第三章〜滅ぼされた村

1、

 

 シャティアとの旅を始め、エリンという魔族が仲間になってから、はや一ヶ月。目的の地はまだまだ遠い。

 あの夜から、エタルシアとハリミの姿を見ることはない。あまり頻繁に来てシャティアに見つかるのを避けるためか、それとも何か事情があるのか……一応はどちらかが病気だってことだから、病状が芳しくないのか。

 はたまた、それだけ俺を信用しているのか。


 理由はわからないが、あの二人が来ると緊張するから、来ないなら来ないで平和で良い。

 おかげで旅は順調に進む。

 街で調達した馬の調子はすこぶるいい。値がはるだけのことはあった。


 俺の馬に並ぶように歩く白馬は、ご存知魔族のエリン……が変身した姿。その背には、我が娘シャティアが得意げにまたがっている。俺も一緒にまたがりたいです、と言ったら、二人して白い目で見てきたことも今は昔。俺は女性に白い目で見られる運命なのかな。


「ねえレオン、私の乗馬の腕、だいぶ上がったと思わない?」

「思わない。エリンがうまく歩いてくれているだけのことだ」


 ようやく「パパ」から卒業したシャティアの嬉しそうな顔をチラリと見て、俺は正直に思ったことを言う。


「あいたっ!」


 何かが頭に飛んできたと、二の矢が来たと同時に受け止める。それは先程通った森でゲットしたであろう、木の実。


「なにすんだよ」


 シャティアを睨んでみるが、頬を膨らませてプイと横を向くだけ。なんで怒んだよ、俺は本当のことを言ったまでだ。


「あんた、本当に女にモテないタイプよね」

「ほっとけ」


 白馬なエリンが冷たい目を向けてくるが、俺の厚い面の皮はその視線をキンと跳ね返す。

 シャティアの刺さるような視線も跳ね返したところで、水を口にする。と、空になっているのに気づいて、収納魔法で異次元にしまっておいた別の水筒を取り出す。

 食料も水も余裕があるが、このペースだと、あと数日もすれば心もとなくなるな。

 まあいざとなればエリンに飛んでもらってどこぞの村か街で調達すれば良いわけだが、できることなら普通の手抜きなしの旅をしたい。……というのが、シャティアの望みだ。


 ま、若い頃は苦労を経験しておくべきだと、俺も思うけどな。

 なればこそ、早く目的地に着いて色々調達したい。

 俺は白馬なエリンに目を向けた。


「なあ、本当にこっちで合っているんだろうな? 地図にもない村だぞ?」


 ここら一体は土地が干上がっていて、街はもちろんのこと村すらも存在しない。実際、地図には何も描かれていないのだ。だがエリンが「この先に隠し村があるよ」と言うから、それを信じて進んでいる。次の町まで一週間はかかろうかという旅程だったから、ありがたい。


「お前の言葉を信じて、水も食料も節約していないんだ。嘘だったら、飛んで買いに行ってもらうぞ?」

「本当よ。つい最近来たばっかりなんだから」

「ならいい」


 嘘をついている様子はないとみて、俺は前を向き直る。だが視線の先にを認めて、非常に嫌な予感がした。


「おい、エリン」

「なに」

「村はもうすぐか?」

「そうね、そろそろ見えてもいい頃だけど……」

「ちなみに、つい最近って、いつだ?」

「え?」

「いつだ?」


 怪訝な顔で(といっても馬顔だが)俺を見てくるエリンに、難しい顔で俺は繰り返し問う。


「三十年ほど前だけど?」

「……お前を信じた俺が馬鹿だった」

「なによそれ」


 魔族の寿命は数百年と長い。そんな奴らにとっての「つい最近」ほどあてにならないものはないと、俺は今学習したぞ。


 俺の言いたいことをエリンが理解するのは直ぐのこと。

 そこに踏み入れた瞬間、エリンの顔(くどいようだが馬顔だ)が曇るのが分かった。


「これは……」

「村の跡、だな」


 崩れ落ちた屋根、焦げた木々、壊れた石壁に朽ちた井戸。雑草で荒れ果てた地の中には、畑であったろうと推測される場所がある。

 それは滅んだ村。かつて人々が生きて生活していた村は、今や人気のない寂れた荒れ地となっていた。

 不幸中の幸いなのは、どこにも遺体の痕跡がないことか。

 逃げおおせたのか、それとも遺体が残らぬほどに……そこまで考えて俺は首を振る。


「嘘……前に来た時は、みんな元気に生活していたのに」

「その格好で来たのか?」


 問う俺の前では、魔族の姿に戻ったエリンが、呆然と村があった場所を見つめている。


「まさか。魔王……魔族に見つからないようにと隠れ住んでいる村よ。魔族の私が現れたら、村はパニックを起こすわ」

「じゃあ……」

「馬の姿でに決まっているでしょ。人間を虐殺する魔族から逃げる道程で、大怪我して空を飛ぶこともできず……飢えと乾きに限界を感じた時にこの村を見つけたの」


 怪しまれないようにと馬の姿で村に入ったエリン。いきなり怪我した白馬が現れるなんて十分怪しいが、もしかしたら村人は魔族にやられた冒険者の馬だと思ったのかもしれない。

 とにもかくにも、手当をしてもらい、水と食料(馬用だけど)を貰って生きながらえたエリン。


「あの時のお礼がしたかったのに……」


 言葉を失うエリンを、その横でシャティアが戸惑った様子で見上げている。

 エリンが最後に村の生存を確認したのが三十年前。

 俺が魔王討伐成功したのが十年前。

 その間なのか、その後の魔族の残党によるものなのかは分からない。

 もしかしたら、魔族は関係なくて人の……賊による仕業なのかも。


 経緯はどうでもいい、ただ村が滅んだという結果が重要。


「ごめんな」


 思わず出た言葉は、元勇者としてか、それとも……。

 

 しばらく村の跡地で立ち尽くしていたが、そんなことをしていても腹は減る。


「とにかくここでの物資調達は駄目になった。早く移動して次の村へ向かうぞ」


 そう二人に話しかけた時だった。


「魔族だ!」


 声が上がり、何かが飛んでくるのが見えた。それがエリンに当たる直前、伸ばした俺の手がそれを掴む。手を開いて見れば、それは石だった。


「おい、危ないだろ!」


 バッと振り返って見れば、戸惑いの色を浮かべた子供が立っている。シャティアと同じか少し下くらいの男のガキが二人。


「危ないのは魔族のほうだろ!」ガキが叫ぶ。

「なんで魔族なんかと一緒にいるんだよ! お前ら魔族の手下か!?」

「ちげーよ」

「じゃあなんで一緒にいるんだ!」


 魔王を倒したところで、そう簡単に人間と魔族が和解できるはずもない。ましてや、魔族に酷い目に遭ったならなおのこと。


「魔族はここを……俺達の村を滅ぼしたんだぞ!」

「それはいつのことだ?」

「五年前だよ!」

「そうか……」


 つまり、この村は魔王の死後に滅んだということ。子供の言葉が本当ならば、元凶は魔王を崇拝していた魔族の残党といったところか。


「お前ら、村の生き残りか?」


 俺の問いに、ガキが二人揃って頷く。


「そうか」


 村そのものは滅んで住めなくなったが、生存者がいたことに安堵する。

 俺は二人に近づいた。


「く、来るな、悪者!」

「わる……俺は別に悪者じゃねえよ」

「だって魔族と一緒にいるじゃないか!」

「こいつはいい魔族だ」

「魔族にいいやつなんていない!」


 相手は子供だ。村を滅ぼされ魔族を恨んでいる子供に、理解しろとは思わない。そこはエリンも分かっているのだろう、沈痛な面持ちで黙っている。

 そうさ、相手は子供、なにも分からない……分からないまま相手を平然と傷つける存在なのだ。


 だから俺ら大人がそれを正さねばならないのだ。

 未来のために……人と、魔族の未来のために。


「来るなってば! 刺すぞ!」


 無遠慮に近づく俺に恐怖を感じたのか、不意に子供の一人が短剣を取り出した。おいおい、なんつー物騒なもんを子供に持たせるんだよ。……いや、彼らにとってはそれが当然なのかもしれない。魔族に酷い目に遭わされて、不用心でいられるはずもないのだろう。


 そのことがわずかに俺の胸を痛める。視界の隅で、心配そうに俺を見つめるシャティアが見えた。

 大丈夫だと安心させるように微笑んでから、またガキどもに向き直り、ザッと手の届く距離に立つ。


「く、来るな! 刺すからな、本気だからな!」

「刺してみろよ」


 怯える目で……震える手で短剣を握る子供を見下ろして、俺は無表情で言う。その気迫に、子供はビクリと体を震わせた。ズイと更に俺は距離を縮める。

 短剣の切っ先が、俺の腹部に当たる。


「ほら」

「う……」


 促す俺を見て、青ざめる子供。直後、カランと音を立てて、短剣が地面に落ちた。それを俺が拾い……


ザクッ


 音に体を震わせて、子供二人は腰を抜かして地面にへたり込んだ。

 二人の前には、地面に深々と突き刺さった短剣。


「覚悟がないなら、剣を持つな」


 そう言うと同時。


「う……うわあああ~~~~~ん!!!!」


 ガキが二人して、勢いよく泣き出したのであった。


「あーあ、泣かした」

「え」

「パパ、さいてー」

「ええ!?」


 今のは、「レオンかっこいい!」とか「パパ素敵!」とかいうセリフが出る場面じゃね!?

 久々にシリアスしたのに、それはないんじゃないの!?


 ショックを受ける俺の前で、ガキ二人はずっと泣き続けている。


「なんだよ、うるせえなあ」


 またも新たな声がしたのは、その時だった。

 

「なんだお前らは。人間と……魔族?」


 怪訝な顔で俺らを見つめるのは、モミアゲあたりから顎まで繋がったヒゲを生やした、白髪と皺の多い男。俺と同じ40代……よりはちょい上か、50代ってところか。俺より身長が低いので、頭頂部が薄くなっているのが確認できる。


「こんな滅んだ村になんの用だ?」

「ああいや、こいつが以前来たことがあるってんで、物資調達に寄ったんだけど……」

「魔族がうちの村にだあ? 一体何年前の話だよ」

「30年」

「そりゃまた随分と昔だな。ここはとうに滅びて井戸水も枯れた。無駄足なこって」


 言って男は肩をすくめる。


「あんた、この村の出身か」

「だとしたらなんだ」

「生存者がいるってのは理解したが、この近くに住んでいるのか?」


 チラリとガキ共のほうを見れば、なぜかガキどもは崩れた建物の影に隠れている。なにしてんだあいつら。


「んなわけあるか。ここら一帯はただでさえ土地が瘦せていて、暮らすのに苦労するんだ。魔族が攻めてきた時も、誰も村を守ろうとはせず一斉に逃げ出したよ」

「てことは、犠牲者は?」

「まあゼロでは無かったが……少ないほうだったんじゃねえかな」

「そうか」


 その言葉に安堵する。


「魔王を倒しても、非道な魔族が滅んだわけではない、か……」

「そうだな。そういうお前さんは、魔族と一緒に行動なんて大丈夫なのかい?」


 男が言っているのは、エリンのことだろう。俺はエリンを振り返り、「ああ」と答えた。


「人間に悪い奴がいるのと一緒で、魔族にだっていい奴はいる。こいつはいい奴のほうだ」

「ふうん。ま、俺でもそんな美人の魔族だったら、一緒に行動しても悪い気はしねえやな」


 そう言って、男はニヤニヤ笑いながら、隠すことなくエリンの豊満なお胸に視線を向ける。こ、こいつ、俺だってマジマジ見ることはしないようにしているってのに!

 そもそもだ、エリンの服は胸元が大きく開いていて谷間がクッキリで刺激的すぎる。子供の教育に良くないと思うのだ。

 ならばこういう服を着ろと俺が買って渡せば良いのだろうが……そこはほら、やっぱり、ね! 男としてはなんの楽しみもない旅程で、少しでも刺激が欲しいというかですね!


「Fカップくらいか?」という男の言葉に、思わず「いやGはあるだろ」と答えてしまったではないか。ああ、エリンの視線が冷たく刺さる。あとシャティアは「Gって? ゴキ?」とか聞くな。

 そこで初めて男はシャティアの存在に気付く。少し目を開いて男はシャティアを見た。


「なんでえ、お前子連れか。まさかその女魔族との……?」

「ちげえよ。娘は正真正銘俺の子だが、魔族は旅の途中で会っただけだ」

「ふうん?」


 俺の言葉を信じているのかいないのか。男の反応から察するに、真相なんてどうでも良いのだろう。

 その証拠に、話途中に男は村の残骸を漁り始めた。


「何をやっているんだ?」


 この辺の近くに住んでいるわけではないと男は言った。ならなぜ今、ここに居るのか。


「村が滅んですぐは危なくて戻ってこれなかったからな。最近ようやく危険がないと確認できて、何か残っていないかと見に来ているんだ。ちなみにここらが俺の家があった辺りだ」


 男が指し示す場所は、家が崩れたとおぼしき残骸が残っている。燃やされたのか、煤まみれだが。


「燃えたように見えるが、残っているのか?」

「何かあった時のために、大事なもんは地面の下に埋めてあんだよ。とはいえ、家の残骸を撤去せにゃならんから、それだけで時間がかかる。あんまり長居はしたくないから、一度にできる作業量にも限界があるしな。ま、コツコツ少しずつ進めてるわけよ」

「そうか……手伝おうか?」

「なら礼に、俺が今住んでる町に案内してやるよ」

「そりゃ助かる」


 交渉成立とばかりに、俺は男と共に大きな梁などの撤去に取り掛かった。シャティアは危ないから離れて見ていろと伝え、エリンは元から興味なさげにそこらの瓦礫の上に座り込んでいる。……この間に、どこぞへと飛んで物資調達してもらえば良いのかもしれないが、なんとなく他人の前でエリンの馬への変身は見られたくない。魔族に滅ぼされた村の生き残りならば、なおのこと。


「ちなみにだが、町は遠いのか?」

「いんや。俺を見てみろ、徒歩で来てるだろうが。馬を買う金がないってのもあるが、大人の足で二時間もあれば着く距離だ」

「二時間……」


 それって近いの? と思わなくもないが、まあ移動できない距離でもない。

 がれき撤去作業後に徒歩二時間か。考えたら、ちょっと気が遠くなった。

 と、不意に視界の片隅で動く影。


「なあ」

「なんだ」


 俺の呼びかけに答えながらも、男の視線は未だ瓦礫に向いている。

 気にせず俺は問う。


「この村出身の子供も、時々来るのか?」

「は? ……まさかあいつら、また来ているのか?」


 どうやら俺が言いたいことが伝わったらしい。


「おい、ザッシュ、モンドリー! 出て来い!」


 おそらくは子供の名前だろう。男が怒った表情で叫んだ。

 だが「逃げろ!」と小さく声が聞こえたのを最後に、ガキどもの気配は消えた。


「逃げたみたいだな」

「ったく、あいつらは! 二度と来るなって言ったのによお!」


 こりねえ奴らだ! 怒りながらそう言って、男はまた作業を再開させた。

 視界の片隅では、シャティアがガキどもを追いかけるのが見える。その後をエリンが追いかけるのも。


 ま、子供のことは同じ子供や女性に任せるのがいいだろう。

 思って、俺はまた大きな岩に手を伸ばした。

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