2、※最初シャティア視点

 

 いくら男の子でも、私より小さな子供の足は、それほど速くない。逃げる二人に私は難なく追いついた。


「がむしゃらに走ったら、危ないよ」


 足元には、ゴツゴツした大きな岩やレンガも多い。大人ならヒョイと軽々超えられるそれも、子供にとってはちょっとした障害物だ。逃げるように走る二人の足取りは、見ていて恐いものがある。

 声をかけたら、二人はハッとなって立ち止まった。振り返る表情は、どこか不安げだ。


「見つかったらまずいの?」

「……怒られる」

「そっか」


 私の問いに頷く様子は、幼い子供そのもの。私も子供だけれど、より幼い子は可愛いねと思う。弟はいないけれど、欲しいと思ったことはあるのだ。ポンポンと頭を撫でてあげれば、フンッと照れた顔をするのがまた可愛い。


「シャティア、あんまり離れるとあんたのパパが心配するわよ」

「大丈夫、エリンがいるもの」


 信用しているよと言えば、心なしかエリンの頬が赤くなった。美人で色っぽいエリンと一緒にいると、パパ……レオンが鼻の下を伸ばしたりして嫌だなと思うこともある。でも彼女は別にレオンを誘惑するとかもないし、とても優しくて私は大好きだ。


「お前、なんで魔族なんかと一緒にいるんだよ」


 不意に男の子の一人が、私に向けてそう質問してきた。見れば、怯えているようで怒っているようで……複雑な顔をしている。


「だってエリンはいい人だもの」

「人じゃないだろ!」

「いい魔族だもの」


 言い直したら「いい魔族なんて居るものか!」と言われてしまった。うーん、なにをどう言っても怒るんだなあ。男の子って難しい。

 そもそも私には同年代の友達がいない。今の状況が、だからではない。元からいないのだ。ママ二人と暮らしていたころは、村が近くにあるけれどけして村には属さないところに、ポツンと家が建っていた。そこで私とママ達と三人で暮らしていたのだ。

 物資の調達のために村には行けども、ママ達から離れたことがない。だから同年代と遊んだこともないし、友達も一人もいなかった。それで寂しいと思ったことはないけれど、ちょっと退屈だったかも。

 そう思ったら、レオンとの旅は退屈知らずだなと思う。

 とにかくあの人は……レオンは騒がしいから。なんていうのかな、トラブルメーカー? この前の御者のオジサンの息子さんを救出した時もそうだけど、大したことないはずの話が大きくなる。結果としてエリンという魔族が仲間になったりね。


 ま、そんなわけで、私は同年代との接し方が分からない。


「ねえ」だから知りたいと思う。


「なんだよ」

「一緒に遊ぼう」

「はあ?」

「遊び方、教えて!」

「ヤだよ。なんで俺らがそんな……」

「ね。いいでしょ?」


 ニッコリと微笑んで言えば──レオンが「困った時はとりあえず笑っとけ。お前の容姿なら、大概それで平和的解決が望める」って言ってたんだよね──真っ赤になる男の子二人。


「どうする?」

「俺は別にいいけど……」


 それが答え。私はワクワクして二人に駆け寄るのだった。

 背後でエリンが「末恐ろしい……」と言っているのが聞こえたけれど、どういう意味だろ?


* * *


 数時間後。

 重たい岩や木を運んでいたら、腰がグキッと言ったので一旦そこで作業を中断する。


「こ、腰が……」

「んだよ、だらしねえなあおい」


 男……カズアと名乗ったそいつが、白い目で俺を見る。

 でもちょっと待て。お前最初こそは俺と一緒に作業していたけど、ひとたび何か物が見つかれば「お、懐かしい」とか言って思い出に耽ってたよなあ? でもって俺には「そこの岩どけろ」「そのタンスの残骸はそっちへ運べ」とか命令して、アゴでこき使ってませんでしたかね!?

 いくら元勇者でも、40代にはキツイ作業なんだけど!


「くそ、こんなことに回復魔法を使う羽目になるとは……」


 僧侶ほどではないにしろ、勇者だって回復魔法くらいは使える。初歩程度だが、腰痛くらいには効くだろう。そんなことに神の祝福な力を使っていいのかと思うが、神よ許せ、俺はきっと腰のために回復魔法を覚えたんだ。多分。

 んなわけないだろって神の声が聞こえた気がするが、聞かなかったことにして腰に魔法をかける。


「ガキどもがよくこんな場所に来るよな。大人の足で二時間って、子供なら何時間だ?」


 いや、子供ならば身軽だし、ある意味大人より体力は無限だ。頻繁に通っているなら体力もついているのだろうか。


「いくらもう村を滅ぼした元凶が居ないからって、不用心な。親は何しているんだ?」


 ガキの正体を知っていると思われるカズアに聞く。


「たしかあいつらの親は、それぞれ共働きだったかな」

「兄弟なのか?」

「いんや。似てないだろ」

「そうだったかな」


 言われて思い出す、少年二人の容姿。

 二人とも黒髪黒目で、ソバカスがあって……直毛と縮毛の違いはあれど、よく似ていたと思うが。

 まあ人の感性なんてそれぞれだ。俺は出会って間もないから似ていると思うのかもしれないが、二人をよく知っている人物には似ていないのかもしれない。


「それにしても……村が滅んで五年程度で、随分朽ちたもんだよなあ」


 手に持った家の一部だった木は、持った瞬間にボロボロと崩れ去る。まあ雨風にさらされたらこんなもんか?

 しかしカズアは俺の言葉に顔を上げて、怪訝な顔をする。


「五年?」

「え?」


 何かおかしなことを言ったか? と首を傾げた俺の耳に、不意に声が届いたのはその瞬間。


「おやおや。久しぶりに通りがかったかと思えば……まだ人間が残っていましたか」

「!!」


 気配は無かった。今の今まで、俺とカズアと……少し離れた場所に感じるシャティアとエリンの気配しか感じていなかった俺の耳に、突如届く第三者の声。


「誰だ!」


 振り返った俺の視線の先で、バサリと音が聞こえる。

 黒い黒い……巨大な黒き翼を広げ、頭部から角を生やした男が一人。

 年齢を感じさせない、若く美しい魔族の男が立っていた。怪しげな笑みをたたえて……楽し気に、魔族は笑っていた。

 

 翼や角を生やした人間など存在しない。エルフやドワーフとてそれは同じこと。

 こういった容姿をもつ存在が何かなんて、誰もが知っているだろう。


「ま、魔族!」


 俺の背後でカズアが叫んで腰を抜かすのが、視界の片隅に見て取れた。逃げろと言ったところで無理か。

 まあしょうがないなと、俺は腰の剣を抜いて魔族と対峙する。


「カズア、動くなよ」


 言って、気配を探る。エリンとシャティアがこちらに気付いているのか分からないが、近付いてくる様子はない。そのまま離れてろ、と心の中で警告して正面を向く。

 男は楽し気に微笑んだままだ。


「これは……随分と強力な剣をお持ちだ」


 どうやら勇者の剣……元女神の剣の威力はなんとはなしに感じ取れる実力はあるらしい。だが、俺の正体までは気付かない、その程度の存在。勇者が実在している実感が無かったというエリンと、大差ないレベルと思われる。

 ならば俺の敵ではないな。

 そもそもこの世界で、魔王より強い魔族はもう存在しないはず。仲間もいなけりゃかつての強さを失った今の俺では、魔王レベルやそれに近いレベルの魔族相手はかなり厳しい。だがそうでなければ……そこまで俺は弱くなっていないはずだと、剣を握る手に力を込める。


「よせレオン、そいつはお前さんの敵うあいてじゃない! そいつはこの村を滅ぼした魔族だ!」

「……こいつが?」


 カズアからすれば、俺こそが弱そうな中年親父なのだろう。素人のカズアでは剣の強さを感じることもできないだろうし、完全に役不足……俺のことを弱いと思っても当然。

 ならば今から始める俺の戦闘を、しかと見届けるんだな! そして驚け! とニヤリと笑って駆けたその瞬間。


「パ……レオン!」

「!? 馬鹿、来るな!」


 戦闘が始まるその瞬間、シャティアが青ざめた顔で走って来るのが見える。くそっ、エリンは何をしている!?

 見ればシャティアを止めようと真っ青な顔で手を伸ばす姿が背後に見えるが、その手はおよそ届かない。エリンが止める間もなく飛び出したか。


 シャティアを楽しそうに目を細めて見る魔族。


「おや、子供がいましたか。あんなに可愛らしいお嬢さんを私の手であやめるのは忍びない……配下の魔物にやらせましょう」


 言うが早いか、魔族がパチンと指を鳴らす。と同時に、どこからともなく風を巻き起こしながら、翼を生やしたモンスターが飛来した。

 それはまるで狼。鋭い爪と牙を持ち、血のように赤い瞳が俺をジロリと見る。その背には、魔族同様に黒い翼が生えていた。


「行け」

「グアウッ!!」


 男が命じるや否や、魔物がシャティアに向けて飛んで行った。


「やめろ!」

「おっと、行かせませんよ。あなたの相手は私です」

「どけ」


 魔族の男からすれば、俺に隙を作ったと思ったのだろう。戦場において、一瞬の隙は命取り。その一瞬を作り出した男は、余裕を持って俺の首を落とせるとふんだのだ。

 だがそれは普通の戦場でのこと。

 俺は魔王という最強最悪の相手と戦う、それこそ死を賭けた戦場を潜り抜けてきたのだ。修羅場をくぐった勇者、なめんな!


 どけ、と一言。剣を横一線に薙ぎ払う。

 必要な動作はそれだけ。その一つ。


「何を──」


 何が起きたのか、その魔族は気付かない。最後のその瞬間まで、そいつは気付かないのだ。

 俺に、一刀のもとに切り伏せられたことに、男は気付かない。

 上半身と下半身が泣き別れ……真っ二つになって、地面に落ちる。流れる血は黒に近い紫。人ではない証拠だ。


「な、にが……」


 ゴフリと紫の血を吐く魔族。説明してやる義理はないと、俺は冷たい目を向けた。


「お前は死んだ」

「……なるほど。でもまあいい、子供だけでも殺せたなら……」

「それも無理だな」


 未だ命が尽きぬ魔族にクイと顎でしゃくれば、怪訝な顔で目を向こうへと向ける魔族。

 その先では、シャティアが有翼狼の頭を撫でて「よしよし、いい子だね」と言っているのが見えた。さすがモンスターテイマー。

 一瞬目を大きく見張った魔族は、「なるほど……昔とは状況がかなり違ったようですね」と呟いた。

 不意に、魔族の顔が陰る。見ればカズアが立って魔族を見下ろしていた。


「驚いたな、村を滅ぼした奴がこんなアッサリと……」


 呟くカズアの手には、短剣。


「おい?」

「止めるな」


 言って、カズアは剣を振り上げた。その目には、確かな「覚悟」がある。魔族を殺してやるという「意思」がある。


「こいつは十年前、この村を滅ぼした」

「十年前?」

「勇者が魔王を倒した直後、各地で荒れ狂った魔族が暴れ回ったんだよ。被害は大したものではなかったが……それでも……この村でも犠牲者は出た」

「あんたの身内か?」

「いいや違う。俺は生涯独身、身寄りのない一人身だ。だがあいつらは……俺の幼馴染は違う。あいつはガキの頃から好きだった女と一緒になって、子供を二人授かった。幸せに暮らしていたんだ……四人、とても幸せそうに……俺はそいつらを守ると誓った。なにがあっても……だってのに……」

「全員、死んだのか?」

「この村で唯一の犠牲者だよ。あいつの家が真っ先に襲われて……大怪我しながらも、あいつは必死でこの魔族を止めようとした。おかげで俺らには逃げる時間があった。しばらくして村に戻ったら……俺の幼馴染一家の遺体だけが残されていた」

「そうか」

「そうだ。だからこいつは俺が殺す」

「……もう死んでるよ」


 俺の言葉に驚いて、カズアは魔族を見下ろす。その目に生気はとうになく、魔族は事切れていた。


「なんだよ」


 呟きと同時、カランと音を立てて短剣が地面に落ちた。

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