3、

 

 懐かしい旧友が住む村にて、その中心部の広場で正座ナウ。


「なんで俺が悪者になってるんだ」

「お前以外にどこに悪者いんだよ」

「理不尽だ! 向こうが勝手にバトルしかけてきたのに!」

「アリーは子供、16歳! お前40代のオッサンだろうが! 大人がなに大人げない事してやがる! しかもお前元勇者だろうが! 魔王倒したんだぞ!?」


 ブーブーと文句を言えば、倍以上の剣幕で言い返されてしまいました。なにこの理不尽きわまりない仕打ち。


「しかも俺の娘になにセクハラしてやがる」

「お前の娘だなんて知るかよ」

「俺の娘じゃなくてもすんな!」

「不可抗力だって言ってんだろ!」


 説教に文句を返せば、正座する足にズンと重みが加わった。


「……なにしてんだお前」

「なにって、ちょうどいい椅子があるから座ってんだろ」

「いやそれ俺の膝」

「なにが悲しゅうて男の膝に座らにゃいかんのだ」

「じゃあ座んなよ!」

「おめえがちっとも反省しないからだろうが!」


 俺の膝に加わった重み、それすなわちガジマルドの巨体である。重いっつーの。

 ぎゃあぎゃあ言ってる俺らを遠巻きに見ているのは、興味津々な村人。それから白い目で見てくるシャティア。


「父をそんな目で見ないでください」

「レオンはレオンであってパパじゃない」


 棒読みで言われると胸にくるもんあるな。

 なんかこう、グサッと刺さるもんが。


 ガジマルドは俺の膝からのきはしたが、パパは怒ってます! って感じで俺を睨んでいる。

 俺はむしろ、背後で微笑み浮かべたままのササラ奥様のほうが恐いんですけど。


 思わず顔をひきつらせた俺。フッと陰って何かと見上げれば、ガジマルドとササラの愛娘であるところの、アリーが立っていた。


「なんだよ」


 お前のせいでこんな公開処刑状態なんだぞ。と、恨みがましく睨めど、気にする風もなくアリーは俺の前にしゃがみ込んだ。目線が同じ高さで合う。

 マジマジと見つめてくるから、思わず体がのけぞった。


「そんなに見るなよ。減るじゃないか」

「なにが?」

「まあ色々と。俺のイケメン度合いとか……あだっ」


 ふざけたこと言ったら、ガジマルドに殴られた。冗談の分からんやつめ!

 しかしアリーは自分の父親の怒りもなんのその、俺を見つめ続ける。いやなんなのその目。言いたいことがあるなら、はよ言え。


「あなた本当に勇者なのねえ」

「は?」

「パパが『親友が来た!』って喜んでたから、ちょっとどんなもんか試させてもらおうと思ったんだけど……ホントに強いや」

「そりゃまあ」


 人間誰だって褒められて悪い気はしない。そしてチョロい俺は、強いと言われて単純に気分が良くなる。チョロ助である。


「おいアリー、そんなこと言ってもこいつは調子に乗るだけだぞ。仕返しなら俺が見張っててやるから存分にやれ」

「おい」


 なに勝手なこと言ってやがる。


「お前それでも俺の親友か!?」

「友情より娘への愛情!」


 ちくしょう! 所詮友情なんてこんなもんだ!

 ブスッとしてたらグイッと顔を正面に向けさせられた。今グキッて言わなかった? ねえグキッて!


「惚れた」

「……は?」


 首が痛いんですが。

 と文句を言おうとした口は、間抜けにポカンと開いたまま動かない。は? しか出せなかった。


「うんごめん、俺ついに耳が遠くなったのかも。今なんて言った?」

「惚れたわ」

「……ガジマルド、俺の耳はついに幻聴をとらえるようになってしまったらしい。いい医者知らないか?」

「奇遇だな、俺も幻聴が聞こえたところだ。ササラ、この村で一番の医者は……」

「あんたら現実見なさいよ」


 俺の聞き返しに、やっぱり同じ幻聴を繰り返すアリー。

 ガジマルドと二人して、こりゃ耳がやばいわ、医者が必要とか言ってたら、ササラに冷たい目を向けられたました。


 ササラの「阿呆か」という目を受けた俺とガジマルドは、同時にバッとアリーを見た。


「わ、二人とも目がでっか」


 さすが親友、同じような反応だね。と言うアリーの言葉を無視して、俺とガジマルドは頬がくっ付くほどの距離で、アリーを凝視。


「「はあ!?」」


 見事にハモるのであった。

 

「よーしよしよし、一旦落ち着け俺!」


 スーハ―スーハ―深呼吸するガジマルド。熊のようにウロチョロして、全然落ち着けてねえし。

 そういう俺も自分の頬に手を当てて「え? えええ?」と少女のように赤らめてみる。そこ「キモイ」とか言うなよ、俺の娘。


「え、俺に惚れた? 16歳の娘さんが俺に惚れちゃった?」

「うるせえ。幻聴になにマジになってやがる」


 現実を見たくない父親がここに。

 だが現実を突き付ける娘がここに。


「もお! 二人とも現実を直視してよ! 惚れたの! 私、レオンのことを好きになったの! ねえまだ独身なんでしょ? 私を奥さんにして!」

「ぎゃーーーーー! アリー、もっと自分を大事にしろおおお!!!!」


 俺の腕に抱きついて盛大に告る自分の娘に、ついにガジマルドは悲鳴をあげてぶっ倒れた。お前、魔王討伐の旅の途中でも、そんな叫び声上げたことなかったよな。どんだけ娘ラブなんだ。


 ドーンとぶっ倒れたガジマルドの顔側にしゃがみ込んで覗き見れば、見事に気絶してやんの。


「失礼なやつめ。自分の娘が俺に惚れることは、失神するほどショックなんかい」


 ヤレヤレ、と溜め息をついたその時だった。


「これはこれは……なんともまあ……かつての英雄が見る影もないねえ」


 女の声が頭上から降り注いだ。

 瞬間、ゾワリと寒気が走る。それが何かを俺は知っている。

 それは紛れもない敵意。相手を害しようとする者が放つ気配だ。


「誰だ!」


 見上げた空に、そいつは浮いていた。

 そう、浮いているのだ。普通の人間ではありえない。魔法を極めし者……ハリミほどの上位魔法使いにでもならなければ扱えない、浮遊魔法。

 それを難なく扱える者。そんな存在が何者であるかなんて、俺はよく知っているんだ。

 人間とは異なり、浮遊魔法を簡単に扱う者。


「……魔族、だと……?」

「隙が全く無かったのに、突然結界にほころびが出来たと思ったら。あれほど強固な結界であったというのに……まさか勇者が来てそんな事態になるとは、皮肉な話さね」


 言って、女魔族は笑う。

 ただしその笑みは、エリンとは全く異なる類のもの。冷たく、口元は笑っていても目は笑っていない。

 その目は獲物を狙う、獰猛な獣のような目をしていた。


「ずっと魔王様の仇討の機会をうかがっていたが……待つもんだねえ。まさか戦士と勇者、両方の娘が現れるとは」


 その言葉にハッとなった。

 狙いは俺やガジマルドではない。

 今この場で魔族が狙っているのは……!


「シャティア! 俺のそばに……!!」


 そばに来い!

 背後にいたはずの娘を振り返り、けれど俺は言葉を失い悔やむ。

 一瞬とは言え、油断した自分を心から責める事態となった。


「ぱ、パパ……」


 震えるシャティアの喉元には、鋭い爪。ゴツゴツとした醜い体を持つ魔物が、いつの間にかシャティアを羽交い絞めにしている。


「きゃあ!!」

「アリー!?」


 一度油断すれば続く。

 更に上がるのはアリーの悲鳴だった。こちらは大きなオークのような魔物が彼女を捉えていた。


「二人を放せ!」


 躊躇なく剣を抜き放ち、チラリと足元を見る。そこでは未だ目を覚ますことなく、ガジマルドが失神している。


「くそ! すっかりなまっちまってるじゃないか!」


 かつての奴なら、こんな殺気ビンビンの中であれば、一瞬で目を覚ましたものだ。

 やはり俺もガジマルドもブランクが長すぎた。

 すっかり平和ボケしてしまっている。


 睨む俺を前にして、魔族は際どい距離を保つ。ギリギリ俺の剣が届かない距離をとっている。

 その背後には、魔物に捉えられたシャティアとアリーの姿があった。


「二人を返せ!」

「返して欲しくば我が居城まで来られよ。ただし期限は設けるよ。一週間だ。一週間以内に我が元へ来なければ、二人の命はないものと思え」

「お前の城なんぞ行くか!」


 言って俺は剣を振るう。その風圧だけで魔族を切り裂く威力だ。

 だがそれは見えない壁に阻まれる。


「な!?」

「結界が得意なのは人間だけとお思い? 我らとてそれらを扱える者は少なからずいるさ」


 コロコロと笑う様子に、それが結界であることを悟る。

 結界がないと油断したが、結界があると分かれば手加減はしない。シャティアとアリーを巻き込むことを恐れて力加減を抑えたが、結界相手ならばその必要もなかろう。

 姿勢を低くして、手足に力を入れる。

 エタルシアとハリミの援護がなくとも、この程度の魔族ならば俺一人で──


 それこそが油断。

 平和ボケの象徴、大きな油断だった。


 構える俺の一瞬の隙をついたのは、誰あろう魔族。そして大量の魔物だった。


「きゃあ!? どっからこんな魔物が!?」

「ササラ!」


 村人に襲い掛かる魔物の群れ。それが陽動だと……囮だと分かっていても、見捨てるわけにはいかない。

 隙あらば人間を殺そうと思っている奴らの集まりであれば、放置するわけにはいかないのだ。


 少なくとも今すぐ殺される心配のない娘二人。

 対して、今すぐにでも殺されるかもしれない村人たち。


 選択時間は一瞬だ。


(今救うべきは……村人!)


「くっそおおおお!!!!」


 苛立ちに叫び声をあげながら、俺は村人を襲う魔物を倒すべく走りだすのだった。

 背後で女魔族の笑い声が聞こえる。そしてそれは直ぐに消えた。かき消えた。


 シャティアとアリー。

 二人の気配と共に、綺麗サッパリ消えたのである。

 

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