラスの僧侶。

 かつて勇者パーティーに属していた、俺の仲間。


「どうやってここまで来たんだ?」

「ハリミの魔法に決まっているでしょ」


 世界で唯一、飛行魔法を使える大魔法使いの名をエタルシアは告げる。


「そのハリミは?」

「飛行魔法で空を散歩中」

「飛んでるのに散歩、なのな」

「それ昔も言ったわね」

「そうだっけか?」

「忘れたの? もう耄碌もうろくしたの、お爺ちゃん?」

「おじい……せめてオジサンにしてくれ。冗談だよ、覚えているさ」


 お前たちと過ごした時間は、いくつになっても忘れない。

 そう言えば、エタルシアは軽く目を見開いた。その無表情で美しい顔に、かすかな笑みが浮かぶ。俺の好きな、貴重な彼女の笑顔だ。それを引き出せたことに満足する。


 彼女は昔と変わらず美しい。


「お前は変わらないな。……いや、少しばかり皺と白髪が増えたか?」

「即死魔法かけてあげましょうか?」

「冗談だよ、お前は本気でかけそうだから恐い」

「それこそご冗談。勇者なあんたに即死魔法なんて効果ないもの」

「はは」


 俺が笑っても、エタルシアは笑わない。彼女の笑みは貴重で、だからこそたまに出るそれは美しいのだ。

 と、突然一人の人物が空から舞い降りた。

 視線を向ければ、魔力の強さを物語るかのように、紫の髪と瞳を持つ女性が立っている。そのままゆっくりとエタルシアの横に座り込んだ。


「久しぶり、ハリミ」

「……」


 懐かしいな、その無表情。エタルシア以上にハリミは感情を顔に出さない。無表情でありながら、その中には熱く秘めたる感情があって、それを読むのが楽しかったことを思い出す。


「なんだよ、久しぶりで照れてんのか……うあっちい!」


 言った直後、焚き火の火が強くなって、一瞬俺の前髪を燃やす。ハリミの魔法のせいだ。


「やめてくれよ、俺の綺麗な金髪がチリチリになるじゃないか!」

「どうせなら髪全体をチリチリにしてあげようか?」

「ますますオッサンくさくなるから止めてくれ」


 なんというか、本当に懐かしい。

 一緒に冒険していた頃は、この二人に塩対応されまくってたよなあ。

 魔王討伐後、それぞれといい感じになっても、基本この塩対応は変わらなかった。ベッドでは別人のようだったのに、なんて言おうものならマジで殺されかねないので、口にはしないが。


「こんな遠方まで来て大丈夫なのか? お前らのどっちか、不治の病なんだろ?」


 まあすぐに死ぬほどのものではないらしいが、それでもこんなホイホイ遠出していいのかと聞けば、二人して顔を見合わせる。なんだよ。


「ひょっとして、病は嘘とか?」

「それは本当。でもあなたがそんなこと気にするなんてね」

「なんでだよ。俺はそんなに冷たい人間じゃないぞ」

「私達二人と関係もって、捨てたくせによく言うわ」


 エタルシアの声は冷たい。これは怒ってるなあ……。


「捨てたって……お前らが俺と別の道を行くって、離れていったんだろ?」

「引き止めなかったじゃない」

「引き止めてほしかったのか?」

「……別に……」


 あ、これ、引き止めて欲しかったやつだ。なるほど、俺は女性経験は豊富でも、女心はよく分かっていなかったらしい。ずっと一緒にいた仲間だってのに。そりゃ二人が怒るのも当然というもの。


「悪かったよ」

「許さない。だからちゃんとシャティアと旅をして、私達のところまで来て」


 言って、エタルシアは立ち上がる。続いてハリミも。


「え? 迎えに来たんじゃないのか?」

「あなたと合流できたか、無事を確認しに来ただけよ」

「いやいや、大事な娘だろうが」

「大事だからこそ、あなたに預けるんでしょ」

「えええ……」


 なんだそりゃ、と思う俺の前で、エタルシアが眠るシャティアに目を向けた。心なしかその目は優しい。

 ああ、こいつでもこんな顔するんだなと、長い付き合いだってのに初めて見る表情にドキリとする。

 その横でもハリミが同じような表情をしていた。

 ……二人共、すっかり母親なんだな。


 しかしその目がシャティアの隣で眠る人物に向くと、途端に険しく鋭いものに変わる。


「まさか、魔族と行動を共にするなんてね」


 意外だわ。

 エタルシアの言葉にハリミも頷く。


「まあ成り行きで」


 悪いやつじゃないぞと言えば、「悪い魔族だったとしても、あんたの前で悪さは出来ないでしょ」とエタルシア。謎に信用されているんだよなあ。


 ちょっとウルッときてる俺の耳に「手を出したら殺す」なんて、ハリミの不穏な言葉が届く。


「……殺すって、どっちを?」

「聞きたい?」

「結構です!」


 聞かなくてもわかる、ハリミの無表情なのに殺気を感じさせる気配に、慌てて首を振る。こえーよ!


「九歳のガキがいるのに、18禁なことはしねえよ」

「どうだか」


 俺のこと、信用しているのかしていないのか、どっちなんだ。

 そんなに心配なら、シャティアを連れて帰れば良いものを。


 こいつらの思惑がサッパリ分からん。

 だが聞くべきことは聞いておくべきだと、立ち去られてしまう前に俺は問いかけた。


「病気なのって、お前らのどっち?」

「どっちでもいいでしょ。こうやって普通に動ける程度の、大したものじゃないわ。シャティアは子供だから、大袈裟に心配しているけれど」

「そうか、ならまあそれはいい。聞きたいことはこっちが本題。シャティアの産みの親はどっちだ?」


 その問いには返事がない。

 エタルシアとハリミは互いの顔を見つめ合う。それからゆっくりと二人して俺を見る。

 焚き火がパチッと音を立てた。


「「教えない」」

「え」


 二人揃って言われてしまえば、対する俺は戸惑うしかない。


「なんでだよ」

「それを知りたければ、私達のところまで来なさい」とエタルシア。「そのための旅でしょ」そっけなく言われる。

「シャティアと一緒に旅をして」とはハリミ。


「自分の娘としっかり向き合いなさい」


 そう言い残して、二人は飛んで行ってしまった。


「ちょ、おい、待てよおい!」


 静かな夜に俺の声が虚しく響く。あっという間に見えなくなった二人に「なんなんだよ」と呟くことしかできなかった。

 結局、シャティアがどちらの娘なのか分からずじまい。

 眠る娘の顔は、あの二人のどちらにも似ているし、どちらにも似ていない。あまりに俺の血が濃すぎて本当に分からない。


「……ま、いいか」


 あの二人の元へとたどり着けば答えが与えられるのだ。時間はたっぷりある、焦ることはあるまい。

 十年以上も気長に魔王討伐の旅をした俺だ、一年かそこらの旅など大したものではないのだ。

 頭を悩ませるのは得意ではない、今が平和ならそれでよし。


 見上げた空で、星が一つ流れた。

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